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13.祭典③


 盗みが発覚した男性は、両脇を衛兵に抱えられ牢へと連れて行かれた。

 地面に散らばっていた金品は無事に所有者の元へと戻ったものの、人々からアリシアへ向けられる視線は恐怖と戸惑いが入り混じったようなものだった。


 シリウスの隣のイスに再び腰掛けたアリシアは、その後ずっと仏頂面を浮かべていた。

 時折使用人が甘い物をビクビクと震えながら持ってきたが、とても口にする気分になれずに飲み物のグラスに手を伸ばす。一口飲んではみたものの、やはり味はよく分からなかった。



「……気分が悪いのか?」



 アリシアが戻ってから何かを考えるようにじっと黙っていたシリウスが、不意にそう問い掛けてくる。

 体調に変化はないが、気分が悪いかと訊かれればそんな気がしてきてしまう。言いようのないモヤモヤした感情が、アリシアの心の中にずっと居座っていた。



「……悪いと答えても何も変わらないでしょう」


「何だ、やけに刺々しいな。……この場ですべきことはもう終えたから、戻りたければ部屋に戻って構わない」



 予想していなかった言葉に眉をひそめれば、シリウスの口元が僅かに緩む。



「俺はまだここに残る。あんたがいなくなれば、安心したやつらがついうっかり何かを口走るかもしれないしな」


「……」



 シリウスは招待客たちの尻尾を掴むのに忙しいようだ。盗みを働いた男性の他にも、何か罪を犯している人間がいるのだろう。

 戻ってもいいと許可が出たのなら、アリシアがここに残る理由は何もない。役目を一つ終えたのだと判断し、膝の上でぎゅっと手を握る。



「それなら、戻るわ」


「分かった。部屋で大人しくしてろよ?祭典でみんなが浮かれてるからって、男を連れ込んだりは……」


「しません」



 言葉の途中でピシャリと言い放ち、アリシアは席を立つ。

 その瞬間周囲の視線が集まり、次は誰が何をやらかしたのかと皆が辺りを見渡していた。

 けれどアリシアが裏手の方へ捌けて行くと、会場の空気が揺らぐ。魔族の王女(アリシア)が遠ざかって行くことに安堵したのだろう。


 城内へ足を踏み入れ、コツコツと足音を鳴らしながらアリシアはまっすぐに自分の部屋を目指していた。侍女のミシェルの無垢な笑顔を、どうしようもなく見たいと思っていた。


 廊下には誰の姿も無く、相変わらず物寂しい空気が流れている。それでも豪華な装飾たちがアリシアを歓迎するかのように、日差しを浴びてキラキラと輝いていた。

 歩く速さを少し上げたとき、アリシアは違和感に気付く。


(―――誰かついて来ているわ)


 気配の消し方や足の運びから、シリウスの影の護衛ではないことが分かった。

 とりあえずそのまま歩き続けていると、気配が分かりやすく現れたり消えたりと、からかうように繰り返される。こんな後のつけ方をされれば、アリシアの兄姉ならすぐに苛立って手を下すだろう。


