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12.祭典②


 アリシアがシリウスに恋をしているという設定の信憑性は、先程の二人のやり取りが後押しをしたようだ。


 招待客たちは恐る恐るといった表情で主にシリウスの前に並び挨拶を交わすと、ちらちらとアリシアに視線を投げかけてくる。

 そしてシリウスへの挨拶の節々に「よく魔族の心を射止められましたね」という意味の言葉が見え隠れしては、「お二人が永遠に幸せでありますように」と引きつった笑顔で皆が同じように締めくくった。

 いつ癇癪を起こし暴れ出すのかと思われていたのか、アリシアがただじっと座っているだけで安心したように息を吐きそそくさと戻って行くまでが一連の流れだ。


(私とシリウスの幸せを本当に願う人なんて、この場にいないでしょうね。みんなが魔族の王女()をシリウスに押し付けられて良かったと思っているような言動だったわ)


 アリシアにとって、招待客たちのその言動はシリウスの不幸を願うも同然のものだった。

 自らに火の粉が飛んでこないのならば、生き残ってしまった魔族が制御できるのならば、誰が犠牲になってもいいと思っているのだろう。


 魔族が憎まれ、疎まれ、怯えられて避けられるのは当然だった。

 アリシアは誰かに後ろから刺されるかもしれないという覚悟を持って、今シリウスの隣に座っている。

 けれど、今のところ憎しみや怒りの視線は感じられず、恐怖の視線のみのように思えた。それは魔族が貴族より平民を選んでいたぶっていたからだろう。

 この会場の招待客は貴族しかいないため、城下町など外に出れば多くの憎しみや怒りの感情を向けられるはずだ。


(……私が厄介者のように扱われるのは分かるけど、どうして第三王子(シリウス)が生贄のように扱われているのかしら)


 挨拶の列が途切れ、シリウスがイスに座り直した隙を狙ってアリシアは小さく問い掛ける。



「……陛下たちはこのあと来るの?」



 王城でのパーティー開催となれば、国王や王妃が姿を見せ招待客に挨拶をするのは慣例のようなものであることをアリシアは知っていた。

 魔族の国ではその慣例は当てはまらず、王族も招待客たちも好き勝手に過ごしていた。よって、パーティー終了後に城内の物を壊したのは誰だ、金品を盗んだのは誰だと諍いに発展することも多かったのが嫌な思い出だ。


 シリウスはちらりとアリシアを一瞥したあと肩を竦める。



「来ない。招待客の相手をするのは毎回俺だからな」


「……それじゃあ、陛下たちはどこに?」


「さぁな。どっかの街に出て豪遊してるか、城内で飲んだくれてるか……俺としてはいない方が気楽でいいから気にしたことはないな」



 そう言って近くのテーブルに置かれたグラスを取ると、シリウスはゆっくりと中身を飲み干していく。最後に舌が唇をぺろりと舐め、アリシアは先ほど果実を指ごと咥えられたことを思い出しカッと顔が熱くなった。


(意趣返しだからって、私の指を咥える必要なんてどこにもなかったじゃない……ああだめ、早く忘れたいわ)


 心の中でブンブンと頭を横に振りながら、表面上は冷静さを取り繕う。

 アリシアはシリウスといるときだけ目まぐるしく回ってしまう思考が不思議でならなかった。魔族の国で暮らしていたときは、いかに目立たず大人しく日々をやり過ごせるかという思考が大半を占めていたはずだ。


 他の王子たちも好き勝手に過ごしているのか問い掛けようとしたアリシアは、すぐ近くの隠されていた気配が動くのを感じて視線を動かす。



「……シリウス、近くに……」


「ああ、本当に気付くんだな。安心しろ、俺の手の者だ」



 シリウスの薄紫の瞳が素早く周囲を探るように動いたかと思えば、ある一点で視線が止まる。

 その先を目で追えば、招待客たちの間に紛れてこそこそと怪しげな動きをする一人の男性がいることにアリシアは気付いた。



「さて、問題だ。あの男はどこの誰だ?」



 不意に隣から問い掛けられ、アリシアはその男性をじっと観察する。祭典の開催が決まったあとで渡された招待客リストを思い返してみても、容姿が一致する人物は見当たらなかった。



