繋がれたもの
彼の部屋には一つだけ、たった一つだけ、古びた“再生機器”が置かれている。
それは動くわけでは無い。
それは必ずしも綺麗なものでは無い。
それは特別な物ではない。
ただ、彼女を感じられる。
ボクの“原点”いや、“黒歴史”とでも言えば良いですかね?
「いやぁ……どうなる事かと思いましたよ」
足に力を込める。柔らかい感触が、靴底越しによく分かる。容赦無く、踏み付けているハルト君の鳩尾を執拗に靴底を擦り付ける。
「あそこまでやられたら、流石のボクでも看過できないなぁ……」
人形はズタズタに引き裂かれ、“修復”でも直せない所まで損傷させられていた。
あまりにものやられように、本当は降りるつもりは無かったボクも、慌てて降りて来るほど酷くやられましたから。
『ざっけんな……クソがぁ』
「何か秘策があったのだろうけどね、まぁもう終わりだけどね。解析も終わったし、それに肝心のお仲間もあの様子だし」
目線の先の少女……アンと言っていた少女は、目に涙を浮かべて酷く震えており、自分の肩を抱いているが力を入れすぎて爪から遠目でも分かるほど血を流がしてた。うん、ちょっとグロいですね。
「ボクの【領域】に入って時点で、あんな風になるのが普通なんですが、結構時間がかかりましたねぇ」
『お前、アンに何をした!!』
「凄い形相で睨んできているのは、いただけませんが……減るもんでもないですし、お答えしましょう。特別にですよ?」
足を乗せたまま膝を曲げ、彼の仮面を覗くように顔を近づく。視界にボクの灰色の髪が映るが、やはり表情と言った様子は伺えないが、今は容易に怒りが見える。
「ーーボクの【領域】はね、先ほど言った通り『物語の忠実な再現』だよ。だけどね、正直言うと演目を言う必要はない。演目を予め言うのは、ボクの『演出家』としての性かな?」
『そうだとしても……アンがあんな風になる理由になってねぇぞ』
「ははは!!確かにね!!」
笑いながら、左手で自分の足を叩く。足で押さえつけられているハルト君は鳩尾にあるボクの足を掴んで、何かをしようとしているが、直前で何かを惜しむように手の力を緩める。
「ーーハルト君、君が何かしらの『権能』を持っている事は分かっています」
仮面が僅かに揺れた。少なからず動揺している事を願いましょう。これはボクの【領域】が展開している今しか出来ない。
ーー邪魔者はいない。あの人に聞き出せと言われた、彼の『権能』の詳細を。
掴んでいる手の力が、強くなった。仮面で見えないが、ハルト君が初めて見せた明らかな“拒絶”。やめてくれと、叫んでいる気がする。
まぁ、関係ないですけどね。
『やめろ!!』
「ーーどうして君は、そんな体になってまで勇者達をーー君を、『篠暮晴翔』を殺した友人達を助けようとするんです?」
君を見ていると、とにかく虫酸が走る。自分はまだ出来ると、何かに成れると、信じて止まないその目が……あの時の俺によく重なる。
ボクの右腕が珍しく疼いた。
勝負は一瞬だった。
アンが人形の後ろから、“修復”中の肘に剣を突き立てて、唯一動く左腕の破壊に成功したが、喜ぶ暇も無く遂にメトゥールが、“舞台”に降り立った。
「凄いですね、彼女を倒すなんて。あまりにも『演目』からかけ離れ過ぎて、ボクが強制的に“舞台”に上がることになるなんて、初めての経験ですよ」
服装の変化は無い。相変わらず寒そうな半袖に、右腕のみ長袖ていう奇抜な格好をしていた。
『どうした?ご自慢の人形が壊れて、焦ったってのかよ、二将さんよ』
「えぇ、えぇ、そうですとも。舞台に立っている役者の心配はするものですよ」
メトゥールが話している後ろに、アンが待機している。アンが俺の方に目線を向けて、オレは静かに頷く。“奇襲”の合図だ。
『確か、『演出家』であってる?最初のアレ、流石に怖過ぎたんだけど?』
「それは申し訳ない!いかんせん、彼女の姿がボク以外には“怖い”と感じてしまうらしく、本当は可愛く登場させたいつもりですが、仕方なくですよ」
あの人形の事になると、かなり饒舌になるな。舞台の上で話すメトゥールを見ると、何だか違和感が凄い。
まるで和食を頼んだはずなのに、米がパンに変わってそのまま出てきたような、場違いな感じ。
「『役者は、いずれ砂のように消えていく。指の間をすり抜けて、誰の記憶にも残らず消えてしまう。だから、人々の記憶から消えてしまうその時まで役者は鮮明に輝き続けたい』ボクが唯一、愛した女性の言葉です。そんな風に生きれませんよ、ボクも……ハルト君、君もですよね?」
