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2話 絆の指輪



…………長い昏倒から意識を取り戻す、鋭い痛みが頭の中に突き刺さったようだった。


「…うぅっぐ、、ぁ」


言葉にならない苦悶の声が、喉から響いて漏れる。


必死に立ち上がろうともがいてみるが、身を半分起こす事も叶わず。まるで芋虫のように地面で、蠢くことしか出来ない。



…早く周りを、妹は…吐き出されたのか?



あのドラゴンから吐き出されたのだとしたら、きっと妹も怪我を負っているはず。早く治療しないといけない。


首を動かし、辺りの様子を伺ってみる。


家は無事な様子、小さな畑はドラゴンに踏み荒らされている。


そして、妹の姿は…。


見当たらなかった。



「俺の、近くにいないだけだ、きっと。」


「近くには林がある、もしかしたら、そこに。」


俺は言い聞かせるように、そう呟く。


そう続けて、少し時間が経つにつれ。身体が動くようになっていった。


痛みを堪えてなんとか立ち上がり、ふらつく体を必死に保ちながら、家の周りを歩いて妹を探した。


家の裏にも。林の背の高い草の中にも。どこにも。


やはり妹の姿はなかった。



「あ、あぁ…ああぁ。」


涙が頬を伝う、拭っても、拭っても。

自分のどこから、そんなに流れるのか分からないほどに止めどなく。


喉がしまって溢れる。嗚咽が止められない。


しゃくり上げるような、情けない泣き声が森で響く。


俺は唯一の肉親さえ守れなかった、もう父も妹も。

何ひとつとして俺には残されていない。


ただ残されているのは、深い悲しみと俺から妹を奪ったドラゴンへの憎しみ。



膝を着いて空を仰ぎ、泣きに泣いて。


涙が乾いて、一滴も流れなくなった時に俺は自覚する。



暖かな暮らしから反転し、全てを失った自分に残された道は。果てのない使命の道なんだ、と。


突然、命を奪われた妹の無念を晴らし。幸せな生活を理不尽に奪い去った、傲慢なドラゴンに報いを受けさせることが俺の使命だ、と。


日が沈みはじめ、森に影が入る中。俺は自身の手を見てみる。


あのドラゴンの血で赤黒く染まった醜い手だ。


「必ず、この手であのドラゴンを打ち倒してみせる。」


と俺は決意し、力強く拳を握った。









水瓶で手を洗い、妹のいない寂しい家の中に戻る。


きぃいと古くなった木扉が悲しい音を立てて、静かな家の中に響く。


机の上には、洗濯物を入れる藁編みの籠が、空っぽのまま置き去りになり。作りかけの編み物と編み棒が転がっている。


少し前までは当たり前の日常を送っていたのに、それが突然に消えてしまった喪失感が。俺の胸の中をぐしゃぐしゃにする。


窓から外を見ると、もう日は暮れて、夜闇が辺りに満ちていた。


「今から出るには遅すぎる、せめて外に行くなら明日だな。」


「明日になったら、村まで降りてみよう。」


「誰かがドラゴンを見ていたかも知れない。」



独り言をポツポツと呟き、寝室へと向かう。


誰に聞かせる訳でもないが、何か口を動かして自分の考えをまとめないと、気がどうかなってしまいそうだった。


夜を明かすために、ベットに横になる。


横目で覗き見ると、誰もいないベットがある。

普段なら、一緒に寝ていた妹の姿がない。また涙がこぼれそうになるが。


俺の涙はもう流しきったのだ。と


目をぎゅっと瞑り、様々な感情も全て押し殺して眠りについた。









______少し前のことを、夢に見た。



ある日、夜中にもかかわらず誰かが、俺たちの家をノックした。最初は父が帰ってきたのかと思った。


しかし扉を開けた先には、暗い面持ちをした村人たちが小さな壺を抱えて立っていた。


そして村人の一人が教えてくれた、父の死を。


ただ呆然と、小さい壺に納められた父の灰を抱き抱えて、俺は村人の顔を見ていた。


痛ましいモノを見る目が、俺を突き刺す。


その後、俺は村人と二、三言交わした後に、寝静まった夜の家で。座り込んで、呆然としていた。


何もかも実感が湧かなかった、あの父が帰ってこないなんて、考えられなかった。


当たり前だと思っていた日常は、あまりにも突然に崩れてしまう。幸せはガラスのように美しく、透明で、壊れやすい。


幸せの壊れる音が俺の脳内で響いて、響いて、響いてく。






______


「止めてくれッ!…これ以上俺の大切なものを壊さないでくれッ………」


悪夢から覚めて、すぐに俺はベットから飛び起きる。


乱れる息、全身に尋常ではない程に汗をかいている


恐ろしい悪夢だった。



ふと横のベットを見てみる、妹は居ない。


ただの悪夢ではない、あれは間違いない現実だった。弱った心に追い打ちをかけてくるようで、辛い。


朝から吐きそうになるくらいに、胸が締め付けられている。もう何もかもから目を逸らして、布団に包まり。眠りたい。


「…まぁ、悪夢しか見れないだろうけどな」


辛い現実から目を逸らしたい自分を鼻で笑う、もう笑うしかない。


