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10.感情の波


 肌を撫でる風を感じ目を覚ましたシリウスは、ぼんやりとした頭のまま体を起こす。

 ギシ、と音を立て軋んだベッドは自室のもので、視線を動かして開かれた窓の外を見るとまだ明るいことに気付く。


(……いつの間に寝てた?)


 乱れた前髪を掻き上げながら、シリウスは直前の記憶を思い出そうと瞼を閉じる。

 その時部屋の中で人の気配を感じ、素早く目を開けると枕の下に隠してある短剣に手を伸ばした。―――けれど、その気配の正体に気付くと一気に肩の力を抜く。



「……何だお前か、ジェルヴェ。気配を現す前に声を掛けてくれ、驚くだろ」


「……申し訳ございません、シリウスさま」



 ジェルヴェは本当に申し訳なさそうに眉を下げ、その態度に違和感を覚えたシリウスはベッドに腰掛け片足を組んだ。

 シリウスの影の護衛及び諜報役を担っているジェルヴェは、普段あまり素直に感情を表に出す性格ではない。



「何があった?言ってみろ」


「……魔族の王女に、存在を見抜かれました」



 綺麗な碧眼が反応を伺うようにシリウスに向けられる。

 魔族の王女と聞いて思い出したのは、僅かに頬を染め狼狽えるアリシアの姿だった。酒を持ち込み飲んだその先で、ソファに押し倒された(事故)記憶が蘇り、シリウスは頭を抱えてしまう。



「……最悪だ」


「……っ!大変申し訳ございま……」


「違う違う、最悪なのはお前じゃなくて俺だ。とんだ醜態を晒した」



 気を抜いてはいけない相手の前で、シリウスはいくら疲労が溜まっていたとはいえ無防備に眠ってしまったのだ。アリシアがその気になれば簡単に寝首を掻かれていただろう。

 倒れそうになった体を支えられたときの温もりがまだ残っているような感覚に、口からは大きなため息がこぼれてしまう。



「あー、やらかした……。命があるだけマシか?ジェルヴェ、お前が間に割って入ってくれたのか?」



 迂闊にも眠ってしまったシリウスを助けるためにジェルヴェが正体を明かしたという予想は、神妙な面持ちで首を横に振られ否定されてしまう。

 そういえば“存在を見抜かれた”と言っていたなと思い直し、シリウスは再度ため息をついた。



「……他の魔族より聡い上、周囲の気配に敏感なのか……厄介だな」


「……はい。ただ……あの女は、眠ってしまったシリウスさまに危害を加えようとはしませんでした。それどころか……」



 その先を口に出すのも嫌だと言うように、ジェルヴェが苦々しい顔をして言い淀む。

 シリウスに手を出さなかったのは、アリシアが律儀に契約を守っているからなのか、それとも魔族の気まぐれなのかは分からない。じっと黙って次の言葉を待てば、ジェルヴェの口からは予想もしていなかった言葉が飛び出してきた。



「……俺は、シリウスさまの味方なのかと。シリウスさまが独りじゃなくて良かったと……そう言ったのです」



 この時のシリウスの顔は、今までしたことのない表情になっていただろう。

 ただ単純に、「何をバカなことを」思えただけならばそれで良かった。それと同時に「どうして彼女が俺の心配をするんだ」と戸惑った感情が芽生えてしまい、シリウスの思考を乱す。


 アリシアが他の魔族と違う空気を纏っていることに、シリウスは早い段階から気付いていた。気付いていたのだが、それを認めることを心が否定する。

 ―――大切な人の命を簡単に奪った魔族を、シリウスは一生許すつもりはない。


 魔族をたった一人(アリシア)を除いて滅ぼしたとしても、それでも心に燻る火種が完全に消えることはなかった。魔族と同様に、シリウスには勝たなければならない敵が大勢いる。

 王になるという目標を勝ち取るために、いつ裏切るか分からない側近は不要だった。独りで戦う方が性格的に楽であり、裏での動きは信頼できるジェルヴェに任せ、今まで一度も振り返らずに前だけを見て歩いてきたのだ。


