演出家
「一応ですが、この試合のルールを確認しますね」
一つ、相手が死亡または、戦闘が続行不可の状態になった時点で試合は終了となる。
一つ、公平性を損なうような、あからさまな不正は禁止である。
一つ、互いに持ち込める武器は一つのみである。なお、持ち込んだ武器によって生成された物や、錬金術等の魔術で生成された武具に関しては、該当しない。
一つ、【領域】を含めた全ての魔術、『呪具』の使用を許可する。
「以上がこの試合のルールとなります。破らないように気をつけて下さい」
「ーーえぇ、ありがとうございます」
『正直言うとさ、オレ結構弱い方なんだよなぁ……』
闘技場の中、皆の視線が集まり緊張が高まっていく。
アンの手を握っている右手に、自然と手に力が入ってしまう。
「ーー痛い」
『あ、悪い。大丈夫か?』
「うん。それよりも、二将様来ないね」
既に開始時間は過ぎており、十分以上アンと二人で待っている。
他の七将達が座る席には、なんとも言えない微妙な雰囲気が蔓延しているのがわかる。
「いやー完全にやらかしましたね。ごめんねハルト君?待たせたのかな」
『いや、そんな事……え?』
ドロリとハルトの足元には赤い液体が、靴を濡らしていた。
『は?え?……何で!?』
「うそうそ、落ち着いて?演出だってば」
彼は左手を振って、想像以上に驚いていたハルトを宥める。
『お前が、二将ってその格好寒く無いのか?』
その言葉を聞いた時、ピタリと彼の動きが止まる。
「ーーお気遣い、ありがとう。寒いけど、まぁ慣れちゃったし。ね?」
はっはっはとお互いに笑い出す。とても、この後殺し合う二人には見えない会話を続ける。
「そう言えば、君は魔術技師なんだっけ?ボクと同じだね。よければぜひとも、お茶に誘いたいね」
『ありがとうございます。魔術技師と言っても、まだ初歩しか納めていない未熟者ですがね』
「いやいや、構わないよ。ボクだって、昔は魔術の魔の字も出て来ない場所で働いてたからね」
『へぇ、それはかなり興味深いですね。私も昔は戦いとは無縁の生活を過ごして上、是非とも興味があります』
「いいともいいとも。それより、君も【領域魔術】が扱えると聞いたんだけど?どうなのかな?」
『ははぁ、やはりその話になりますよね。【領域】と言っても、既存の結界に上から三種類の魔術を練り込んだ、【領域】モドキですよ』
「ほう……中々に面白い事をするね。モドキとは言え、【領域】としては成立はしている。それに、そちらのお嬢さんにも何か細工をしてるね?」
『えぇ、詳しくは言えませんが確かに、一人を除いて、オレの部下全員に細工をしていますよ。最もここで使う予定は、無かったんですけどね』
「いやぁ、ここまで気が合う人は初めてだよ。それじゃあ、本題に入ろう。どうして君は、ボクを仲間に引き入れたいのか、理由を教えてもらっても?」
ハルトは戸惑っているのか、考える素振りをする。
『ーー戦争をするためです。帝国と』
それがハルトの答えだった。
「?どちらにしろ、“魔神領”と帝国との衝突は避けられないけど?」
『えぇそうです。それだと、都合が悪いんです。だから魔神領でのオレの地位を高くして、オレとオレの部下十二名で帝国と戦うつもりです』
「つまり、“魔神領”での発言力を高め、帝国を七将だけで対応したいから。ボクを仲間にしたいんだね」
「うんうん……君は“魔神領”を滅ぼすつもりかい?」
その言葉に、ハルトが固まる。まさか言われるとは思っていなかった様子で、画面の上からでもよくわかる困惑の色。
握っていない方の手に、不思議と力が入っていく。
「ボクもね、馬鹿じゃ無いんだ。大方この試合で君が勝ったら、ボクに行動を制限する【契約】でもする気なんだろう?君を除いた魔神七将の中でも、唯一【領域】を扱えるボクが邪魔で仕方が無いのかな?」
『無駄話はもう良いだろ?』
ハルトが左手を、二将に向ける。
「あぁ、そう言えば名を名乗ってはいませんでしたね」
『ーーハルトだ。それ以上でも、それ以下でも無い』
「つれませんねぇ……魔神領盟主直属、【魔神七将】“二”の座を承っております。『演出家』メトゥール・アルセロナと申します。以後お見知り置きを」
ハルトが左手を振るう、高速の魔力糸による切断がメトゥールに迫る。
「ーー【開演】」
舞台の幕が上がった。直ぐにハルトはメトゥールに向かって『白夜』を放とうと左手を合わせる。しかし『白夜』は放たれず、代わりに手首から上が空を舞った。
『なっ!?』
ハルトが驚きの声を上げる。次にアンを抱き寄せ、後ろに逃げようとするが、二、三歩進んだ先で何かに阻まれ、逃げる事はできなかった。
辺りを見回すと、元々の石造りの殺風景な闘技場ではなく、真っ赤な天幕が垂れ下がり、赤いシートの座席、天井には豪華な照明。
