契約関係
目が覚めると、真っ暗な部屋だった。
すると、いきなり巨大な照明が明かりを灯し、俺の暗闇に慣れ切った目に直撃した。
「ゔあっ…」
あまりの眩しさに、目が細くなる。
「やっと目覚めたか、客人さん?」
目の前には、同じ年齢の見た目の女の子が座って目線を下にして、本を読んでいた。
「ここは……何処なんだ?」
周りを見ると、意外にも豪華な装飾をしている部屋で驚いた。
「怪我は!」
自分の体をまさぐると、不思議な事に抉られた腹や失った筈の腕、足が綺麗に治っていた。
目線をそのままで、つまらなさそうに
「まぁ、ついでで治したって感じだね」
「……どういう事なんだ?」
俺は今の状況が掴めず、ただ困惑していた。
「貴方、死にかけていた……いや、死んだのよ」
「は?、じゃあなんで俺がここにいるんだ?」
「あの時、あんだけ腹の中身をぶちまけていて、生きてる訳ないでしょ。今貴方が生きてるのは、私の術式で私の体で生きながらえてるのよ」
胸に手を当てるが、心臓が動いておらず、息を止めても苦しく無い。
……心底悲しくなったのは、俺だけだろうか。
「で、どうすれば良いんだ?これ」
「今は仮契約みたいな感じで、これから“内容”を決めないといけないのよ。」
「待て待て、話について行けないんだが。説明してくれ」
そう言うと、彼女はかなり大きなため息をついて。
「貴方は、昨日の夜死んでるんだよ。興味本位で君を生き返らせたって話。契約の内容ってのは、今私と貴方は仮契約という状態なの、内容が書かれてないだけの状態よ」
「じゃあそれで、なんで俺まで生き返ってるんだ?」
「仮契約ってのは、内容が決まるまで有効な“保留状態の契約”よ。ルール上、お互い死ねないの。」
要するに、商売相手を勝手に死なせないって言うことか。
「もしもだけどさ、俺が断ったらどうなるの?」
「ただの死体に、戻るだけよ。」
いや、怖すぎるだろそれは……
「……あともう一つ言うことがありまして。」
え?何、なんでこの人かしこまってんの!?ちょっと怖いんだけど。
「さっさと契約の内容、決めないといけないのよ。」
「……勧誘みたいな感じでやだな、これ」
「それじゃあ、死体に戻る?」
「いえ、喜んで契約させていただきます!」
姿勢を正し、面と向かってハッキリと話す。彼女の顔がやけに幼いなと思いながら見てると、
「……そう、なら分かった。“契約”はお互いに話し合って決める物なの、だから最初に私が出せる物は……貴方の復讐のお手伝いよ。」
最初はピンと来なかった。
復讐のお手伝いと言われても、具体的にどんな事をさせたら良いのかが思い付かなかったからだ。
「正確に言うなら、復讐が完了するまでの間、貴方は生きながらえる事が出来る、と言う事よ。」
「……そ、それじゃあ、復讐が終わったら俺は…死ぬって事か?」
「物分かりが良くて助かるわ。ええそうよ、貴方は既に死んでる身……生き帰って憎い相手に復讐を与える機会がある事自体、素晴らしい事なのよ?」
彼女が何かを見透かすような目で、見つめてきた。
俺はその時、気付かなかったこの時の彼女の、異変に
だって、
ーーひとつも口が動いてなかったから。
「あなたに、復讐が出来る……何不自由なく過ごす地位を与える、あなたが望めば力だって与えることも出来る。その代わり私が望むのは、あなたの感情よ。」
「あなたは、もう戻れない、
ーー勇者としても、ニンゲンとしても……ね?」
「あっ……そうか、もう死んでたんだな。」
突如頭に蘇るは、あの夜の惨劇、友達に裏切られ、幼馴染に殺され、クラスメイトから落とされたあの日の出来事が、鮮明に…痛みが苦しみが殺意が……寂しさが俺の心を蝕む様に広がっていった。
……気づいた時は、俺は吐いていた。
「ゔぉおぇええっづ…」
涙と共に。
* * * * * *
三年前のある日の出来事から、私は彼が怖いと思ってしまった。
「やっほ〜、はーっると!」
いつも通りに彼の背中に乗り掛かって、体の前に手を伸ばす。
「せめて、素振りしてる時に来るのやめようよ!」
私の名前は、アイリ……日本だと、桐生愛莉という名前だ。
今ちょっかいをかけた人は、私の幼馴染、兼半恋人の篠暮晴翔……この世界ではハルトと呼ばれている。
ーー私の好きな人である。
「んで?今日は何のようですか、アイリさん?」