また平穏に過ごすことなんて出来ないのに、心のどこかで、そんな弱いことを吐く自分を嘲笑してやる。


もう俺には何も残っていない、ただ残されているのは妹との繋がりだ。


右の手のひらを朝日に翳すと、俺の中指で指輪が輝いた。


不思議な色味の石の、シルバーの指輪。


これは昔、父が何かの土産として俺たちにくれた大切な指輪だ。


どうやら魔除けの指輪だという、妹も肌身離さず身につけていた。


「…この指輪だけでも取り返さなきゃな」


形見に、この指輪だけでもドラゴンから取り返してやりたい。


父の墓の隣に、妹の墓を作る。何も埋めてやれないのは悲しいから。


せめて指輪だけでも。



弔いが、冒険の目的になっても構わないだろう。


感傷に浸るのはもう終わりだ、そろそろ次を考えないといけない、時間は有限だ。


ベットから立ち上がり、カーテンをしっかりと締め切る。しばらく帰ってこれないだろうからな。


大切な家が荒らされたら大変だ、戸締りは忘れないように。


いつ帰ってきても大丈夫なように、しっかりとベットを整える。




寝室を出て、久しぶりに俺は父の部屋に入る。


父が亡くなって、いろんなガラクタを整理した後からは入ることも無くなっていた部屋だ。


扉を開けてみると、意外な程に部屋中は綺麗で、ホコリを被っていることもなかった。


「アレナ…」


俺は…ずっと内心、触れないようにと思ってしまっていたが。


妹は俺よりも強いみたいで、しっかりと父の部屋も掃除してくれていたらしい。


…ホント、俺よりアレナの方がよほど強いな。


今更、そう実感させられる。



俺が必要としていたものも、まるでそうなるのが予定調和であるかの様に、木箱にまとめられていた。


父が若い頃に使っていた物品や、服。

そして一振の剣。


渋い色味の革鞘に納められた剣、手に取ってみるとずしりと確かな重みを感じる。


ごくりと、生唾をのんで、鞘から剣を抜く。


朝日に照らされて眩く光る銀色の刀身が、俺の顔を反射している。

曇る俺の顔とは対照的に、剣は美しく透き通るようだった。


父が、俺のことを見守ってくれているような気がして、胸の底が熱く震える。


震える手で剣を机に戻した。


次に、父の冒険服に袖を通す。


無地のシャツ、何色にも染められず麻の素材そのままの粗末なモノに、それと変わらないような麻袋をズボンにしたようなモノ。


ブーツは俺のくるぶし丈まである黒い革製で、踏みしめるとしっかりした作りであることがハッキリと分かる。


ズボンにはベルトが通せるようになっていて、いくつかのツールや、鞘をさげることが出来る。


そして、革で出来たバックパック。


中々色んなものが入りそうな大きさで、背負うことが出来る。


これに父は、何を背負って冒険していたんだろうか…


そんなことを考えながら、バックに優しく触れる。

年季の入った革はガサガサとしつつも、柔軟で、耐久性に優れているのだろう。


今まで父の語った冒険譚を共にしたのであろうギアに触れていると、その実感を感じられるようで感慨深い。


淡々とバックに荷物を詰めていく、小瓶のポーションや乾パンや干し肉などの携行食。水袋も忘れずに。


一通り必要な品を詰め込んで、バックを背負う。


重たかった。


この全てが旅で命を繋ぐため必要な物だ、正しく命の重さといえるだろう。


心が落ち着くような、そんな不思議な安心感があった。まるで父に抱きしめられたあの日を思い出す様だった


姿見で自分の姿を見る、飾り気のない無骨な装いで俺の顔はこの服装に似合うほど成熟してはいない。だが、凄くしっくりくる。


父が、俺のことを守ってくれているようだ。


胸の中がぎゅぅと締め付けられる、懐かしさが心の中から染み出してくる。

あの頃を、思い出すと自然と顔も明るくなっているようで、鏡の俺は微笑んでいた。


どことなく、昔の父の面影を…自分に見たような気がする。


父の思いを継ぐからには、俺もずっとしけた顔はしていられない、せめて笑っていよう。


あの頃が俺に勇気をくれる、旅立ちの勇気だ。


俺はそして父の部屋を後にする。


「父さん、行ってきます。」


誰もいない部屋にそう言葉を残して、父の部屋の扉を静かに閉めた。




しばらく帰ってこれないだろうから、家を少しだけブラブラとする。


妹と何気ない会話を交わしながら食事をした机、古い物語や世界の色んなことを教えてくれた本。

思い出がいっぱい詰まった家だ。名残惜しいが、しばらくの別れになる。


扉のノブを回して、外に出る。


朝日が俺を照らして目は眩む。手で日を遮って外の明るさに目が慣れてくると、外の景色が普段より鮮やかに見えてくる。


青々とした木々が、ほの暖かい風に吹かれてそよいでいる。小鳥の鳴く声が朝のリズムを奏でている。


さわやかな朝に俺は出発する、弔いの旅に。


「いってきます、父さん、アレナ。」



最後に、そうしばしの別れを告げ。

土を踏みしめて俺は前へと歩みを勧め始めた。






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