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「誰だ!?」


 うつぎの鋭い怒鳴り声に全員が振り返る。彼らの視線の先、屋上の出入り口の上に、何者かの姿があった。


 背丈は史朗より少し低いくらいだろうか。目深にフードをかぶっていて顔は窺えない。観察するようにじっとこちらに顔を向けている。


 うつぎが静かに重心を落とす。(じん)が無言で(いさみ)と史朗の前に出て、うつぎと並んだ。雪博(ゆきひろ)が史朗を背中に隠し、勇を庇うようにそっと左手を伸ばす。入口から遠い奥の方でも、和佳(のどか)來麦(こむぎ)が守るように水島と(めぐ)の前に立ち、彼女たちの前に(あきら)が前に立つ。


 状況をいまいち吞み込めていない、史朗、勇、水島を除き、その場の全員が、鋭い眼差しをフードの人影に向けている。ヒリヒリとした空気に肌が切れてしまいそうだ。


『あいつ、なんか……』


 フードの人物を眺めていた史朗は、ふっと何とも言えない感覚に眉をひそめた。違和感のようで、安心感のような、もやもやと掴みどころのない感覚だ。


 フードの人物がおもむろに左腕を持ち上げた。その場の空気が一段と鋭くなる。フードが史朗を指さし、口を開いた。


「柊史朗」


 名前を呼ばれて史朗は固まる。声に聞き覚えがある気がしたからだった。若い少年の声だ。咄嗟に何か言おうとした史朗は、ピリッと肌がひりつく感覚にびっくりして口を閉ざす。弱く電気を浴びたような、チリチリと肌の表面が痛むような感覚だ。だが、それはほんの一瞬のことで、もうその感覚は消えている。


『なんだ、今の……?』


 小首を傾げる史朗を眺めて、フードが舌打ちした。やれやれといった様子で頭を振り、今度は史朗の後方にいた明を指さす。


羽黒(はぐろ)明」


 呼ばれて、明は訝しげに眉を寄せた。フードの人物を睨むように見据えて明は低く問う。


「お前、誰だ。なんでオレや彼の名を知っている」


 明の問いかけに、フードの人物の口元がニヤリと歪んだ。同時に、明が(ひざまず)いてガクリと(こうべ)を垂れる。突然の事態に明のすぐ後ろにいた和佳が慌てた様子で声をかけた。


「ちょ、羽黒くん!? どうし……ッ!!」


 言いかけていた言葉を止めて、和佳は自分の横にいた來麦、そして後ろにいた恵と水島を抱き寄せながら振り返った。そのまま3人に突っ込むと自分ごと3人を奥に追いやる。次の瞬間、和佳の背後から勢いよくコンクリートの壁がせり上がってきた。


「明!!」


 仁が叫ぶのと同時に、コンクリートの壁の向こうに和佳たちの姿が消える。現れた壁の前、跪いていた明が静かに地面から手を離した。よく見れば、新しくできた壁の周囲が深く(えぐ)れている。


 下を向いていた明が史朗たちの方を向く。焦点の定まらない虚ろな瞳が史朗を見た。


 と、どこからともなく現れた水の輪と鎖が明に絡みついて手足を拘束した。同じタイミングでフードの人物にも鎖と水の輪が絡み、その体を拘束する。彼らを縛る水の輪は仁の、鎖はうつぎの能力で生み出されたものだ。そして、和佳たちを襲ったコンクリートの壁は明の能力によって屋上の床が変形したものだった。


 仁が史朗と明の間に割って入った。うつぎがフードの人物を鋭く見据える。


「雪くん! 史朗くん死守!」

「勇! オレ(・・)の側に!」


 うつぎと仁が同時に叫ぶ。


「了解!」


 返事した雪博が、状況を掴めないままオロオロするばかりの史朗の手を取る。周囲の状況に対応できるよう気を配りながら雪博は力強く史朗に言う。


「史朗くん。絶対、僕から離れないで」

「わ、わかった」


 どうにか頷いて、史朗は繋がった右手にぐっと力を込めた。


 一方、勇も仁に対して「はい!」と返事をすると仁の後ろに移動する。


「非常時だ。能力使用許可。動き合わせて!」

「っす!!」


 勇が返事したのに頷いて、仁は明を警戒したまま、フードの人物を睨みつけた。


「君だな。明をおかしくしたのは」


 低い声で仁が尋ねる。フードの人物は答えない。


「明に何をした!?」


 仁が怒鳴る。だがやはり、返答はない。返答はないが、フードがぼそぼそと何か呟いた。その瞬間、明を拘束していた水の輪が霧散する。


 仁が息をのんで明に向き直った。慌てた様子で空気中の水分を一気に集めて水の塊にすると、それで壁を作る。そこに向けて明が何かを放った。細かい氷の(つぶて)だ。礫は水の壁に阻まれて止まる。だが、仁の視線は水越しに明に向けられていた。