(いっそのこと……とんでもなく愚かな女だったら良かったのにな)


 魔族という憎むべき対象にも関わらず、頭の悪い家族の相手と王になるための行動で疲れ切ったシリウスがアリシアの部屋を訪れてしまう理由を、未だに自分自身でもよく分かっていない。

 ただ、全てを諦めたような琥珀色の眼差しに、かつての自分と同じものを感じてしまったことだけは否定のしようがなかった。



「……シリウスさま?大丈夫ですか?」



 黙り込んでしまったシリウスに、ジェルヴェが心配そうにそう問い掛けてくる。

 ただでさえ無理をさせてしまっている繊細な従者の心配に、シリウスはフッと口元を緩めた。



「悪い、俺は大丈夫だ。いつもありがとな、ジェルヴェ」


「とんでもありません。俺は全てをシリウスさまに捧げておりますので」


「おー重い重い。野郎の全てを手に入れてもなぁ」



 分かりやすくショックを受けた顔のジェルヴェに笑いながら、シリウスは両手をベッドについて天井を仰ぐ。



「アリシアにお前の存在がバレたんなら、今後は下手に尾行させても意味ないか。とりあえずは遠目から探れるだけ探ってくれ」


「……分かりました。このあとはどうしますか?」


「今日はもういい、俺もこのあと祭典の準備に追われるしな。その間に手薄になった部屋を探ってくれ―――主に宰相のな」



 シリウスはそう言ってから立ち上がり、大きく伸びをして窓の外に視線を向ける。

 国を挙げて開かれる祭典の準備に浮かれる人物たちが、中庭にわらわらと集まっていた。庭の景観で権力を示すにはどうすればいいのか、無駄な話し合いをしているのだろう。

 その様子を見ても、シリウスは呆れた感情しか浮かばなかった。


 国の頂点に立つ実力の無い国王、金目のものにしか興味のない王妃、そして(シリウス)を目の敵にする二人の無能な兄。

 そんな出来の悪い王族を操り人形のように思っている宰相と、宰相を支持し私腹を肥やす腰巾着の貴族たち。

 このままでは、いずれマクラウド国は魔族の国と同じように他国に滅ぼされるかもしれない。あるいは、待っているのは自滅という可能性もある。


 だからこそシリウスはこの国の王となり、腐ってしまった根元を切り落として新たな芽を根付かせたいのだ。



「能天気な顔を見るのは気が進まないが……このまま顔を出さなきゃ面倒くさい兄が絡んでくるだろうな。行くか」



 ジェルヴェが素早く用意してくれた上着に袖を通し、一度瞼を閉じて深呼吸をしてから部屋を出た。



 気が乗らないまま中庭へ向かえば、シリウスに気付いた国王が待ちわびていたように名前を呼んだ。王妃と兄二人は鬱陶しそうに目を細めている。



「おお、シリウス!魔族の王女とは仲良くやっているのか?」


「……ええ、何も問題ありませんよ」


「そうかそうか。祭典の時は、ちゃんとお前が手綱を握っているように周囲に見せるんだぞ。そうだな、目に見えて分かるくらいに……首輪でもさせればどうだ?」



 笑顔でそう提案する国王の思考は、魔族のものと何も変わらないように思えた。

 シリウスは内心で吐き気を催しながら、顔には出さずに「それもいいですね」と微笑み返す。



「けれど陛下、あまり魔族の王女の価値を下げれば我々が他国から甘く見られてしまうかもしれません。そこは上手く立ち回りますのでご安心下さい」


「ああ、それもそうだな。まぁいい、お前に任せた……くれぐれも失敗するなよ?失敗しても首が飛ぶのはお前だけだがな」



 国王が高らかに笑い、それまで黙っていた王妃と王子たちも同じように笑い出す。

 不快な不協和音を笑顔で受け流しながら、シリウスは内心で暴言を吐き続けていた。

 やはり無能な家族よりもアリシアのそばにいた方が不快感が薄れると―――そう思いながら。



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