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4話 古き伝承


目を覚ます。視界が滲んだインクのようにボヤけているのを、手でこすって意識を戻す。


ぼーっとしていたら寝てしまっていたらしい。なにやら色々と考え事をしていたはずだが、中々寝る前の記憶が思い出すことが出来ずにいた。


ぼんやりした頭を掻きながらも、身を起こし、外へ出るための準備を始めた。


服を整え、剣を帯び、バックを背負う。


そんな作業をしてるうちに、少しは頭も働き始めたようで、今日やることがハッキリとしていく。


外の広場で聞き込みをし、ドラゴンの情報を掴む。


誰か、知っている人がいるといいんだが。


考えるうちに、宿を出る準備が整った。

ベッドメイキングも少しはしておいたし、大丈夫。


部屋の小窓から外を少し覗くと、朝早くから互いに挨拶を交わし、仕事の準備をはじめる村人達の姿が見えている。


広場にはまばらながらも、人だかりが出来始め、地面にテントを張り、敷物と商品を広げた商人の姿があった。


変わらずこの村は行商が盛ん(さかん)だ。

文化の集中する聖王国と産業の発達した鉱人(ドワーフ)の国の行商路として、この村は丁度いいらしい。


この辺りは大きい山脈が連なるから、丁度繋がる山間の村というのは商人たちにとって便利なんだろう。


ただ商人たちはケチらしく、みなキャラバンのテントや、馬車で寝泊まりをするから、人の多さの割には宿屋は1つしかないのだ。


昔に比べてかなり栄えたこの村で、数少ない変わらないところが、この”うさぎのほら穴亭”なのだ。


あれだけ商人や護衛の冒険者たちがいるなら、有益な情報の1つぐらいは聞けるだろう。


窓辺を離れ、軽くストレッチなんかをしながら部屋を出た。


他の部屋からも冒険者や商人が出入りしてるようで、朝も宿屋は賑わいを見せている。


声をかけてみようかと思ったが、どこか皆ピリピリとしている様子で、恐らく話を聞いてはくれないだろう。


とりあえずカウンターへ鍵を返しに行くことにする。


___


階段を降りると、朝から酒場は食堂として姿を変えており、これから仕事をする村人たちも食事をしていた。女給は相変わらず一人でテーブルの間を駆け回り、献身的な笑顔で接客を繰り返す。


厨房の見えるカウンターでは筋骨隆々の大男が黙々と鍋を振るい、大量の炒め物を作っているらしい。


少し辛そうな、いい匂いが鼻をつく。


そういえば、昨日からまともな食事1つとっていない事に気がついた。気がついた途端に腹の音がぐぅと鳴って、空腹の合図をようやく身体が送ってきた。


俺は宿屋のカウンターに鍵を置いて、そのまま食堂のメニューボードを眺めた。


スープに焼き物、水やエール、食後のデザートにフルーツなんかも用意があるようだった、そして価格もそこまで高くはなく、手頃な程度だ。


そして、メニューを見ていると女給が俺にオーダーを取りに来た。


「おはよう、朝食はなににする?」


慌ててメニューを目で流す、とりあえず無難そうなものを選びたい…。


少し迷っていると、また声をかけてくれる


「もし迷ってるなら、今日は赤辛炒めがいいよ!鹿肉の良いのが入ってね。うちで育ててるスパイスと相性が最高なんだよ!」


「それじゃあ、それと…あと豆のスープもお願いします。」


さっきから香るスパイスに惹かれていたからか、そのオススメをそのまま復唱するように注文した。

ただ正直辛いのは得意ではないので、スープも付けておくことにする。


「はいよ!それじゃあ好きな席で待っててね!」


女給は元気よくオーダーを取ると、厨房へ大きな声でそれを伝え、大男はアイコンタクトでそれを交わす。


さながら厨房とホールは戦場のような賑やかさだ。


俺は適当に樽のような椅子に座って待つことにした。



周りの喧騒にしばらく浸っていると、目の前のテーブルに、木製プレートに乗せられた料理が届けられる。


木の椀に大盛りの野菜と肉の炒め物が、スパイシーな香りを広げ、ミルクで仕立てられた豆のポタージュがその香りを優しく包むように熱気を孕む。


そして、プレートの隅には頼んだ覚えのない瑞々しいブドウも椀に盛られていた。


「すみません、頼んだ覚えのないものが…」


慌てて俺は女給を引き止め、そう声をかけるが。


振り返った女給はなんとも愛嬌のある笑顔で口を開く。


「昨日、すごい疲れた顔してたからさ、少しぐらい甘いもの食べて元気出しな!お代はあんたの元気で十分さ」


胸を打たれたような優しさが身に染みる。

”あぁ、この店が繁盛してる理由がわかった”と

胸の底から俺は理解した、あの女給の笑顔が村のみんなや商人たちの心をとろかして離さないのだろうと。


スプーンを取り、炒め物を口に運ぶ。


具材は、キャベツ、鹿肉、じゃがいも、きのことシンプルな物だが。咀嚼すると、キャベツの甘みやじゃがいものホクホクとした香ばしさ。そして鹿肉の上質な脂の旨味が食材たちを包み、きのこの食感もアクセントとして面白い。


