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15.小さな贈り物


 祭典が終わり、中庭の会場にいた全員が帰路を辿ったことを確認してから後片付けが始まった。

 シリウスは会場設置の責任者にあとを任せ、前髪を掻き上げながら颯爽と城内へと戻る。すれ違う使用人たちは丁寧に頭を下げてくるが、決して立ち止まりはしなかった。

 それは周囲の人間を下に見ているからではない。シリウスが慕われると、必ず兄二人からの執拗な嫌がらせが始まるからだ。


(……衛兵の配置からして、飲んだくれ家族はまだ戻ってないな。身分隠して好き勝手過ごしてるんだろ……そんな暇があるなら執務の一つでも完璧にこなしてみせろと頭から酒をぶっかけてやりたい)


 家族の顔を思い出すだけで、毎回シリウスは舌打ちをしたくなってしまう。ここが自分の部屋なら躊躇いなく舌打ちをしていたが、他人の目がある廊下では出来なかった。

 第三王子シリウスとしての城内での評判は、良くも悪くもなく普通だった。それはシリウスが()()()()()として印象に残るよう、意図的に言動を繰り返していたからだ。

 まさか虎視眈々と王位を狙っているなど、家族でさえ一欠片も思っていないだろう。


 ひとまず自室を目指していたシリウスは、扉の近くにいた人物を見て足を止めた。

 片目に眼帯をした男性が、小脇にボロボロの猫のぬいぐるみを抱え神妙な顔付きでうろついている。近くの使用人たちは不審者を見る目を向け、足早に通り過ぎていた。


 シリウスは小さくため息をついてから再び歩き出し、男性のすぐ近くまで進む。

 気配に気付いた男性の紺の瞳がシリウスを捉え、その口元が緩んだ。けれどすぐに唇を結んで口角を下げ、真面目な顔付きを作り上げる。



「……シリウス殿下、お待ちしておりました。先日の魔族討伐の件でお話があります」


「ああ、入ってくれ」



 扉を開け中に入ると、シリウスは上着を脱ぎソファの背もたれに掛ける。すると、部屋の主よりも先に男性がドサリとソファに身を投げるように座った。



「ああ〜……性急すぎたかも俺。どう思う、シリウス?」


「……話が全く掴めないが、どうせアリシアに関してだろ。お前もあとをつけたのか?エリク」



 魔術師のエリクは頭を掻き回していた手を止め、眉をひそめてシリウスを見た。



「お前()?そんな命知らずのやつが他にも?」


「ジェルヴェだ。……命知らずの自覚があるならやめろよ」



 ため息を吐きながらエリクの隣に腰掛けたシリウスは、疲れ切った顔で額に手を当てる。短期間の内にシリウスの協力者である二人が次々とアリシアに接触することは、全くの予想外だった。

 計画の中でいずれ顔を合わせる必要はあると考えてはいたが、予定ではもっと先だった。アリシアに魔族の王女としての利用価値があるかどうかを、はっきりと見極めてからにしようと思っていたのだ。