『何を……言って?』
「ボクも、君も、誰にも覚えられず、忘れ去られて、一人で死んだ方がいい人間です。確信はありませんしかし、君は……ボクに似ている。そこにあった違いは、ただ“知らなかった”だけです」
オレの目の前で、舞台の上であるのにも関わらず、メトゥールが突如として座り込んだ。座り込んだ瞬間に、虚空から椅子が出てきてメトゥールを受け止めた。
「ボクは魔神七将の中で、唯一の純粋な“人間族”ですよ。しかし、人が嫌いなんですよ。自分の欲望のまま、何かを奪う事しか知らねぇ、保身のクズどもが!!とまぁ、言ってみましたが。一応本音ですよ?ボクが人間である事、人が嫌いな事、全部です」
オレには、もうメトゥールの事がよく分からなくなっていた。そんな事も知らずに、メトゥールが椅子から立ち上がる。同時に座っていた椅子が、霧散していった。
あいつは、この【領域】の効果は『演目の忠実な再現』だと言っていた。
ーー本当に?
メトゥールが展開した【領域】は、はっきり言って弱い。物語の“修正”は面倒だが、欠点さえわかれば攻略は容易。
それにやつは、自分の事を『演出家』と言っていた。最初は世迷言だと思っていたが、それが本当なら。
『ダメだ!!アン!!』
オレは既にメトゥールの後ろに周っているであろう、アンに声を荒げて警告を出す。
しかしオレの声が響くよりも一足早く、アンはメトゥールに接近していて、握っている毒剣を突き刺そうとしていた。
ーー今なら確実に殺せる。
足音と気配を殺し、右手に握った毒剣を振りかざす。さっきの人形には通用しなかったが、メトゥールは人間、生き物である以上毒は効く。
そう思っていた。
「躾が……なってねぇですね」
あと少しで、確実にその首に刃を突き立てられる所でバレた。でも、大丈夫。
ここまで近くにこれば、この男がどんな能力を使おうとも、止められるわけがない。
「“停止”」
アイツの口から初めて聞くその単語。自分が死ぬかもしれない瞬間に、この男は平然とした態度で私を見ていた。
剣が動かない?いや、剣だけじゃない。私の体もーー
「“消去”っと」
アンの体が不自然に動きを止めた後、メトゥールが唱えた言葉によって、アンの体が木っ端微塵に砕け散るのを目の前で見るしかなかった。
『『それは夜闇を照らす、極光であった!!』』
『白夜ァ!!』
アンが消えた後すぐに、オレは詠唱で強化した『白夜』でメトゥールごと【領域】を破壊しようとした。
オレの全魔力を圧縮して放つ、オレの魔術の中でダントツの火力を誇る必殺技がメトゥールとオレとの間で炸裂する。
影が置き去りにされ、消え去り、光だけの世界となる。視界に映るのは一面の“白”となる。
ーーはずだった。
「“停止”」
「“巻き戻し”」
「“修正”」
メトゥールの手元に、先程まで無かった“古びた台本とペン”が出て来る。ここからはよく見えないが、多分あいつは台本にある一つの文章を、書き消した。
視界が元に戻った、オレが確かに放った『白夜』は跡形も無く消えていた、いやなかった事にされた。
「おぇっ…」
メトゥールが立ち上がった瞬間に、強制的に時間が巻き戻りやがってる。メトゥールの後ろでアンが吐いてるけど……ちょっとまずい!!
『アン!!捕まれ!!』
強化魔術を発動させて、地面を踏み抜く勢いでメトゥールの後ろにいるアンに左手を伸ばす。
ちゃんとアンは反応してくれて、オレの手をしっかりと握り返す。こちらを振り向くメトゥールと、目が合うが、そのままアンを抱きかかえる形で、メトゥールから距離を取った。
『おい!アン、大丈夫か!?』
オレの胸の中で過呼吸になっているアンに声をかけるが、息が出来ていないのか上手く声が出ない。
『少しずつでいいから、だんだん呼吸の速度を下げていけ』
そっと、抱きかかえているアンを地面に降ろす。離れたくないのか、力を込めて僅かながら抵抗をしてるが、流石に子供一人抱えたまま勝てるような甘い相手ではない事ぐらい、分かっている。
「おやおや、連れの女の子がダウンしちゃったかい。まぁしょうがない、一瞬とは言え“死”を経験したんだ、発狂しないよりかはマシだね」
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!!