飲み込むとピリリとしたスパイスの辛さが残るが、このスパイス達が鹿肉特有の獣臭さを香り高い物へと昇華させていて素晴らしい。


次はスープ。よく煮られた豆とミルクのポタージュは暖かで、まろやかな口当たりがスパイスで刺激された舌を優しく落ち着かせてくれる。

まろやかながら、僅かな塩味が効いており、味全体がもったりとすることも無く、綺麗にまとまっている。


朝食でこれほどのものが取れるのは、とても贅沢な物だろう。


空になった胃袋が満たされていくと、胸も暖かくなる。どこか張り詰めていた胸の内が解れていくようだった。


完食、あっという間の食事、満足と満腹感を感じる。


プレートを持って、カウンターまで行くと、大男がこちらをチラリと見て、手を伸ばしてくる。


その手にプレートを渡すと、ジロリと俺の顔を男は見たと思えば、深々と刻まれた眉間の皺は解けて


「あら、綺麗に食べてくれたのね、ありがと〜」


その強面からは想像もつかないような、高く可愛らしい声で俺に礼を言ってウィンクしてきた。


理解に時間がかかり、少し表情が強ばっていたのが見て分かったのだろうか、男(?)はこちらの顔を覗きみて、目をパチクリとする。


「あら、恥ずかしがっちゃって、か・わ・い・い〜♡」


肌が足先から頭のてっぺんまでゾワゾワと逆立つような感覚に襲われ、俺は震える声で”ありがとうございます”と呟いて、食堂を立ち去るしかなかった。


立ち去る際、後ろからやたら野太いが乙女のような笑い声と、周囲の人々からの同情の目線が背中に刺さったような気がするが、これ以上考えたくはなかった。


美味しい料理だった、ただそれだけでいい。


料理に罪はない、ただあの主人はそういう人物なだけで何も悪い訳では無い。


そう言い聞かせながら、宿屋の扉をくぐった。




外に出ると、商人たちは朝の準備を終えていたようで、敷物にどっかと座りながら大きな声で客を呼び込んでいた。


いかに優れた商品を売っているかという声は巧みで、流行りやお得に聡い婦人たちは、まるで獲物を狙う獣のような鋭い目で辺りに睨みを効かせる。


この広場から、聞き込みを始めてみよう。






___しばらく聞き込みをした後、俺は広場の片隅、大木の下にある小さな椅子に腰掛けて、ため息をついた。


正直、聞き込みの成果はあまり良くなかった。


大半の人は非常にリアリストで、俺の話はほとんどマトモに取り合うこともなく、ただの夢見がちな少年のおとぎ話程度に扱われる。


そうでなかったとしても、商人たちからは情報を聞くことは難しいようだ。


ある商人からこう言われた。


「商人にとって、旅先の知恵や経験は、正しく財産だ。そんな財産を何も対価を払うこともなく分けるような馬鹿は商人じゃないよ」


厳しい言い方だったが、それは的を射た説教だった。


彼らは少しでも良い取引をする為に日夜研鑽し、仕入れを続けている、仕入れはただ物品を集めるだけではなく、そのルートや情報、その全てが商人にとって大切な資産だ。


それをただ知りたいからと、聞こうとした俺が悪かった。


せめて、何かその情報の対価は必要だ、慈善事業は彼ら商人に求めるべきことじゃない。


そうなると、情報を集めるためには、商人以外に聞くことになるが…この村でよく知る人はただ一人


この村を取りまとめる、皆の相談板でもある村長だ。


1度も話したこともない方だが…一度話を聞きに行ってみてもいいはずだ。


頃合としても、朝から市を照らした日は、もう俺の頭のてっぺんをカッと照らすほどになっている。

今日のうちに出来ることは進めていこう。


椅子から立ち上がり、広場から歩き始める。


少し歩を進めると村長の家はすぐに見えてくる。


周りの家と比べて、一回りほど大きく高い3角屋根の家。二階建てになっているようで煙突からは白い煙が上がっている。


玄関の前に立つと、木製の扉には金色のノッカーが取り付けられていたので、2度ノックする


コンコンと小気味いい音が響いて、少しすると扉の鍵が開き、初老ほどの婦人が開いた扉から顔を覗かせる。


「なにか、用ですかね?」


しゃがれた声でそういう婦人は優しげな顔をして俺のことを見てくる。


「突然すみません。村長さんに聞きたいことがありましてやってきました」


そう頭を下げながらそういうと、婦人は手で少し待つように合図すると、一度家の中に戻っていく。


言われた通りに待っていると、再び扉が開き、婦人は手をこまねいて家の中へと招き入れてくれた。


