アン
「ーー大丈夫。いける」
ハルトの問いかけに、アンが静かに答える。
今まで以上に、ハルトの手を強く握る。アンの体に紫色のヒビが浮かぶ。
「【万毒錬成】」
アンの体から液体が纏わりつくように、生成される。
「やはり、何か仕込んでましたか……」
会場を俯瞰するように、ハルト達を観察していたメトゥールが呟く。
ハルトの部下十二名は、ハルトが体の肉に術式を刻み込んでおり、自身の魔力で起動させるか、対応する『宝具』によって起動するかの二通りがある。
しかし、付近にハルトがいた場合、ハルトと肉体的接触を行っている間、ハルトも刻まれた術式を使うことが可能である。
「ハルトさん!」
アンが、毒で作った短剣をハルトに渡す。
アンの能力は毒。そのため経口摂取以外の毒物もある、粘膜や接触で毒が体内に入ってしまうため、ハルト以外では携帯して使用は不可である。
『おっらよっ!』
右は魔力糸、左は毒の短剣。
目の前の人形は毒剣に触れないように立ち回るが、ハルトの魔力糸がそれを阻害する。
(まずは……足!)
順手で持っていた剣を逆手に持ち直し、太ももの付け根に刃を突き立てる。
(多分だけど、毒は効かない。せめて、相手の動きを阻害すれば良い)
左の骨の剣は、右の魔力糸で押さえ込んで、突き刺した剣から手を離し、左の人差し指から軽めに圧縮した魔力糸が頭を狙う。
顎に当たる寸前で、人形は糸に絡まっている左腕を強く引っ張る。
ハルトの体は耐えられず、投げ飛ばされる。そのせいで、頭を撃ち抜くことは失敗してしまった。
吹き飛ばされたハルトは、空中で二、三回回転し体勢を整え、壁に着地する。
『ーーやっぱり軽いか』
ハルトは両手両足を揃え、壁に張り付くように着地する。
その時激しい轟音を響かせながら、左腕の骨をむき出しにした人形が、チャンスとばかりに追撃をする。
ハルトは両手から魔力糸を出すが、速度で翻弄されてしまう。糸使いは操作がかなり難しいし、間合いに入られると一方的に弱くなってしまう。
手を伸ばせばすぐそこの距離で、自身の死が少しづつ迫って来る。
魔力糸は、物理攻撃に強い耐性を持っているが、それが嘘のようにスパスパと切られていく。
次々と切られていくので、ハルトと人形との距離が少しづつではあるが、縮まっていく。
『ーー残り六分』
『ちょっと、本気で行くわ』
人形の手足を縛り付ける。しかし、急ピッチなため数秒程度しか動きを封じれない。
その貴重な数秒を、ハルトは人形を蹴飛ばす事に注力した。
観客席に突っ込んでいき、たくさんの椅子を壊して、それでも勢いよく壁に激突した。
轟音と砂埃が舞い、木の破片が頭に落ちていく。
人形が、何事もなかったように立ち上がり、舞い上がった埃の中、辺りを見回す。
その時、埃を破るように突き抜けて、複数の魔力糸が張り巡らされる。
『第二形態……なんつって』
両手の指から魔力糸が這い出て、それぞれが観客席に突き刺さる。
ハルトは段々と後ろに下がっていく。下がる度に突き刺した糸が、ギシギシと今にも千切れそうな音を出している。
『ーーよーいドン。なんてね』
地面を踏み締めていた足を、静かにジャンプして地面から離す。
その時、ハルトの体は凄まじいスピードで人形に直線を描いて迫る。それは人の目では追えないほどの速度であった。
人形は迎え撃つために、骨の剣を腰に添えてカウンターをしようとする。
完璧なタイミングで、人形は剣を振り抜く。
切ったと思った剣先は、虚しく空を過ぎた。
『ーー読み通り!』
ちょうとハルトと人形との半分の距離にいたのは、両腕を後ろに引き絞り、後ろに戻らないように、足から魔力糸が出て地面に刺さっている姿であった。
『これで……終わりだ!』
今度こそ、ハルトは後ろに引いていた腕を、前に振り切る。足の補助はそのままで、数多の瓦礫を引き連れて魔力糸が人形に迫る。
人形はそのまま、引き連れた瓦礫に押しつぶされるその時……
「ーー“修正”」
パッと、あれだけ大量にあった瓦礫が嘘のように、消え去っていた。
どこからか聞こえたメトゥールの、たった一声。
『冗談だろ……』
「君には……と言うか魔神七将達にも話した事は無いんですけどね。ボクの【領域】は『物語の忠実な再現』だよ」
姿は見えない、声だけが会場に響いている。
ハルトは周りを見渡すが、声は聞こえるがメトゥールの気配を感じる事はできない。
「ボクは演出家だからね。舞台の上に立つのは、役者の仕事だろう?」
ヘラヘラと軽い感じで、メトゥールは自身の能力をひけらかす。
気配を探り続けるが、やはり感じられない。まるでこの空間にいないかのように。
『別に話しても問題ねぇってか……舐め腐りやがって』
吹き飛ばされた人形が、ゆっくりと立ち上がる。
(多分だが、最初にメトゥールが言っていた“演目”の内容に沿わないと、さっきみたいな“修正”が入るってわけか)
『めんどくせぇ……』
ハルトは張り巡らした魔力糸の上に飛び乗る。思った以上に不安定だったが、既に慣れているのでそこまで問題では無い。
ハルトは全体的に見れば、弱い部類に入ってしまう。特段魔力が多いわけでは無いし、魔術式の展開も速いわけでは無いし、これといったスキルも持ってはいない。
では、ハルトの何が強いのか。なんで彼が魔神七将にまでなったのか。
「これは、驚きましたね」
無手での戦闘。それが唯一、ハルトが勇者達を圧倒したものだった。
ハルトの背後には、巨大な魔術式が浮かび上がった。【身体強化】と呼ばれる類いの魔術式である。
魔力糸を足場に人形に接近、当然骨の剣で迎え撃つが、手のひらに魔力を集めて即席の盾を作って、剣を握る。
その後、掴んだ左腕に飛びかかり、人形に対して腕十字を繰り出す。
『右腕、動かないんだろ?』
(ずっと疑問だった、何故語られた“演目”では両腕が骨の剣になってたはずなのに、この人形は左だけだった)
だから、ハルトは山を張った。右腕が動かない前提で左腕に腕十字をしたのだ。
人形だからか、一才の遠慮が無く腕を締め付けていく。
人形の腕がギシギシと、音を立てている。表情はわからないが、きっと痛みで悶絶してるだろう。
そしてーー
『ヨシッ!!』
バギッと腕が悲鳴を上げて、反対に曲がってしまった。骨が突き出て、肉だけで繋がっている状態になっている。
ハルトはそれを確認した後、魔力糸を後ろに伸ばして、脱出する。
「まぁ、無駄ですけどね」
折れた腕が、元に戻っていく。骨が元の形に戻って、肉がその周りに再度巻き付いていく。
何事もなかったかのように、修正される。その時……
『アンッ!今だ!!』
人形の背後から、毒の短剣を持った少女が、治りかけの膝の部分に剣を突き立てる。
「しまった!」
メトゥールの驚いた声が劇場に響くが、物語の修復は無情にも止まらない。
腕は、剣を巻き込んで修復してしまった。
ーー更新まで、残り三分




