捨てられ聖女の廃村復興記 ~捨てられ悪役令息を添えて~
「で、どうしてあなたまでここに居るんですか?」
「……」
婚約者だった王子と、一年前にこの世界にトリップしてきた女の子。
その二人にハメられ、王都を追放された私の前には、何故か、私を捨てたはずの王子本人がいた。
「……その……」
「……」
なにか、言い難いことがあるらしい。
見渡す限りの荒野にポツンと数件立ったボロ小屋に、ピューとからっ風が吹く。
見れば、非常に居心地悪そうな上に、ボロボロのコートを着て、体調まで悪そうである。
黄金の髪は灰色に見えるくらい埃まみれで、紺碧の瞳はどんよりと曇って涙目だ。
あ、おい目を逸らすな。
「ここは元聖女の私に“お情け”で与えられた最後の領地、もといボロッボロの廃村です。廃村とはいえ、領地は領地。いかに殿下といえど……いえ、殿下だからこそ、なんの先触れもなくおいでになられるのは大変困るのですが」
「きみ、なんだか性格が変わって……」
「今は私の話ではなくあなたの話です」
「う」
なにやら口答え(?)してきた王子にピシャリと返す。
私の性格が変わったように見えるのは、実は転生者なことを隠して猫を被り、真面目に神殿でお勤めしていたからだ。
ここがなんらかのゲーム的世界であることを把握してからは、理不尽な断罪をされないように必死に生きてきた。
無駄にキリッとしていたはずの王子の眉が、しおしおと下がる。
「メリーアン、すまない。その、先触れを出そうにも、先立つものがなく……」
「……??」
先立つものって、お金のことだよね。
確かに王子は、以前からは考えられない格好をしている。
乗合馬車にでも乗ってきたのだろう、身分を隠すためにかボロいローブを羽織っていた。
その下の服装は、王城にいたころのものと相違ないが……旅装でもないし、見たところまともな手荷物がない。
まさか着替えもなく、身一つでやってきたのだろうか。
考えてみると、いつも金魚のフンのように王子に付き纏っていた取り巻きがいない。
もちろん、この王子を私から寝とったトリップ女……「夢の聖女」もいない。
「まさか。あなたも追放されたのですか」
半信半疑で聞いてみると、しおしお王子は、コクンと哀れに頷いた。
◇
「どういうことですか? 私が追放された後に一体何が……」
私が追放された後と言ったって、三週間と一日しか経っていない。
三週間かけて国の端っこまで馬車で護送されてきて、誰もいない廃村にポイと置いていかれたのが一日前だ。
ギリギリ建っていたオンボロ小屋に清浄魔法と保護魔法をかけ、一泊して夜露をしのいだところで、この王子はやってきた。
つまり、私が追放された一、二日後にこいつも追放されたということになる。
なにがどうしたらそうなるのかと訝しがる私に、しおしお王子は語り始めた。
「リリアは……“夢の聖女”は、最初からルドルフが狙いだったんだ」
「……あー、なるほど」
ルドルフというのはこいつの弟。
不治の病にかかり、王城の南の塔で静養中だった、第二王子のことだ。
治療魔法の効かない不可解な病の持ち主で、その病は外気に触れることで病状が悪化した。
そのため、王位継承権第二位を妹に譲ったという経緯がある。
だが。
そんなバッドステータスが気にならない人も確かにいるだろうと思う程度には──絶世の美男子だった。
だから「なるほど」なのである。
陽の光に一切触れない肌は、陶器のように滑らかで白い。
唇は薄く品よく、白い顔色に反比例して赤く色づき。
髪はシルクのような透明感のある黒で、瞳は、「最高峰のエメラルドも恥ずかしがってその輝きを曇らせる」と言われたほどに妖しく美しい。
そんな感じだったので、まぁ、見た目がドンピシャな人はいかにも虜にされそうだった。
目の前の王子と弟のルドルフは顔だけそっくりなので、つまりは目の前にいるのも絶世の美男子なのだが、雰囲気が全然違うから似ている感じがしない。
