第3話 治療②
アカリは、聞いた事のない話に身を乗り出した。
膨らんだ興味に、大きな瞳が更に大きく見開かれる。
「他の戦士たちを見た事があるのか」
「ごく稀にだが、ある。私は20年弱、この研究所に勤めているんだよ。そりゃ、ない事はないだろう?」
初耳だった。
「そうか、それもそうだよな。それで、他の戦士たちは、どんな奴らなんだ」
引き出せる情報は全部引き出してやる、とアカリは鼻息荒く声を上ずらせる。
ブッカー博士は苦笑しながら立ち上がった。丸いお腹が弾みその存在を主張する。
かがんでベッドに置いてあった銀色のトレーを手に持つと、そこには、縫合に使われた針や糸、そして傷口の消毒に使われたコットン類が乗っていた。コットンや針には血が付着している。
博士は部屋の端の大きなプラスチックのゴミ箱までドシドシと歩いて、ゴミ箱の中にトレーごと捨てた。
そして、くるりと体の向きを変えると、ベッドまで戻って来て、先ほどまで座っていた丸い椅子を自分に引き寄せた。
アカリの前に身体を正面に向けて座る。
アカリも膝を伸ばして、身体を起こした。ブッカー博士を心持ち見下ろす形になる。
「まずは、傷の事からだ。縫合は全て終わった。じきに麻酔が切れて、痛みが出てくるだろう。痛み止めをスタッフに渡しておくから、痛みが酷いようなら彼らから痛み止めをもらってくれるかい」
アカリは、痛み止めなんか飲むわけないだろう、と、はいはい、と適当に返事をする。
生意気な態度も慣れたもの、というように、ブッカー博士は忍耐強く説明を続ける。
「傷口の上にシールを貼っている。化膿止めだ。今後24時間は、足を濡らさないでくれるかい。24時間たったら、逆にシャワーをして足も水と石鹸で軽く洗うと良い」
「わかった」
軽く首を縦に振って、続きを待つ。
アカリの身体には尻尾は現れなかったが、ブッカー博士の目には忙しなく振られる尻尾が見えるようだった。その姿に、思わずふっと声が出てしまった。
アカリが怪訝そうに片眉を上げる。
「すまない。君は分かりやすい子だな。今、研究所には君を含めて6名の子達が住んでいる。全員、第四世代と呼ばれる世代だ。だから、みんなほぼ同い年だな」
アカリは黙って聞いている。
余計な相槌を打って、ブッカー博士の気が変わる事を恐れるかのように、身動きすらしない。
時々、思い出したかのようにまばたきをする。綺麗な目だな、とブッカー博士はそれとなく思う。
「みんな良い子たちだ。全員、違う種類の遺伝子が入っているから、身体的特徴もバラバラだ。君のは本当に良い形で出たと思うよ。全員が都合良い形で特徴を持っている訳ではないからね。中には可哀そうな子もいる」
アカリの脳内で想像が膨らむ。
みんな、どんな形をしているのだろうか。アカリのように、日々厳しい訓練を受けているのだろうか。
もう、任務に出ている戦士もいるのだろうか。
空が飛べたり、水の中で息が出来る戦士はいるのだろうか。小さい頃は、自分の足を見て、なんてつまらない能力なんだと悩んだ事があった。ちょっと鼻が良くて、ちょっと脚力が強いだけだと思っていた。しかも、女の身体に生まれてしまったために、腕力なんて、その辺の屈強な男たちより弱かった。
身体が成長した現在でも、恐らく腕力だけなら、キャプテンにすら劣る。
しかし、脚力と嗅覚を鍛えぬき、女の身体でも誰にも負ける気がしないくらいには強くなった。
「5人もいるのか、私の兄弟たちは」