「主人は、この廊下の突き当たりの部屋にいますよ」


婦人はそういうと廊下の途中にある部屋に入っていき、そのまま辺りは静まる。


廊下を歩いて進むと、古い木板の床が軋む音が響いて。静けさの中に妙な緊張感が走る。


そのまま進み、奥の扉をノックして開く。


扉の先は、どうやら村長の執務室のようで、シックな木のデスクとそこの椅子に腰掛けた村長が出迎えてくれる。


「やぁ、アレンくんだね、久しぶり。」


村長は白髪を後ろで短く束ねて結った老人。老いながらも、その身体はしっかりと筋肉質でまさしく老兵のようだ。


そして、俺は覚えのないことだが、向こうは俺のことを知っているようだ。


「俺のことを…知っているんですか?」


そう俺が尋ねると、少し考えるような間を置いてから村長は話を始めた。


「あぁ、古い話だけれど、まだ君が物心つかない頃に、アベル…君の父親がやって来た時だ」


「夜の深い時に、突然ボロボロの男がやって来たと思えば、二人の子供を抱えていてね。君のことを知ったのは、その時が初めてだったよ」


聞いた事のない話だ、俺は物心ついた時にはあの小屋で生活をしていた。母親は生まれて間もなく亡くなったと聞かされていたが…


父は俺になにか隠していたのだろうか?


「…だが、君が今日聞きたいことはそんな事では無いはずだ。何を聞きに来たのかな?」


考え込み始めた俺の思考のを読んだように、村長が声をかけてくる。危うく他の事で元の目的を見失いそうになるとこだった。


「村長は、ドラゴンをこの辺りでみましたか?」


「…いいや、見たことはないよ、65年生きた内で一度も見たことがない」


やはり…誰も見ていないということか。


あれほどの巨体。家より大きいような物体が空を飛んでいたら、影のひとつでも見ていてもおかしくないとは思うのだが…。


もしかしたら、別の方向に飛んで行った可能性もあるが。家の近所には、よくこの村のハンターが狩りに出ていることも多い。


噂好きな村人たちが、そんな絶好の話題を逃がすとは思えない…。


「何故、君はドラゴンを探している?そもそも、実在していると思っているのか?」


考え事をしていると、村長がそう尋ねてくる。


やはり村長も信じてはくれていないらしい、ただ仕方がない、それが当たり前だ。


「…黒いドラゴンが、俺の妹を襲って…」


説明しようとする。だが、言葉が喉まで出かかって詰まる。口にすると、それは言霊と言って。認めたくない事を事実だと証明してしまうようで。


「落ち着いて、ゆっくりで、いいからね。」


村長は椅子から立ち上がり、俯いて震える俺の背を優しく摩りながら。落ち着いた声で宥めてくれる。


呼吸を整えて、言葉を紡ぐ。


「妹が


______殺されたんです。」



溜めた呼吸を吐き切るようにして、俺はなんとか伝えた。心が張り裂けそうだった。


村長の顔は見えない、どんな顔をしているか。


憐れむような顔をしているのか、それとも守れなかった俺を責めるように睨んでいるのか。


「…ほら、(おもて)をお上げ」


恐る恐る顔を上げると、村長は俺の思っていた顔とはまた、違った顔付きに変わっていた。


俺の瞳をじっと覗き込むような表情で、どこか緊張しているような、ハッキリとした意思を感じる顔だった。


「…君は見たんだね、黒いドラゴン…」



黒龍(こくりゅう)を。」


______黒龍。



村長がそう呼んだ、村長はあのドラゴンについて知っていることがあるようだ。


初めて。初めて、手がかりを掴んだ、ここから大きく風向きは変わる。俺の空想話ではない、眉唾ではない。確かな現実として刻まれたその存在の名前を。


「…黒龍」


「あぁ、この大陸に伝わる伝承に存在する龍、二対の柱の片割れ。それが黒龍。」


「今でこそ失われてはいるが、かつては幻龍教の教本にて語られている神話上の存在 」


…結局、黒龍も、ただの幻想なのか。




「そして、もう一対、幻龍(げんりゅう)と共に


___実在する存在。」



それが。黒龍(こくりゅう)



閲覧ありがとうございます!

毎日読みやすい小説を配信してまいりますので、もしお気に召していただけたら、ブックマーク等などで

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もし見かけた時、また読んでいただけると幸いです。

m(*_ _)m

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