弟が夜の魅力を持っているとしたら、この人は朝日のような美貌だ。(今はしおしおだけど)
「でも殿下。夢の聖女様とは“真実の愛”で結ばれたんじゃなかったんですか?」
「うっ」
「この世界に突然落ちて戸惑っていた、かよわい夢の聖女様の修行に付き添っているうちに、健気な彼女に惹かれていったんですよねー?」
「グゥ……っ」
「夢の聖女様……リリア様の方も、“親切にしてくださる殿下が婚約者様に辛く当たられているのを見て許せなかった。次第に、自分が殿下を幸せにしたいと思うようになった”とか何とか言ってましたよね~」
「グハッ」
「で、“現聖女・メリーアンの悪行を幾つも発見した。即刻王都から出て行ってもらおう”と言って、私を追い出したんですよねぇ。どー考えても自分たちがくっつく為に」
「……っ、………………」
王子、完全沈黙。
顔を手で覆い隠し、いたたまれなさそうにモジモジしている。
図体のでかい男にそんな仕草をされても可愛くない。
そう思ってシラケた目で見ていると、王子が恐る恐るというふうに顔を上げた。
「その……。きみにした事に間違いは無いが、一点だけ修正してくれないか」
「聞くだけ聞きましょう」
「確かにきみが悪行を働いたと思っていたんだ」
「お帰りいただけます?」
「あぁあッ!?……ま、待ってくれ、待ってくれ……!」
来てしまったものは仕方がないし、王都の状況も気になるので、話くらいは聞いてやろうかと思っていた。
しかし無用だなと判断し、ドカンと鼻先でドアを閉める。
するとモジモジ王子、もといオロオロ王子は控えめにドアをノックしながら哀れな声をかけ続けてきた。
「ち、違うんだ」
「……」
「だってリリアも、コモン枢機卿も、リリアの友達の公爵令嬢も、みんな君がリリアに嫌がらせをしたり、影で民を虐げているところを見たって……!」
「……」
「歴代聖女に割り当てられる活動費にも不正使用の可能性があると聞いたし、その、他にもいろいろあるんだ!」
「……」
「だから、私は君を聖女の立場には置いておけないと義憤に駆られて……き、聞いているか!? メリーアン、メリーアン!」
「……」
はぁ、とため息をつく。
──平気な顔をして王都を出ていったし、なぜだかやってきた王子を平気な顔で出迎えもした。
だが。
傷ついていない訳では、ないのだ。
私は、この世界がどうも「乙女ゲームっぽい」と気づいた時から危機を感じ、努力してきた。
聖女の力を持ってはいたが、自分がヒロインだとは到底思えなかったから、よくある「やられ役」とかかませ犬みたいなポジションだろうと予想したのだ。
そんな役割の行き着く先はお決まりだ。
死にたくなくて、こんな辺境に追いやられたくなくて、嫌われたくなくて、自分の持つ能力を駆使して頑張った。
その結果、当代の「聖女」とされ、慣習で第一王子の婚約者になったのだ。
当然、嫌われないように心がけたつもりだった。
信頼されるように振舞ったつもりだった。
だが、それらには意味がなかったのだ。
努力など、「ヒロイン」の前ではゴミに等しいと知らしめられて、知り合いに尽く手のひらを返されて。
なんにも感じないわけが、ない。
「なんですか? 傷に塩を塗りに来たんですか?」
「違うッ!」
「……っ?」
ひときわ大きな声で否定された。
聞いた事のない声音にビクッとする。
「違うんだ、メリーアン。謝りたかったんだ。自分も突然断罪だのなんだのと言われて追放されて、そうして三週間外の世界で馬車に揺られ続けて、妙に頭がスッキリして、そうして考え続けて、自分が間違えていたことに気づいたんだ!」
「ああそうですかよかったですねさようなら」
「め、メリーアン……うう、すまない……。すまない……。人の話を根拠もなく信じ込んで、わ、私は、自分の頭で考えることができていなかった……ぐすっ」
え、泣いてない?