 水の壁の向こう、明が生み出した何かを操り、自身を拘束する鎖にぶち当てるのが見えた。鎖にヒビが入り、そこから光になって消えていく。


 うつぎがハッとしてわずかに振り返った。一瞬で状況を理解して鋭い声を上げる。


「雪くん!」


 うつぎの呼びかけとほぼ同タイミングで、雪博が明の方に向かって右手を伸ばした。雪博は一瞬、瞠目(どうもく)して、それから1本の長い鎖を生み出す。それを操り、ひと塊にして盾のように自分と史朗の前に展開する。


 雪博の行動は、自由になった明がこちらに攻撃を仕掛けてくると踏んでのものだった。だが予測とは裏腹に、明は雪博たちに見向きもせず、フードの人物の元へと移動する。そして、いとも簡単に拘束を解いてしまった。


 フードの人物と明がこちらを見下ろす。明の目は相変わらず虚ろでどこを見ているのかわからない。


 こちらを見下ろす2人をじっと見据えたまま水の壁を消し、仁がうつぎの横に移動した。


「弱ったな」


 ひそひそと抑えた声で仁が言う。


「ボクと明じゃ、相性が悪すぎる」

「ですよね。――アレ、どう見ます?」


 うつぎも抑えた声で答えて、目線だけで明を指した。問いかけに仁は目を細める。


「幻覚か、精神操作。君の考えは?」

「確定じゃないですが、精神操作一択」

「なるほど?」


 頷いた仁がフードの人物に向けて水の礫を放った。だが、すぐさま明が前に出て、淡々と攻撃を受け止めてしまう。


「……明が受け止められるスピード超えてるはずなんだけど」


 内心で舌を巻きながら仁が呟く。


「能力性能の向上……あの能力者の副産物かもですね」


 仁の言葉を受けてうつぎが呟いたとき、仁の背後で黙っていた勇がぐっと手を握りしめた。緊張した様子で唇を噛んだ彼は、覚悟を決めた様子で1度頷くと、明を見上げて叫ぶ。


「明さん! 何してるんすか!」


 勇の行動に仁がちらりと勇を見た。うつぎも視線こそ投げないが勇の行動を気にしているようだ。

 明が冷たい眼差しを勇に向けている。それをまっすぐに受け止めて勇は半ば怒鳴るように言う。


「何か言ってくださいよ! 明さん!」

「……そうだね」


 勇の言葉を受けて、仁がゆるりと頷いた。勇がそれ以上前に出ないようにそっと手で制して、仁はフードの人物を見る。


「明を返してくれる? 困るんだよねぇ。彼、ウチのブレーンだからさ」


 勇が怒鳴っている分、自分は冷静でいなければという気持ちが働いたのだろう。仁の口調は先程とは打って変わって穏やかだ。だがよく見ると、額に青筋を立てている。


 やはりフードの人物は答えない。けれど、小さな小さな声が仁たちの耳に届いた。


「……もういい」


 その声に、史朗が何か思い出したようにハッとしてフードの人物を凝視する。フードの人物が史朗を指さした。


「あいつを狙え」


 その言葉に明と、仁、うつぎ、雪博がほぼ同時に動いた。


 明が自分の隊服のポケットからヘアピンのようなものを取り出した。ピンは明の掌の上で形を変え、複数個の小さな(たま)になると、史朗のいる方へ銃弾のように飛んでいく。


 仁がうつぎの前に出て、再び水の壁を作った。同時にうつぎが勇の手を掴んで、雪博のいる方へと引き寄せる。うつぎの行動の意図を察した雪博が鎖の盾をほどいた。


「しゃがんで!」


 叫びながら雪博は史朗の手を引いてしゃがむ。雪博の言葉に反応した勇が、わずかに反応の遅れた史朗の頭を押さえ込みながらしゃがみ込んだ。それを認めた雪博は自分たちを囲むようにして再び鎖を巡らす。


 うつぎが宙を薙ぐように右手を動かす。にわかに光が(またた)いて、防弾用の盾が、仁、うつぎの前、そして史朗たちを守る半円状の鎖の壁の後ろに現れる。


 仁が角度を調整して水の壁を凍らせた。明の放った球が氷の壁を削りながら軌道を変える。


 うつぎが振り返った。その目が、軌道が逸れたはずの球が急旋回して戻ってくるのを捉える。うつぎの両の掌の上で再び光が瞬いて、消音器のつけられた拳銃が1丁ずつ現れた。2丁とも、安全装置は既に外れている。