 自分の部屋には行かず、その手前にある部屋の扉に手を掛けたアリシアは、中に入ると扉を開きっぱなしにして相手の出方を待った。

 するとしばらくして、部屋の中に何かが投げ込まれる。床で二回跳ね上がりアリシアの足元に転がってきたのは、どこからどう見ても猫のぬいぐるみだった。



「……?」



 糸がほつれ、くたびれてしまっているぬいぐるみを拾い上げると、開いたまま扉の影からカツンと靴音が聞こえてくる。



「……おいおい、冗談だろ。本当に何も攻撃してこないのか?」



 低音の声が驚いたようにそう言ってきたが、肝心の姿はまだ見えない。アリシアは警戒しながらも口を開く。



「姿を見せて。人のことを嘲るように付け回していたのに、気配に気付かれたらこそこそと隠れるの?」


「おーっと、痛いとこ突くねぇ。やっぱ早めに気付かれてたか」



 カツン、と靴音が再び響き、姿を現したのは背の高い男性だった。

 精悍な顔立ちをしており、年齢は三十代ほどに見える。綺麗に整えられた灰色の髪に混ざる金の髪と、左目を隠す眼帯がとても印象的だった。

 眼帯に覆われていない紺色の瞳が、アリシアを探るように見つめている。


 今この時点での男性の目的は分からない。

 ただ気配を完全に隠すつもりもなさそうだったことから、初めからアリシアと接触することは目的に入っていたのだろう。



「……エリク・ブロンデルさん。私に何の用かしら」



 招待客リストに載っていた名前を呼べば、エリクは意外そうに目を瞬く。



「へぇ、俺の名を?んじゃ、俺が()()()()()も知ってるのか?」


「ええ……“魔術師の末裔”なのでしょう?」



 魔術師の末裔エリク・ブロンデル。

 貴族でないエリクが城内で開かれる祭典に招待されたのは、希少な魔術師としての功績があるからだろう。

 魔族が使う魔力と、魔術師が使う魔力は似ているようで違うということをアリシアは本で読んで知っていた。けれど、実際にこの目で魔術師を見ることができるとは思っていなかった。


 魔族は魔術師を敵対視していた。魔術師の血筋の者を見つけ出し、根絶やしにしようと考える魔族も多かった。

 その理由は―――魔族と魔術師の魔力の相性がとても悪く、魔術師の方の力が優勢に働くからだ。


(ああ―――そういうことなのね)


 アリシアの胸の奥でずっと渦巻いていた疑問が、すうっと穏やかに消えていく。

 世界最強と恐れられる魔族が、たった一夜でアリシアを除き討ち滅ぼされてしまったのは、目の前の魔術師が関係しているのだ。



「あなたが……魔族討伐の要だったのね」


「隠してもしょうがないしな、その通りだ……俺だけの功績ってわけじゃないけどな。それで、目の前に身内を討った敵がいるわけだが、王女さんはどうする?」


「……」



 分かりやすい挑発に乗るほど、アリシアは愚かではなかった。

 今ここでエリクに攻撃すれば、シリウスとの契約を破ることになる。そして魔術師が優勢だという事実は変わらない。

 例えアリシアの命が不思議な力で護られるとしても、無駄な戦いをする必要はないのだ。



「……仇を討とうだなんて思わないわ。魔族は当然の報いを受け、滅ぶべくして滅んだ……それが全てよ」


「あーらら、随分と無慈悲なことで。魔族は身内に対しても容赦ないんだな」



 からかうように笑うエリクは、シリウスと同じような冷たい目をアリシアに向けていた。嫌悪と怒りの眼差しには慣れたものだが、エリクがアリシアに接触してきた目的がまだ分からない。


(私に自分を攻撃させようとした……?最初にぬいぐるみを投げたのは、私からの攻撃が来ると思って身代わりにしたのかしら?)


 目を逸らさずにそう考えながら、アリシアは手元のぬいぐるみを無意識にぐっと抱きしめる。

 すると、エリクの眉がピクリと動いた。



「……さて、とりあえずその腕の中の物を返してもらおうか。大切な物なんでね」


「……大切な物を身代わりにしようとしたの?」



 目の前の男性がぬいぐるみを抱く姿を考えないようにしながら、アリシアはそう問い掛ける。返ってきたのは酷く冷たい笑みだった。



「それには俺の防護術がかけられてるから、ちょっとやそっとじゃ傷付かない」


「……随分とボロボロのようだけど」


「おい、魔族は神経を逆撫でするのも得意なのか?それは妹が大切にしていた物だ―――お前らが命を奪った、俺の妹がな」



 エリクの瞳に殺意が滲み、アリシアはヒュッと息を呑む。

 肌を突き刺すような鋭い視線が、そのままアリシアの心を深く傷付けるのだった。



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