ハルトは観客席の真ん中に立っていた。
すると、ステージ上の一点に投光器が集まっていく。
『単発型じゃ、なさそうだな』
何も無い舞台の中央を次々と集まって、全ての光が一点になって消えた。
突然、何の脈略も無く、全ての照明が消えた。
ハルトはアンを離さないように、しっかりと抱き寄せる。何も見ていない状態で今聞こえるのは、互いの呼吸音、心臓の音のみ。
その二つが、異様なまでによく聞こえた。
その時、照明がうっすらと点滅し始める。ハルトは上を見上げると一つ、また一つと同調しているかのように、明かりが着き始めている。
ほっとため息をついて、前を向くと背もたれの上に人が立っていた。
点滅している照明のせいで、顔はよく見えない。それでも隠し切れないほどの、暴行の跡。
「ヒュッ」
アンがギュッとハルトの服を掴む。今まで以上の力でハルトに抱きつく。
照明がまだ完全に灯いてないのにも関わらず、まるでホラーのお約束を破った登場の仕方。
『お約束を……破ってくんなよ』
照明が完全に元に戻る。辺りが光に包まれる。
だが“異物感”をハルトは感じていた。この【領域】にあたって、自分はいらない物なんだと、排除されるべき物なんだと、理解した。
ーーそして目の前の化け物が、執行人だと
顔が見える。反射的にアンの顔を覆ってしまう。何故女だと分かったのか、顔ではなく体にある胸で分かったのだが、顔が醜く腫れ上がり、人の顔とは思えない顔だった。
「演目、『手なし娘と哀れな老人』」
どこからか、メトゥールの声が響き渡る。
会場全ての照明が、ハルトではなく目の前の執行人に当てられる。
ポトリと、彼女の膝から先の左腕が落ちる。まるで道具のように。
「ーー昔、一人の老人が利益の為に悪魔と契約しました」
動けない。動いてはいけない。すぐにでも正気を失いそうなほどの恐怖だが、腕にいるアンの震えだけが、彼を正気に戻す。
「悪魔がこう言いました。『三年後、富の代わりにお前の娘を貰う』と老人はそれを承諾し、三年で大量の富を得ました」
「三年が経ち、約束通り悪魔がやって来ました。『お前の娘を貰っていく』と、娘は抵抗しました。嫌だと叫き掴まれていた両の手を千切り、骨だけとなった腕で、走って逃げて行きました」
「そして数年後、老人は死体で発見されました。心臓には、何かで貫かれた跡がありました」
「村のみんなで犯人を探し、すぐに見つかりました。同じく死体で」
息が、しづらい。互いの息がかかるほどの近さで、身を抱き合う。
「あの時逃げた老人の娘でした。しかしその姿は皆が知っていた娘の姿ではなくーー」
目の前の女は、自身の腕を落として以降、動く気配が無い。
まるで、何かを待っているかのように、立ち尽くしていた。
「痩せ細り、『骨の腕は剣のように鋭く』まるで悪魔のような姿だと言いました」
目の前の女の、腕が変化する。落とした所からは骨と肉が見えていたが、その骨が変形を始める。
段々と鋭く、左腕が剣の形になっていく。
『マジかよ……』
ギギギとまるで人形のような動きで、膝を曲げてハルトに向けて居合の構えを取る。
『殺陣まですんのかよッ!?』
女が骨の剣で迫って来た。ハルトは魔力糸で骨の剣を絡め取り、投げ飛ばす。
『アン!今すぐ逃げろ!!』
アンを抱えての戦闘は無理だと判断したのか、アンを逃すハルト。
吹き飛ばされた人形が、ゆっくりと立ち上がる。複数の座席をぶち抜いたというのに、一才のダメージが入ってないように見える。
気がつけば女の人形は、目の前にいて剣を振るう。しかし、まだハルトの魔力糸が絡まっており、ハルトは左手を右側に伸ばす事で剣を止めて、そのままの勢いで回し蹴りを喰らわす。
魔力糸を解除して、右手に新たに魔力糸を作り、一塊に圧縮。
圧縮された魔力糸は、指向性を持たせる事で、“切断”から“貫通”に変わる。
両手を合わせて、狙いを定める。骨の剣に向けて、それを放つ。
演目からすれば、この技はただの“名もない小道具”しかし、当たればそれは剣を容易く砕くだろう。
当たればの話ではあるが。
彼女は、わずかに腕を捻る。それにより骨の剣はハルトの攻撃に対し、剣の腹を見せていたが刃を向けることになり、そこに攻撃が当たる。
放たれた魔力糸が二つに裂ける。衝撃はある、おそらくこれ以上受ければ肩が外れるだろう。
それを察したのか、近くに見えた座席の背もたれを蹴って、空中で体勢を整える。
刃で受けていた魔力糸を切先で受ける。衝撃が来るが、縦拳のような体勢にする事で衝撃によるダメージを最小限に抑え切った。
『めんどくせぇ相手だな。こいつ、倒せるのか?」
ハルトは、自身の技を曲芸じみた行動で避けられたことに、若干のショックを受けていた。
『やるっきゃねえ。いけるか?アン』
「ーー大丈夫。いける」
二人は、固く互いの手を握った。