「史朗くん、勇くん、耳塞いでて!」


 うつぎの強い口調に、鎖の盾の向こうから勇が返事するのがくぐもって聞こえた。それを認めたうつぎは、こちらに向かってくる球に意識を集中させる。球の数、向かってくる方向を瞬時に把握し、彼は引き金を引く。抑えられた銃声と(たま)(たま)がぶつかり合う音が立て続けに響いた。


 すべての球を打ち落としたうつぎは再びフードの人物に視線を戻す。透明に澄んだ氷の壁の向こう、フードの人物は忌々しげに舌打ちをしている。


***


 少しだけ時は戻って、(ひさぎ)流深(ともみ)から電話がかかってきた征治は建物の玄関に向かっていた。


 表示が1階を指し、エレベーターのドアが開く。箱から出た征治はきょろきょろと辺りを見回す。その目がこちらに向かってにこやかに手を振る白衣の人物の姿を捉えて、わずかに見開かれた。


「やあ、征治君」

天晴(たかはる)さん」


 第3部隊隊長の楸天晴だった。名を呼んで、征治は天晴に駆け寄る。


「流深さんではないんですね」


 征治の言葉に、天晴は少しだけ考える素振りを見せた。それから明後日の方向を向いて、哀愁漂う表情で言う。


「そうですよね。流深の方がいいですよね。彼は、僕と比べて話しやすいですから……」

「ああいえ、そうではなく」


 天晴のどこか悲しそうな笑顔に、征治は慌てて否定する。


「流深さんからの電話だったので、てっきり流深さんがいらっしゃるものだとばかり思っていて」


 征治の言い訳に天晴は目をぱちくりさせると、手に持っていた厚いファイルを抱え直しながらクスリと笑った。


「ふふ、冗談です。君があまりにも、不安そうにしていたから、和ませようとしたのですが……慣れないことは、するものじゃないですね」


 困り顔で苦笑して、天晴は穏やかな表情に戻る。


「柊史朗君のことが、心配ですか」


 問いかけに征治は少し黙り込んで、それから「ええ、まあ」とおもむろに首を縦に振る。


「彼は自衛の手段を持っていません。俺も含め、まわりが彼を守らなければ」


 その言葉に天晴は微笑みながら真面目に頷く。


「そうですね。そう考えて当然です」

「そういうわけですので、申し訳ないのですが用件は手短にお願いできますか?」


 征治の申し出に天晴は黙り込んだ。困ったように眉を寄せて、天晴は再びファイルを抱え直す。


「重要な案件です。手短に、というわけには……と、言うべきなんでしょうが」


 そこで言葉を切って天晴は微笑む。


「そういうわけにもいきませんよね。わかりました。では、手短に」


 言って天晴は胸に下げていた眼鏡をかけるとファイルを開いた。小さな文字列を少しなぞって、彼は真面目な顔をする。


「電話で流深がお伝えしている通り、柊史朗君が能力を使えない原因がわかりました」


 その言葉に征治が真剣な表情で頷いた。それを視界の隅に捉えながら天晴は先を続ける。


「柊君の入院中に取ったデータ、それから提出いただいたデータなどを第3(うちの)部隊で解析した結果、やはり第三者からの干渉があったのではという結論に至りました」


「やはり、流深さんが言っていた通り……」


 呻くように呟く征治。天晴はそれに頷いて資料をめくった。


「柊君の体内に、彼が本来持つものとは異なる能力エネルギーの存在が認められました。おおかた、彼に干渉した人物のものではと推測されます。そして、そのエネルギーはある1ヵ所に集中していた」


 険しい表情で話を聞いていた征治は天晴の説明にハッとする。


「もしかして、その箇所というのが、柊君にとっての能力エネルギーの出口」

「おそらく」


 征治の言葉に天晴が頷く。


「他者の能力エネルギーによる、エネルギー放出の阻害。それこそが、柊君が能力を使えない原因だというのが、現時点での僕たちの見解です。ただ……」


 そこで天晴は口ごもった。難しい顔で黙り込む天晴に征治が訝しげに小首を傾げる。


「ただ?」

「誰がこんなことをしたのか、どうやってこの状態を解消すればいいのか。そこまでは、まだわかっていません。申し訳ないです」


 天晴が頭を下げる。征治は慌てて天晴に頭を上げさせると、できる限り穏やかに声をかけた。


「この短期間で、柊君が能力を使えない原因を探し出していただけただけでも十分にありがたいことです。ですから、謝らないでください」


 征治の言葉に天晴は困ったように微笑した。それからこくりと頷いて「ありがとうございます」と礼を述べる。


「ただ、ひとつだけ、お尋ねしたいことが」

「椿隊長!」


 征治の言葉を遮って女性の声が響いた。征治と天晴が同時に声をした方を向く。ある女性隊員が別の女性を抱き寄せた格好で玄関の扉の前に立っていた。


「猫村さん」


 第四部隊所属、猫村來麦だった。

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