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 フードの人物の襲撃から1時間後。史朗たちは訓練センター内、第1研修棟の一室にいた。


 センターの敷地内では今、侵入者の捜索を兼ねた安全確認が行われている。安全が確保できるまでこの部屋で待機するように言い渡されたのだ。


 今、部屋にいるのは史朗、雪博、うつぎ、勇の4人だ。

 襲撃があったこともあり、4人は近い場所に固まって座っている。


 誰もが口を閉ざし、黙ったままだ。外から吹き付ける強い北風に揺らされる窓のガタガタという音だけが、部屋の中に響いている。


 ふと、ピクリとうつぎが何かに反応した。静かに立ち上がり、臨戦態勢に入りながらドアの方を見つめ、しかしすぐに体の力を抜く。


 同時にドアの真ん中、縦に細長く伸びたガラス窓に仁の姿が映った。その後ろにちらりと征治の姿も見受けられる。

 コンコンとノックをして、仁がドアを開けた。


「お待たせ」


 言いながら仁が部屋に入り、続けて入ってきた征治が廊下を確認してからドアを閉める。


「仁さん!」


 勇が緊張の面持ちで立ち上がって仁に駆け寄った。


「明さんは……!?」

「大丈夫」


 仁が柔らかく笑って答える。


「第3部隊の隊長と副隊長に()て貰ったけど、おかしいところはないみたい。ちゃんと正気だって。今は、一応様子見ってことで第3の副隊長付き添いの元、救護室で休んでる」


 その返答に勇はホッと表情を緩めた。


「そうですか。よかった……」


 安堵の溜息を吐く勇。うつぎや雪博も同じように一安心と息を吐く。


「それと、さっき和佳(のどか)さんからも連絡があって。水島さん、無事帰宅したって。で、やっぱり不安だからってことで、一晩見守りのお泊り依頼があったみたい。來麦(こむぎ)ちゃんが担当するってさ」

「オレも、それがいいと思います!」


 力強く頷く勇に「ボクも同意見だ」と頷き返し、仁はふと、史朗に視線を向けた。


「史朗君」


 呼びかけに俯いていた史朗は顔を上げる。仁がこちらに歩み寄ってきた。そして椅子に腰かけたままの史朗の足元に片膝立ちでしゃがむと、申し訳なさそうな顔をした。


「君に謝らなきゃいけない。危険な目に合わせたこと、それから……君のお友達を、止められなかったこと。申し訳ない」


 仁が(こうべ)を垂れた。史朗は驚いて目を見開く。まさかそのことを謝られるとは思っていなかったからだった。


 屋上で史朗たちを襲ったフードの人物は、行方不明になっていた筈の史朗の友人、千伝(ちでん)(すばる)だった。


 フードの人物の声を聞いた時から史朗は、あり得ないと思いながらも、もしかして正体は昴なのではないかと考えていた。そうして最後、風によってフードが脱げ、その顔を見た瞬間、史朗の予感は確かなものに変わってしまった。


 他人の空似という可能性も十分にあり得たが、どうしてか史朗には、アレが間違いなく自分の友人であるという理由のない確信があった。


 信憑性の低い史朗の話を、それでも仁は信じてくれたらしい。史朗の感覚を確かな情報として受け取り、そのうえで、謝罪をしてきたらしかった。


 仁の謝罪に史朗は答えられなかった。困ったように視線を彷徨(さまよ)わせて、何か言おうと薄く口を開いたものの、結局、俯いて「いえ……」と答えるのが精一杯だった。


 仁が顔を上げる気配がした。少しの間を置いて「これは、ボクの考えだけど」と前置きしてから、彼はおもむろに口を開く。


「あのね、史朗君。君のお友達も明と同じだったんじゃないかな」


 告げられた言葉の意味を理解しきれなくて、史朗は頭を上げた。真面目な表情を浮かべた仁と視線が交わる。


「おなじ?」


 史朗が繰り返した単語に仁は深く頷いた。


「君が屋上で話してくれたお友達の印象は、あのフードの彼とは随分とかけ離れていた。もしかすると、お友達も他の誰かから何かコントロール受けていた可能性だってあるんじゃないかと、ボクは、思っていてね。なんというか」