「……余計なこと言ってないだろうな?城内で爆発が起こらなかっただけ良かったと思うべきか?俺は」


「あっちから攻撃してきたら、そりゃあ反撃に出たさ。ただ……なんつーか、うん」



 エリクは何とも言えない顔で言い淀む。

 幼い頃魔族に妹を目の前でいたぶられ誘拐されてしまった過去を持つエリクは、シリウスと同じように魔族を心の底から憎んでいる。

 魔術師の末裔として自身の力を磨き功績を上げ、魔族の国に攻め入ることが決まったときには真っ先に名乗りを上げ、誰よりも積極的に動いていた。


 シリウスとエリクが接点を持ったのは魔族の討伐が決まる前だが、今では本当の兄よりも兄らしくシリウスのことを考えていてくれている。

 数少ない信頼できる人物の内の一人が、アリシアと接触したことで煮え切らない態度をしていることにもう疑問は抱かなかった。


 ―――アリシアが、他の魔族と違うからだ。



「……エリク、お前も中庭の会場にいたんだよな?」


「隅の方にいたよ。お前たちの仲睦まじーい様子を見ながら酒をあおってた」



 どこか棘のある言い方にシリウスは眉を寄せた。アリシアを巻き込んだ計画をエリクは既に知っているため、今回のやり取りは想定内のことだったはずだ。

 一つだけ想定外だったのは、アリシアが果実をシリウスの口元に差し出してきたことだけだ。

 口の中に広がる甘い果汁とアリシアの僅かに赤みの差した表情を思い出し、余計な感情に支配されないよう慌てて頭を振る。



「俺が言いたいのはそれじゃない。ブラウン家の阿呆をやり込めたときの話だ」


「あー……、血祭りになるかと思ったら拍子抜けしたときの件なぁ。手を出すなってお前が指示したわけじゃないんだろ?」



 エリクが両手を頭の後ろで組みソファに寄りかかると、ちらりとシリウスを見る。

 シリウスはアリシアにその逆の指示をした。“あの男に制裁を”と言ったのは、魔族の力を大衆の面前で示す良い機会だったからだ。

 そして、アリシアが他の魔族と同じ残忍な心を持っているのだということを、シリウス自身がその目で確かめたかった。けれど―――。



「……魔族が何かに傷一つつけずに力を使う瞬間を、俺は初めて見た」



 天候を操り、空模様を変えてしまうという魔族の力。

 どうやらアリシアは風の力を使ったようだが、鋭い刃のような風ではなく、勢いはあるが優しく包み込むような風だった。


 シリウスがポツリと零した言葉を聞いて、エリクはとても嫌そうに顔を歪ませる。



「おいおい、だからってあの王女さんに気を許すとか言い出すなよ?今回の件を貴族がどう受け止めるか分からんぞ?王女さんを脅威だと思わない奴らが現れるかもしれん」


「分かってる、少しの気の緩みで全てを台無しにするわけにはいかない。ただ……どうしても調子が狂うんだ」



 そう言いながら、シリウスは自分の手のひらを見つめていた。剣を握り、魔族を何人も斬り伏せてきたその手を。

 あの日の行動を後悔することはないし、アリシアに対して剣を振るったことも間違っていないと思える。それなのに心が揺らぐのは、琥珀色の瞳がいつも真っ直ぐにシリウスを映しているからなのかもしれない。


 いざというときに切り捨てられるよう、王位に就くことと並行してアリシアの弱点を見つけなければならないのだが、魔術師のエリクにもまだアリシアを護った光に関しては情報が掴めないようだ。



「もう顔を合わせたんなら間に入って連絡役をやってくれ、エリク」


「はあ??何で俺がお前ら仮初め夫婦の間に入らなきゃいけないんだよ。変な噂が立っても面倒くさいだろうが」


「……あー、そうだよな」


「おいおい、お前まで腑抜けにならんでくれよ?そうなったらこの国はあの王女さんに乗っ取られてお終いだぞ」



 エリクに体を揺さぶられながら「分かったか?」と念を押され、シリウスは肩を掴む手をパシッと払い除けた。

 つまらない会場で適当に飲んでいた酒が頭に回り始め、まだ仕事が残っているのに使い物にならなくなってしまう。


 払われた手を押さえて文句を言っているエリクの言葉を聞き流しながら、シリウスは先に会場をあとにしたアリシアのことを思い出していた。


(……体調が悪いんだよな。そりゃそうか、国王の指示で必要最低限の食事しか与えられてないし、自国を滅ぼした国に住むなんて……いやいや、俺がそこまで気にする必要なんてないんだ)


 ふらりと立ち上がったシリウスは、誰かに水を頼もうと扉へ向かう。こんなとき、どんなに酒を飲んでも潰れないエリクが羨ましく思えた。

 扉を開けると、ちょうど目の前に使用人の少女が一人立っていた。緊張した面持ちで頭を下げると、手に持っていた箱を差し出してくる。



「……シリウス殿下。こちら、アリシアさまからです」


「……何だって?」



 眉をひそめたシリウスが箱を受け取ると、使用人は再度頭を下げて早足で去って行ってしまう。



「おいおい、何だ何だ?開けたら爆発したりしないよな?」



 背後から届くエリクの声を聞きながら箱を開ければ、中には菓子の詰め合わせと一枚のメッセージカードが入っていた。


 ―――“たくさん届いたから、あなたもどうぞ。しっかり休んでください”


 アリシアからの善意の贈り物に、シリウスの心はキリキリと痛むのだった。



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