殺された理由
「ねぇ、ハルト」
安物の机、少し硬いベッド、私の部屋はクラスの女子と比べると少ない簡素な部屋である、だが今はそれが有り難かった。
彼と話すのに……今この場に余計な物はあまり入れたくなかったからである。
「どしたん?」
こちらに見向きもせず、不慣れた手つきで彼はリンゴの皮剥きに集中している。
扱っているナイフが皮を剥ぐ音が異様に聞こえていた。
「貴方とフラベルさんが話していた……【領域】って何のこと?」
直後彼は手を止めて、こちらに振り向く。
「ーーその話を、どこで聞いたんだ」
「ごめんなさい、斜陽の森でハルトに背負われている時に……たまたま聞いてしまったの」
彼は額に手を置いて、俯いて考えている様子だった。
「それにしても、ハルト本当にリンゴが好きなのね」
「元の世界じゃあそれなりに好きだったけど……今はそんなにかな」
「はぁ…」
間抜けたため息が、部屋に微かに響いた。
「分かった、全部話そう。 ただその代わり誰にも喋らないと誓ってくれ」
珍しくいつものおどけた様子ではなく、真剣な表情であった。
「うん、分かった」
アイリも、この表情に気圧され承諾してしまう。
「俺は君を信用して、この事を話そうと思う。もし、喋るようであれば君は殺される運命になる」
冗談ではなかった、その証拠に手が光だし、紋章のようなものが浮かび上がる。
ーー成約の紋章
両者が納得した物事において発動する、内容を破れば殺される運命となる。故にこの約束を破ることは出来ない。
返事をした後、彼は椅子から立ち上がり、自分の部屋に向かって歩き出した。
「それじゃあ、俺の部屋に来てくれ」
その背中には何故か、躊躇いが見えて……何か良からぬ物の気配を感じた。
ズタズタに削れたリンゴが、何かを訴えているかのように……
「ここが俺の部屋だ」
そう言って案内してもらった部屋は、あまりにも小さく置いている家具は、私の部屋とあまり大差なかった。
天井は低く、壁紙は剥がれかけており、棚はボロボロで釘が所々飛び出ている始末である、何故ここまで酷いかと言うと……何故ならここは、元荷物置き場である場所を改造した部屋だからである。
ただ、部屋の隅にある約50個のリンゴの皮と芯が雑に積み上げられていた。
「別にハブられてる訳じゃなくて、ここの方が都合がいいってだけだからさ」
おどけた様子で、適当な椅子に腰をかける
私は、部屋の隅にあったリンゴのゴミを数えながらゴミ箱に片付けていく。
「……そろそろ教えてくれないかな?【領域】の事」
「そう急ぐなって、ちゃんと説明するからさ」
「【領域】は、この王都全域に結界て覆っている、その結界内でしか効果を発動しない魔術の総称だ、正式名称【領域魔術】と呼ばれている禁忌の一つだ」
話しながら宙をぐるぐると描くように指を回し、しばらくして目的の物を見つけたように指を止める。
「領域内及び領域外、【非感知の魔術】一秒間解除」
その時、ゾッとするようなーー何かに、見られている、体の内側を、心臓を強く握られている感覚が襲ってきた。
冷酷な……その気になれば平気で人を殺める危うさを持った視線が、心臓を掴まれた感触が、息が出来ないほどの緊張感が私を襲った。
だがその感覚はすぐに消えた……いや、“消された”と言った方が正しい。
「……今の何なの?」
全身に鳥肌が立って、震える体を自らの両腕で押さえつけて、顔が真っ白のアイリが冷や汗をかいていた。
「46人……これが、君が知りたがっていた答えだよ」
部屋が少し青白く発光する。彼が言った“数字”の意味を理解するのに……さほど時間はかからなかった。
「ねぇ? ハルト、何の話を……しているの?」
「12人ーー君を攫おうと、」
「10人ーー君を殺そうと、」
「残りの24人は俺に向けた魔神領の手先の奴らだった……気がする」
「この【領域】には、三つの効果があるんだ。【内情感知】、【即時追跡】、そして……【即死】。」
アイリがグッと息を呑む。
「……即死?」
「そう、心臓を壊すただそれだけ、簡単だろ?」
【内情感知】ーー範囲全てに適用され、他者の思った事、感じた事を知ることが出来る。簡単に言えば読心術と危機感知を混ぜたようなもの
【即時追跡】ーー同じく範囲全てに適用される、【領域】の中にいる生物の行動を任意で、リアルタイムで追跡が出来る
【即死】ーー【領域】にいる生物に適用され、対象の心臓を破壊する能力を有する
「ーーこの全てが君を守るためのものだ、君のためなら当たり前に人を殺そう。君だけを守る為に、僕は……俺はここまでやったんだ」
「君が望むなら、俺は屍の上だって歩いてやるよ……君だけでも、元の世界に帰す為に」
静寂が、空間にいっぱいになる
「わ……私は! そんな事望んで無い!」
その静寂を破ったのは、他でも無いアイリであった。
彼女は息が絶え絶えになりながら、ハルトの発言を許さないように喋り続ける。
「そんなに、人を殺して貴方は何も感じないの?」
「そんな風に感じる暇なんてないよ、君を守る……そのためならどこまで堕ちてやる」
「私は貴方を信じたかった、でも……でもお願いだからもう二度と……もう二度と!! 私やクラスメイトに近づかないで!」
ただ信じられなかった、昨日まで普通に過ごしていたのに、“普通”を過ごすのに何故人の亡骸を踏まなければいけないのか?