「……招待客じゃないわ。でも外套の留め具にはブラウン家の家紋があるから、貴族でしょうね」


「正解。貴族の家紋まで覚えたのか?」


「時間はたくさんあったから。……それで、あの人は誰なの?」


「宝の山に浮かれて紛れ込んで悪さをするネズミ……ってとこかな」



 シリウスの例えは、男性の行動を的確に捉えていた。

 招待客たちが密集している場所を敢えて横切ったかと思えば、いつの間にかその手にアクセサリーが握られている。それを素早く懐に仕舞う様子を見て、アリシアは瞬きを繰り返した。



「……前職は盗人なのかしら」


「ははっ、盗人になり切れないコソ泥だろうな。手慣れてはいるが、こうやって誰かに見られることを想定した体の動きじゃない」



 男性から目を離さず、シリウスが足を組み替えて再び口を開く。



「最後の仕上げだ。あんたがあの男に制裁を加えてくれ」



 聞き間違いかと思い、アリシアはシリウスに視線を向ける。その目は冗談を言っているわけではなさそうだ。



「……城やこの国の人たちに危害を加えたらだめなんじゃなかったの?」


「あいつは立派な罪人だから契約対象には当てはまらない。それにこの俺が許可してるんだ……魔族の王女の力を民衆に見せつけるいい機会だろ」



 ほら早くしないと逃げるぞ、と急かすようにシリウスが笑った。

 魔族に対して冷たい憎悪を抱えておきながら、いざとなればその力を見せつけろと言う。圧倒的な力で誰かを従えようとする考えは、人の上に立つ者ほど頭の中を占めてしまうのだろう。

 けれどアリシアは、それこそ魔族と何も変わらない考えだと思ってしまう。そして心の片隅で、シリウスはこれ見よがしに力を見せつける人ではないのだと―――そう期待を抱いていたのだ。


(……ふふ、私がまた誰かに淡い期待を抱くなんて……裏切られた瞬間がどんなに惨めで悲しいものか、もう何度も経験しているのに。おかしな話だわ)


 王位の簒奪を狙うシリウスは、どんな手段も厭わない覚悟を持っているのだろう。でなければ魔族の王女(アリシア)に取引を持ちかけたりはしないはずだ。


(それでも、私は―――……)


 ドレスの裾を持ち、アリシアはゆっくりと立ち上がる。

 そのまま真正面に向かって歩き出すと、周囲の人々がぎょっと目を見開き左右に避けた。

 自然と出来上がる道筋を堂々と進んで行くと、その先に狼狽える男性の姿があった。他の招待客たちと同じように道を譲ろうと脇に避けたが、アリシアは男性の目の前で足を止める。

 怯えた表情の男性は視線を彷徨わせ、誰かに助けを求めているようだった。けれどアリシアの瞳にじっと捉えられていることを悟ったのか、やがて震える唇を開く。



「……う、麗しき魔族の王女殿下。ほ、ほほ本日はお日柄も良くっ……」


「挨拶は要らないわ。あなたはどうして私に声を掛けられているか分かるでしょう?」



 ここで素直に罪を認めてくれれば、アリシアとしては力を使わずに済むのでありがたかった。

 けれど男性は狼狽えながらも乾いた笑いを漏らし、何のことか分からないとばかりに首を横に振る。



「は、はは……。ど、どういう意味でしょう……?」



 その答えにアリシアが目を細めれば、男性が「ヒッ」と短く悲鳴を上げた。

 右の手のひらを広げ、魔力を込めながら小さく呪文を唱えれば、男性に向かって大きな風が吹き荒ぶ。そして一瞬で男性が盗んだ物が風に巻き上げられ、その場にボトボトと音を立てて落下した。

 乱れた髪と服で呆けたように口を開けながら、男性が身動きできずに立っている。



「……牢の中で反省しなさい」



 男性にくるりと背を向け、アリシアは来た道を戻って行く。

 その先に座っているシリウスは男性と同じような顔をしており、アリシアが酷いことをしなかったことに驚いているかのようだった。


(私は―――誰も傷付けたりしない。傷付けてしまったら、心からの笑顔を二度と取り戻せないような気がするもの)


 シリウスに譲れない信念があるように、アリシアにも唯一譲れないものはある。

 ぶつかった視線の間にある大きな溝が埋まることはないのだと思いながら、逃げようのない道を戻って行くことしかできなかった。



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