交渉
朝日が俺を殺そうとする今日この頃、皆様は如何にお過ごしでしょうか。
私は今、女湯を覗いたというありふれたテンプレを踏んでしまい、文字通り吊るされています。
女湯と言う楽園を見るがために、私が出来る最大限の技術を用いて、単機での潜入に成功しましたが、最後のつめが甘く、亜人族の皆様の聴覚を舐めていました。
なお、湯気のせいでほとんど見えませんでした。チクショウ、こっちは上司としての尊厳をかけたというのに、あんまりじゃないか……
彼女らからしてみれば、私の体はめちゃくちゃ軽いらしく、ヒョイってやってポーンと吊るされました。
恐ろしく速かったです。俺じゃなくても見逃してました。
ブツを隠す為のパンツ以外の服を取られ、ほぼ全裸でボロボロの姿で部屋の真ん中で吊るされる、自業自得の上司の完成です。
「なっ……おいお前ら!ハルトさんに何してんだよ!?」
たまたま通りかかったであろう、俺の部下。ナイス、レオ。そのまま俺を降ろしてくれ。逆さにされるの気持ち悪いんだよ。
「レオ君?ダメよ〜お姉さん達が、お仕置きしてるから〜ね?」
「いや、え!?でもこれは流石にダメだろ!」
「貴方の妹さんの裸を、コイツは見ようとしたのよ」
「ぶっ殺してやるよ!!この『自主規制』!!」
あ、俺の上司としての最後の砦が、トランプタワーよりも簡単に崩れた気がするなぁ。
「おい!アラン!お前の『宝具』持ってこい『宝具』!!俺がナメロウってやつにしてやるよ!!」
「やめて下さい。誰が後片付けをすると思っていますの?」
お!ナイス!レイちゃん。ほら、君の上司はここだよ〜
「……その逆さまになって、左右に揺れるのをやめてくれません?見ていてとても、殴りたくなるんですよ」
あ、ひどい。皆んなげしげしと蹴ってくる。一応俺、上司のはずなんだけどな。これ、本格的に終わったかもしれん。
「ちょっと待ってよレオ君!!その武器どこから取ってきたの!?」
「ええい、邪魔だメレフ!!俺が!お兄ちゃんが、ルクトの裸を見ようとした阿保に!!『自主規制』を『自主規制』してやるよガッ!?」
「ーーお願いもう黙って」
ご愁傷様ですね、なんかゴキって音がしたもん。レオの首が逝ったなこりゃあ。
ほら、何回かバウンドして壁に激突した感じだね。いつ俺があんなになるんだろうか……これが風前の灯火ってやつか。
「さて、おふざけはここまでにして、ハルト様」
なんか雰囲気変わったな。何があるんだろうな、こりゃあ。
「とりあえず……縄を降ろしてくれませんか?そろそろ首が痛いんです」
『んで?俺に何のようなんよ、レイ?』
縄から降ろされて、少しばかりフラフラとしているハルト。縄が締められていた足は、服にしっかりと縄の跡がついてしまっている。
「はい、少し気になった事があったので」
『珍しいね。君が何かに興味を示すなんて』
「はい。どうしても気になって仕方がなかったんです……ハルト様のお顔を、私含め部下一同。見た事がないのですが?」
『ーーその事ね』
『確かに俺の本当の顔を知ってるのは、あの時やって来た俺を捕まえた衛兵と、魔神領のボスであるあの人だけかな』
「いや、そのことは知ってるんですけど、私が知りたいのは、何で私達の前でいつも、そんな真っ白の仮面で顔を覆ってるのかを聞きたいんですけど」
『結構ズカズカとやってくるなぁ!?デリカシーって単語知らねぇのか?』
「あいにく、ハルト様のその横文字のほとんどは何言ってるのかわかりませんから」
どうやら俺の部下には、思いやりが無いようだ。特に俺に。
つらい
『そんじゃあ……皆んなには言わねぇって約束できるか?』
「はい?別に問題ありませんけど……」
レイが背筋を伸ばしたまま、ほうけた顔でハルトを見てくる。その目は上司を見る目というより、弟を見ているような目に近かった。
『昔って言っても、二、三年前くらいだよ。ある男が一人で買い物に出かけました。好きな子と親友にプレゼントを渡す為にね』
ハルトが、懐かしそうな声色で語り始める。
レイに無意識に緊張が走る、目の前のハルトから目が不思議と離す事ができない。
『嬉しそうに、歩いて帰って行ったその時、ふと何かが見えたんだよ。ーー本当ならここで引き返しとけば、よかったはずなんだ』
ハルトが服の裾を握り締める。その手からは生者の感情と、死者の機械感が混在しているように見えた。
『そこで見たのは……この世界では、ありふれた事なのかはどうか分からない。それでも俺は、強いショックを受けたんだ。罪人を笑いながら殺す光景にね。兵達も何も言わずにただ、罪人が石を投げられ、鞭で打たれ、肉が裂かれようとも、骨が折れようとも、苦痛で歪む顔を群衆の起爆剤にこれでもかと、やり続けた』
『怖かったさ、罪人とは言え、人を笑いながら殺す狂気に俺は恐れを抱いた』
握っていた手を離す。服に僅かな皺が深々と刻まれる。
『ーーそれでも俺が、何より怖かったのは』
『ーー顔だったんだ』
顔の半分の肉を削がれ、骨が見えて片方の眼球かずるりと外に、漏れ出ていた。
今、罪人が石を投げられている磔の下で、だらりと腕を垂らして、口を開けて土人形のように杜撰に転がされている、死してなお助けを求め力なくこちらを見てくる死体の顔が
『ーーそれが離れてくれないんです』
声が震えている。両手で顔を覆うように、近づける。