私達は、一年ほど前のある日、この世界に飛ばされてしまった……神格と呼ばれる異能を授かってここに来てしまった。
「そうそう今日ね私達の班、魔物の討伐に行くの、確かドラゴンを一匹を倒しに行けって…メチャクチャだよね」
私達は、本当ならこんなくだらない世界じゃ無くて、元の世界で音楽を聴いて動画を見て、晴翔にちょっかいをかける日々だった筈なのに……
「ごめんね、こんな暗い話ししちゃって。」
「そんな事ないよ、こういう世界なんだから、皆んなで助け合わなきゃいけないんだから。」
そう言って、私の手に優しく自分の手を重ねてくれた。
「絶対生きて、帰って来いよ。」
分かってる、きっと
ーー大丈夫
「心配しないで……それにハルトに心配されるとは、私も堕ちたなぁ〜」
「なっ!こっちは純粋に心配したんだぞ!俺の話は、別に良いだろ!」
そう言ってバカし合えるのも、後何回だろう……
「ドラゴンが火を吐き出すぞ!散れ!」
真っ暗な真夜中で、『日陰の神林』と呼ばれるどんなモンスターよりも大きな木が生い茂る森の中で、一体のドラゴンと私達は戦っていた。
一緒辺りが明るくなり、直後に触れてもいないのに火傷しそうな火炎が……木を、森を、地面を、人を溶かして突き進んだ。
辺りから、悲鳴が聞こえてくる。
「皆んな!大丈夫?」
クラスメイトの安否を確認するこの男の名前はシンヤ、前の世界では、御影慎也と言うクラスの人気者の男である。
「うつっっ……」
腕に痛みが走る、よく見れば腕が少し焦げていた。
「アカリちゃん、大丈夫!?」
親友のユリカが駆け寄ってくる。
「治癒の光」
彼女がそう唱える事で、腕の痛みが和らいでいく。
「ごめんね、ありがと」
「気を付けてよ……絶対に、死なないでよ?」
今にも泣きそうな顔で、こちらを見てきた。
「うん大丈夫、絶対に死なない理由があるから。」
これが終わったら、ハルトに想いを告げて……どこか遠くに過ごそう
ーーなんて言ったら怒るかな?
「ハアッ!」
剣を握り直し、火を吐いた後なのか動けないドラゴンに追撃をする。
一撃が軽くても、ちゃんとダメージにはなっている……筈だ。
「やっぱり、鱗が硬い!」
魔力で剣をコーティングして、消耗を抑えてはいるが、それでも所々刃こぼれが見えている。
ドラゴンが尻尾を振り、それを間一髪で回避する。
少しのミスが文字通りの命取りに、成りかねない状況である。
辺りには、ドラゴンの炎で焼き焦がれ、元の原型が分からない遺体が転がっている。
ーーいつ自分がああなるか、不安がよぎってしまう。
皆んな撤退の準備を始めている。ここで私が倒れたら、クラスメイトや国の兵隊さんが死んでしまう。
「だから……引けないのよ!」
剣を振りかぶり一撃を与える、骨まで断つことは出来ずとも肉を削る事は出来た。
「見たか、このっ羽付きトカゲが!」
血が滴る剣を振って血を飛ばし、剣先をドラゴンに向ける。
その時、
『あまり調子に乗るなよ……ニンゲン風情が』
ドラゴンの口が赤く染まり、周囲の温度が一気に上がる。
全てを溶かす豪炎が私に目掛けてやってくる。それを避けきれず、少し足に受けてしまった。
「ゔああぁっっっ!!!!」
真夜中の森に、悲鳴が木霊する。
ーー激痛を紛らすために
『良い悲鳴を上げるではないか……ほれ、お前が付けた傷はもう治ってしまったぞ?』
最悪だ、私達が犠牲を払って付けた打撃痕や、切り傷、私が必死になってようやく付けた傷、皆んなの神格を使用した損傷まで、まるで最初から無かったように、無くなっていた。
「嘘っ……」
このままだったら、死んでしまう。
嫌だ、まだ、まだ死にたく無い、死ねない。
『さてもう飽きたからな、魔王様の命だ“勇者は殺せ”』
辺りが炎に包まれた場所で、ユリカ達は……無事に逃げ切れただろうか。
「やだっ、嫌だあぁっ」
泣きべそをかいて、必死に絶望の状況で“生”に縋りつこうとする。
ーー振るわれた腕
鋭すぎる爪が、私を切り裂かんとする。
首を飛ばされる……そう思った時。
『ぐあああっ!?』
ドラゴンが顔を押さえて苦しみ始めた。
「よぉクソトカゲ、せっかく見逃してやがったてのに、殺されに来たってのか?」
よく聞き慣れた声だった、
ーー筈だ。
「ハ、ルト?」
その時、始めて自分が震えていることに気がついた、彼から放つ異常なほどの……狂気に。
「アイリ泣かせて、死ぬ準備出来たんだろうなぁ?」
ーー彼は、笑っていた。