 そこで1度口を閉ざすと史朗から視線を外し、仁は少し考える素振りを見せた。少し前の出来事を思い出すように目を細める。


「最後の一瞬、彼は明に止まるよう指示を出した。その瞬間の彼は、なんだか様子が違って見えた。焦っているように見えたんだ」


 言って、仁は苦笑する。


「とは言っても、君と違って、確信はないけどね。――とにかくさ」


 仁が再び真面目な顔をした。じっと真っ直ぐ史朗を見上げて、仁は力強く言う。


「また次。今度、彼に会った時は必ず止める。約束する」


 その言葉に史朗と征治以外の面々がハッとした。代表するようにうつぎが口を開く。


「仁さん。今度ってことは……」


 うつぎの声に仁は振り返って頷いた。


「今回の件、第5(うちの)部隊が担当することになった。それと」


 仁が立ち上がる。周りの面々を見回して、彼は続けた。


「征治君と相談してね。第4部隊に人員派遣の要請をすることにした」


 その言葉に勇が「おお!」と顔を輝かせる。うつぎが少しだけ驚いた様子でゆったりと頷いて、そして雪博が不安げに眉を寄せた。史朗はよくわからないまま、黙って話を聞いている。


 うつぎが征治に視線を投げた。


「相談したってことは、承認はもう出した感じ? 隊長」


 うつぎの問いかけに征治は「ああ」と首を縦に振った。


「第4としての承認は出した。あとは上の判断次第だな」

「ちなみに、誰を派遣するかは決まってるの?」


 不安そうな様子で雪博が征治に尋ねる。征治は一瞬黙り込んで目を細めたが、すぐに元の表情になって答えた。


「いや。今回は要請が通ってから決める。異論があれば聞いておくが」


 聞いておく、という言葉とは裏腹に有無は言わせないという雰囲気が征治からは漂っていた。それを感じ取った雪博は少し固まって、それからそっと口を開く。


「そう、わかった……。異論は、ないよ」


 そう答えて、雪博は口を結んだ。


 何とも言えない重い空気が部屋を包む。その空気を変えるように仁がぱちりと手を打った。


「というわけで、だ」


 皆の視線が仁に向く。仁は真面目ながらもどこか朗らかな表情で言った。


「上の決定があり次第、詳しく話を詰めよう。それまでは第5のほうで、できる限りの調査をする。それでいいですよね、椿征治隊長」

「はい、それでお願いします。狗飼(いぬかい)隊長」


 仁の確認に征治が頷く。仁はそれに頷き返すと、勇を見た。


「よし、じゃあ勇、明のところに行こうか」

「あっ、はい!」


 返事した勇は、少し心配そうに史朗に視線を投げた。史朗の不安そうな表情に、勇は1度、口を一文字に結ぶ。


「史朗」


 力強い呼びかけに史朗は勇に顔を向けた。勇は史朗の正面に立つと両肩を手で掴んだ。


「ウチの部隊が担当になったからには、絶対、大丈夫だからな。お前の友達!」


 史朗が目を見開く。勇はニッと笑った。


「だから、心配すんな!」


 心強い言葉が史朗の鼓膜を揺らす。勇の言葉に、史朗は不安な気持ちがほんの少しだけ、軽くなったような気がした。


「うん、ありがと」


 礼を言う史朗の肩を、勇は励ますようにポンポンと叩いた。


 もうしばらくは敷地内にいるので、何かあれば連絡して欲しいと言い残し、仁は勇と共に部屋を去っていった。


 部屋のドアが閉じると、途端に部屋は沈黙に包まれる。そんな中、最初に口を割ったのはうつぎだった。


「ところで、おれらいつまで待機? もうしばらくかかりそう?」


 問いかけに征治がハッと答える。


「センター内の確認は粗方(あらかた)終わっていると聞いている。あとは最終的な確認だけだろうから……1時間もかからないとは思うが……」


 言いながら、征治はちらりと史朗の様子を見た。俯いて、落ち込んでいるようだ。だが、征治にはただ落ち込んでいるだけではないように感じてならなかった。