『ーー俺に縋って、離してくれないんです』
『その日以降、俺は他人の、殺した時のあの顔がどうしても目に焼き付いてて、思い出しちまう』
「そうですか……なら、お供させて下さい。貴方は女湯を覗く変態という立ち位置は変わりませんが、それでも貴方の部下で私の主人です。憎たらしいことに」
『で、本音は?』
「思ってた十倍ぐらい重い話で、腰が抜けましたね」
『ーーそういう事だから、人の過去にはあまり触れるなよ』
「わかりました」
『なぁ、レイ』
ハルトが、縋るような、寄りかかるような、弱々しい声でレイに声をかける。
『多分……俺は地獄に落ちる。これからしようとする俺の『計画』を皆んなに話そうと思う。だから俺が皆んなになって欲しいのは、“地獄まで一緒に歩く仲間”だ……なぁレイ、俺と地獄に一緒に落ちてくれ』
「今更ですよ、ハルト様。私の答えは決まってます」
「ーー無理です。地獄なら、貴方一人で落ちるのがお似合いですよ」
「ですが、落ちはしませんが、一緒に背負い込みますよ。そんな事ぐらいなら出来ますよ、というかやらなきゃいけないんでしょう?」
レイの答えに、多分だけど俺は心底救われたと思う。ちゃんと自分が狂っていると、そう思い直す事ができたから。
『今はそれで良いよ。ありがとな、背負ってくれるって言ってくれて』
『安心して、死ねるよ……まぁ、何にも残んないけどな!!』
はっはっはとハルトは笑う。仮面とフードでわからないが、妙に割り切ったような声だった。
「やっぱり、そうするしか無いんですか?」
ハルトの計画を聞かされたレイは、困り果てた表情でハルトに問いかける。その両目には、恐れにも、呆れにも、哀れな物をを見る目である。
『ーー【人を殺した者は、人に殺されるべきである】俺が好きな小説の言葉だよ。実際、そうだと思ってる』
『だから、皆んなには人を殺すのは、最後の手段にして欲しい』
ハルトが立ち上がる。勢いをつけすぎたのか、前によろめきかけるが、すんでのところで踏み止まる。
軽い足取りで、石造りの部屋のドアノブに手をかける。
『俺が仮面を外す日は、俺が終わる時、消えて無くなる時だよ。それだけ覚えてくれたら良い』
ドアが閉まる。木どうしのこすり合う音が、部屋に静かに染み込んでいく。
その背中は、あまりにも小さくて、遠いように見えた。
石造りの廊下を抜ける。自身の足音が廊下の奥にまで、よく広がっていく、誰もいない廊下だからだろう。
『おい、アラン』
ハルトが扉を軽く叩き、部屋の主の名前を呼ぶ。
「何でしょうか……どうしたんですか、ハルトさん?」
忙しく出て来たのは、この城の内政官を務めるアランという眼鏡をかけた青年。
彼もまた、亜人族である。
『いやぁね、君にお願いがあって来たんだよ』
「珍しいですね。貴方が僕にお願いをするなんて」
『だいじょうぶ、だいじょうぶ!簡単なお仕事だよ』
「なんか怪しいですね、本当に大丈夫なんですよね?」
乾いた笑みが、仮面越しに漏れていく。何も映さない、まっさらとした仮面に色が付く。
部屋には、アランが書類を整理する音と、アランが用意したお茶をすするハルトの二人だけ。
『俺はね、君達のことは手札だと思ってる。今から起きる戦争ではその手札の一枚一枚が鍵になる。ぶっちゃけ、俺はお前達全員を相手したら負けると思ってる』
『俺の実力を世界的に見れば、そんなに高く無い。ぶっちゃけ下の方だと思う。俺が『計画』を執行する上で、手札の中に何枚か“エース”を仕込んだ。それも特大のな』
「それを、僕に話して何になるんです?」
アランが不思議そうに首を傾けて、こちらを見てくる。ハルトは、顔は見えないが薄ら笑みを浮かべて
『知らん!でも、君に話す事で何かの保険になるんじゃ無いかってね?』
『まぁ、話を戻すよ。何が言いたいのかって話し。俺はね、アラン君にはみんなのリーダーになって欲しい』
「は?」
『例えばの話。俺が戦闘で意識を失って、部下に指示が困難になった時、代わりに指揮をお願いして欲しいって所だなぁ』
「貴方が気絶するほどの戦闘って、あるんですかね?」
『さぁ?でも、念には念をって言うじゃん。想定外の事態に対応出来るようにって事で』
ハルトは自身の仮面の表面をポリポリとかく。まるで顔があるかのような仕草である。
『それと、こっちが本命。俺は……七将に喧嘩を売ろうと思ってる』
「本当ですか?」
アランが進めていた書類から目を離す。じっとハルトの方を向く。
ハルトはお茶を、ゆっくりと飲もうとするが、口をつける直前でコップを置く。
『マジだよ、大マジ。正直言うと、七将だけでなく“魔神領”の中での俺の地位って、めっちゃ低いのよ。だから俺が何かをする時に、後ろ盾があった方が集中出来るかなって』
「サラッとえぐい事言いますね。それで?どうするんですか」
『できれば、二将……上から二番目の人をこっちに引き込みたい。だからこの間、果たし状を送り付けてやったよ』
「マジでえぐい事してますね。本当に」
止まっていた手が、また動き出す。書類の整理をし始める、そしてふと手を止めてハルトの方を見る。
『大丈夫だって、死にはしないよ。ってもう死んでるけど!』
「ハァ……」
拝啓親父殿、僕は魔神七将の七将の部下に就きましたが、どうもこの人が僕は苦手です。そして、今にも消えそうで、不安です。