泣いてないかこのバカ王子。
背中を向けているドアの向こうから、さめざめとしたすすり泣きが聞こえてきてドン引きした。
いつものキラキラしい態度はどうした。
「ご自身がクソバカだとようやくお気づきになられたのですね。それは本当に良かった。ではお帰りください」
「い、いやだっ。待ってくれ、待ってくれ」
「貴方は待ってくれなかったのに?」
ピシャリと跳ね返すと、ドアの向こうの気配が怖気付いたのがわかった。
しかし意外にも、恐る恐るというようにだが、話しかけ続けてくる。
「馬車の中で考えたんだ。確かにいつもきみは他人行儀で、お面みたいな決まった愛想笑いしかしなかったけど、誰かに対して感じの悪いことを言ったりやったりしているのは見たことがなかったって」
「……」
「そして、気づいたんだ。この私に素っ気なくするしかないくらいきみは超絶多忙だったのに、リリア達に嫌がらせをする時間など無かったはずだと」
「……」
「帳簿は見ていなかったが、そもそもきみには買い物で散財する時間も無かったはずだ」
さりげなくバカ高自意識発言をしている点は鼻についたが、しかしまぁ、内容は案外まともだった。
私は失礼の無い程度に、王子と義務的なお付き合いはしていた。
だが、それは今思えば、本当に義務的な硬いものだった。
聖女というのは基本的にシフトが不定形なハードワーク。
後継者を育て切るまでは死ぬほど働かないといけないし、サボるとこの国……特に王都の安全に関わるので、完全な休日なんて、八歳で神殿に召し上げられてからのこの十年、一日もなかったくらいだ。
僅かな休み時間と夜は死んだように眠っていたので、買い物をする気力がなかったのもお察しの通り。
それなのに溜まりに溜まった給金は追放時にほぼ全て没収されたよ畜生。
「いつもいつも、私に会う時くらいは笑ったり、お洒落をしてくれないかと思っていた。態度にも出ていたかもしれない。が、きみには無駄話のタネを作る暇も、お洒落を学ぶ時間も余裕も無かったんじゃないか」
……なんか、思ったより、よく分かっているじゃないか。
なんで気づかずあの女に乗せられたんだ、このボンボン。
そういえば別に無能な王子ではなかった気がする。無駄にキラキラしくてプライドが高いだけで。
「それで? 私のことを“ご理解”いただけて大変恐縮ですが、なにを“一点だけ修正”して欲しいんですか? 私がなにを思い違えていると?」
ため息をつきつつそう聞くと、王子が、ドアの向こうで地面に膝をついた音がした。
からっ風の吹く音の中に、ザッ、じゃり、と埃っぽい音が響く。
「私がきみを追放したのは、リリアと結ばれたかったからじゃない。きみが、悪行を働いたと信じ込んでいたからだ」
「……」
「私は確かにあの時、リリアに惚れていた。でも、その為にきみを追放したわけじゃないんだ」
「…………」
それを聞いて、正直、私は「あっそ」と思った。
そう思ったのに、どこか、少しだけ溜飲が下がったような……そんな感じがした。
私は元々この王子に惚れていないし、特に期待してもいない。
今も、特に何も思わない。
だが、それでもやはり、「この人は個人的な恋慕のために人を陥れるほどに変わってしまったのか」という失望はあった。
それがなかった事が嬉しいのかもしれない。
「その言葉は受け取りました。では」
「め、めりーあんんん……!! 待ってくれええ!!!」
「うるっさいですよ! まだ何かあるんですか!?」
「ここで働かせてください!!!!!!」
○と○○の神隠しか??????
「あのですね、殿下。私はあなたの事が信用できませんし、この期に及んで私を頼ってきたことが普通に不愉快です。ですのでお断りです」
「ち、違うんだ! 一点だけ修正させてくれ!」
「また一点修正ですか!? なんですか!?」
「頼った訳じゃないんだ。働くが、きみに見返りは求めない! 一方的に奉仕させてくれ!!」
「気持ち悪いんで却下です!!!!」
「なんでだ!!!!」
「理由が分からないからですよ!!!!」
「理由ならあるだろう」
急にシラフになるな、ビビるから。
そう思ったが、ドアの向こうの男は、「もし嫌でなければ、廃村の建物のうち一軒を借りたい。明日からきみの家の掃除と補強を試みてみるから」と、のたまった。
「なんなんですか? 許されたいんですか?」
「勿論、許されたい。だがきっと許されないことも、分かっている」
「……なら……」
「きみが本気で嫌だと思うまでは、どうか私の為に、贖罪をさせてくれないか」
……言い方がムカつくな、と思った。
己のエゴであるという自覚があるらしい。
私が許さないことも理解している。
そのうえで、私がそれすら拒否するまでは、どうかさせてくれという。
すべて、私に利益だけがあり、主導権があるということだ。
「……今、3回まわって。ワンと言えたなら。この村に置いてあげます」
「10回、回ろう」
そう即答して、ドアの前でザリザリ音を立てて本当に回り始めたので、私は慌ててドアを開けた。
「本気にするの止めてくれますゥ!!?? 謎の罪悪感を感じるんで!!」
「そ……うか?」
ぐるぐる回ったせいで、頭がちょっとフラフラしている。
まさかの四つん這いでワンと鳴く用意をしていた男は、へらり、と泣き笑いで笑った。
「よろしく頼む。ワン」
「……」
だから可愛くないって。
絶対。
絶対!!!!
この後、ちょっとおバカなこの王子が主人公のために誠心誠意頑張って村の復興の役に立って尻尾をブンブン振る忠犬と化したり、移住してきた人が主人公のチートにびっくりしたり、王都が廃れていったり、それに比例してこの村が新興国みたいになったり、病弱なはずの第二王子が「姉様~~~来ーたよ♡ 兄さんズルいよ死んで♡」とやってきたり、なんだりする。
元サヤになるか、弟王子にグイグイされるかは未定です。
設定だけもりもり思いついたので、とりあえず短編として投稿してみました。
少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです!(*^^*)
 