 征治はそれとなくうつぎに歩み寄るとひそめた声で尋ねる。


「うつぎ。柊くんは……」

「あのさ」


 ふいに、史朗が口を開いた。征治は口を閉ざし、うつぎ、雪博が史朗に視線を向ける。


 史朗が顔を上げた。きゅっと口を結んで視線を彷徨(さまよ)わせたあと、彼は躊躇(ためら)いがちに口を開く。


「もし。もしもオレがちゃんと能力(ちから)を使えてたら、昴のこと、止められてたのかな……?」


 その言葉に3人は少しだけ黙り込んだ。けれどすぐに雪博が、わずかに小首を傾げた。笑うような笑わないような何とも言えない表情で、彼は言う。


「それは、どうかな……。だってあのときは」

「そうかもね」


 雪博の言葉にかぶせるようにうつぎが口を挟む。雪博がハッとうつぎを見た。うつぎは雪博の方は見ずに、史朗をまっすぐ見つめている。その顔は無表情で感情を読み取れない。


「君が力を使えていたら、君の友人を止められた可能性は十分にあり得たと思うよ」


 その言葉に史朗は俯いた。やっぱりそうなんだという気持ちが後悔に変わり、さっき少し軽くなった筈の心を重くする。


「うつぎさん!」


 淡々と言葉を()くうつぎを非難するように、雪博が声を上げた。

 雪博は史朗とうつぎの間に割って入ると、うつぎを睨みつける。


「なんでそんなこと言うんですか!」


 強い口調で非難してくる雪博にうつぎはおもむろに視線を移した。その視線はいつもの彼と違って冷たい。無表情のままうつぎは雪博に告げる。


「だってそうでしょ。史朗くんが力を使えていたら、史朗くんの護衛をしない分、おれたちの行動パターンはもっと多かった。必然的に、彼の友人を止められる可能性は上がってたんじゃない?」


「それはっ、そうかも、しれないですけど……」


 うつぎの指摘に雪博はぐっと悔しげに口を結んだ。俯き、少し考えて、浅く息を吸い、雪博は絞り出すような声で言い返す。


「でも、今、言うことじゃない」

「じゃあ、いつ言うの」


 うつぎが冷たく言い放つ。バッと顔を上げた雪博が何か言い返そうと口を開きかけたとき。


「二人ともそこまでにしろ」


 鋭い声が割って入った。ずっと黙って様子を見ていた征治だった。


 雪博がなぜ止めると言いたげな眼差しを征治に向ける。うつぎはというと、細く息を吐きだしながら目を閉じた。


 征治は雪博とうつぎの側に歩み寄ると、何とも言えない表情をして1度口を結んだ。それから小さな溜息を吐くと、まず雪博に声をかける。


「雪博。言いたいことがあるのはわかるが、まずは落ち着け」

「でもだって!」

「雪!」


 強い声に雪博が口を閉ざす。


「落ち着け」


 言い聞かせるように征治が言えば、雪博は嫌そうに顔を歪ませながら、渋々返事する。


「……わかったよ」


 雪博が引き下がったのを認めて、征治はうつぎに視線を移した。うつぎは目を閉じたまま、明後日の方向を向いている。


 征治はもう1度、溜息を吐いた。


「うつぎ。お前は、わざとだな」


 征治の言葉にうつぎは答えない。それを肯定と受け取って、征治は続ける。


「言いたいことがあるなら言い方を考えろ。相手を間違えるな。わざわざ煽らなくても、お前ならうまくやれる筈だろ」


 ちらりとうつぎが征治を見た。それから深々と溜息を吐いて頭をかく。


「隊長殿はお見通しってわけ?」


 どこか、からかう様子のうつぎの言葉に、征治は答えない。ただまっすぐ向けられる征治からの視線に、うつぎは諦めたように肩をすくめた。


「わかった。わかってる。今のは……おれが悪かった」


 小刻みに頷いて、自分の非を認めたうつぎは、「でも」と言葉を続ける。


「史朗くんが狙われている以上、能力を使えないままじゃ、今日の繰り返しになる。それは、ここにいるみんな、避けたいって思ってるでしょ」


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