明らかにこいつの【領域】は『持続型』つまり、この『劇場』の何処かにこの【領域】の核が存在してるはずだ!
と言っても、ほとんどの場所はさっきの人形との戦闘で、一度は破壊、または切断している。
【領域】の核は少なくとも、あのペンと台本では無い。
ペンは物理的に書き込みが不可、台本は耐久的に不可。ここまでの完成度の高い【領域】だ、当然魔術式の量が膨大なはず。
『そうだな。それよりもお前の【領域】、どうなってんだ?今のは、時間魔術でいいのか?』
「まさかまさか、時間魔術ほど馬鹿馬鹿しいものはありませんよ?あんな観測不可の魔術を誰がするんです?」
さっきの“巻き戻し”については、説明も攻略法も思い付いた。合ってるかは分からんが。
ここが『劇場』で、今行ってるのが『演目』で、あいつは『演出家』そして『台本』と『ペン』。
あいつが言っていた、“停止”“巻き戻し”“修正”という単語、何かが引っ掛かる。
“修正”は理解できる。おそらくだが、メトゥールの【領域】はかなりピーキーな能力のはずだ。
まさか……賭けではあるが、この単語にメトゥールが反応すれば、この【領域】はオレの予想通りのもの。
『ーーおいメトゥール』
「おや、時間稼ぎはもうーー」
『“蓄音機”』
『この世界では、なんて言われてんのか知らなぇけど。反応を見るに、聞き覚えがあるんだろ?』
明らかにメトゥールの顔に陰りが入った。おそらくではあるが、オレの予想は当たっているはずだ。
【領域】のルールは分かったが、脱出が出来るのかよ……ここから。
それでは、【領域魔術】縮めて【領域】を解説したいと思います。
【領域】というのは、ざっくり言うと『使用した魔術の効果範囲の拡大』が主な効果です。
ここで重要なのが、『範囲を拡大した魔術の火力はそのままである』という点です。
例えばの話ですが、『人一人を殺す魔術』があったとしましょう。それを【領域】に組み込むと、一瞬で大量虐殺が可能になります。
【領域】自体、魔術を極めれば誰でも使用ができ、最上級魔術より比較的簡単に習得可能、つまり誰でも“頑張れば”大量虐殺が可能な魔術を使えると言う事になります。
【領域】には以下のパターンがあります。
一つ目は、単純に広範囲にただ魔術を放つだけという、『単発型』
二つ目は、自分以外の生物に状態異常を付与させる『負担型』
三つ目は、結界内のどこかに【領域】を強制解除させる“鍵”がある『持続型』の三種類があります。
この中で魔力の消費が一番少ないのが、『単発型』で次に『負担型』そして『持続型』の順番です。
『単発型』は簡単に言うと、使い捨ての【領域】です。一回魔術が行使されたら、すぐに結界が消えて【領域】が崩壊します。
『負担型』は、火力はほぼ無いですが、その分相手に何かしらの状態異常を確定で付与できます。しかも、付与できる状態異常は自身で選ぶ事も、変更する事もできる。
『持続型』は、魔力消費はダントツで一番であるが、【領域】が術者本人の意思で解除しない限り、永久的に続くというものである。
【領域】を展開するにあたったて、必要なのは“核”となる存在が必要になります。
杖や羊皮紙、自身の持ち物、果ては自分の体に【領域】の魔術式を書き込み、そこに魔力を流すと同時に結界で空間を区切り【領域】を展開します。
【領域】を展開したのち、【領域】の種類関係なく魔術式が破損し、一時的にその魔術が扱えなくなります。
『単発型』や『負担型』であれば、展開してすぐに核が自然崩壊して【領域】が解除されますが、『持続型』の場合【領域】の内部の核を探して破壊するまたは、術者本人に致命傷を与える事で【領域】が解除されます。
元々は『回復用』として作られた魔術でしたが、年代を隔てるごとに改良され、今では本来の使用法とはかけ離れた物になってしまった魔術です。
空間を隔てているため、展開した【領域】は【領域】の自壊以外では基本的に破壊されません。
結界を含めて空間として扱われるため、外部から【領域】を破壊しようとするなら、“空間魔術”等で結界を切断する以外方法はありません。