できれば信じたかった、ハルトが変わらないでほしかった、クラスメイトみたいに。
部屋を走って出ようとした時、彼はこう言った。
「ーー全部は無理なんだ、守るものは選ばないと」
それが何故か、頭から離れることはなかったこの先ずっと。
走って、走って、走り続けた、あの光景を忘れようとして、部屋の隅に雑に積まれていたリンゴのゴミの数がちょうど46個だったから。
薄暗い王室で、かなりの数の人影が見える。
「なるほど……報告が本当だとするなら、これは王国自体が崩れかねないことだぞ」
「彼の能力が真実ならば、王都にいる全ての人間は、すでに“観測下”にあるということになります」
「つまり……誰一人、無事では済みそうに無いね」
「そうですね、彼ーーハルト君の処遇に関してどうしましょうか」
「追放では?」
「おいおい、それじゃあハルトのやつ魔神側に寝返るんじゃねぇの?」
「……そうかもな」
「ちょっと待ってよ! 何でハルトを殺す流れになってるんだよ!」
「追放しても、ハルト君を生かしていもメリットが無いと思いまーす」
「そうだよ、どうせ俺たちに復讐だーって面倒ごとが増えるだけだろ?」
「私は、……今の状況自体耐えられない。次の瞬間死んでるかも知れないんだよ!!」
「そうだとしても、彼の行動はアイリちゃんを守るためにでしょ?」
「……46人殺してもか?」
「っ……」
「決まりだな、ハルトは国を傾ける程の力を保持している、処刑しなければいけない。異論は無いね?」
誰も何も言えなかった、ハルトを殺すことに異論を唱えるものはいなくなってしまった。
ーーそれが、自分たちの破滅に向かっていることも知らずに
ここまで見てくださって、ありがとうございます。
次話からはハルトの方に戻ります、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
今回、情報量が多い回であったため、あえて人物の名前は伏せる措置をしています、どうかご了承下さい。
《補足》
最後のシーンの話し合いを見て、この話聞かれてないの? 読心術機能して無いじゃん
と思った方は少なからずいると思うので、補足させていただきます。
【内情感知】は、便利なスキルのようなものではなく、どちらかと言うと、かなりキツイ能力で、常時発動して仕舞えば、一万にも上る人間の思考が頭に流れ込んできてしまう結果、自分を完全に見失ってしまう恐れがあります。現にハルトは少なくとも46人の思考を読んでいるため、自分を見失いつつあります。
普段は自分や、クラスメイトに対しての悪意を感知するために使用しておりかつ、クラスメイトには感知しないようにしています。
今話で出てきた、領域の能力の詳しい説明を載せています。
【内情感知】ーー範囲全てに適用され、他者の思った事、感じた事を知ることが出来る。簡単に言えば読心術と危機感知を混ぜたようなもの
【即時追跡】ーー同じく範囲全てに適用される、【領域】の中にいる生物の行動を任意で、リアルタイムで追跡が出来る
【即死】ーー【領域】にいる生物に適用され、対象の心臓を破壊する能力を有する