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第3話 治療①

「さぁ、最後の一つだ。もう心配いらないよ」


陽気な声が、清潔感のある部屋に響いた。

ツーンと鼻の奥につく消毒液の匂いがアカリを包んでいる。

馴染みのある匂いに包まれ、体の下のパリッとしたシーツを少し撫でる。

手のひらに広がるザラザラした感触が心を落ち着かせた。

アカリは綺麗に塗られたシミ一つない天井を見上げていた目を横に動かし、医者の顔を探した。

診察ベッドの上であおむけになっており、膝を立てているため顔が動かしにくい。

足を治療中の医者は、軽く後頭部を浮かせないと見えなかった。

視線を下にずらすと、ほとんど髪が抜けて丸い後頭部の輪郭が見える。まばらに残った髪は灰色で、年齢を感じさせる。

横顔からも、いくつかくっきりと刻まれた皺が見えている。


「ありがとう、ブッカー博士」


アカリは博士の横顔を見て、静かに感謝を伝えた。

傷口を確認していたブッカー博士も、その声に振り向き、赤い瞳と目が合うと目元が少し緩んだ。

そのまま、何も言わずに顔を傷口の方へ戻すと、足の側面に唯一残っている皮膚の中身の見える裂け目を縫い始めた。

それ以外の痛々しく開いていた複数の傷口は、綺麗に縫い合わされて、よく見ないと分からないほどだった。


これまで、どんな怪我をしてもブッカー博士が治してくれてきた。中には治せるのか不安になるだろう怪我をした事も、一、二度あったが、ブッカー博士は絶対に自信のない姿を見せなかった。

これはもう駄目だとアカリ自身が諦めるような状態の時でも、「大丈夫、私が絶対治してあげる」と、揺るぎない言葉をアカリにくれた。

例え、その自信が嘘だったとしても、博士の強気な姿勢にアカリは常に安心感を覚えてきた。否、心の拠り所ですらあった。


「しかし、なかなか激しい傷跡だな。どうやったら、こんな傷ができるんだい?今日はフィールド訓練の日だって聞いていたが」


針を刺す前にアカリの気を逸らすように、ブッカー博士は軽い口調で聞く。

アカリも何事でもないように言い返す。


「豚に噛まれた。痛かった」


「え、豚ってこんな牙あったかい?それは痺れるな。しかしまさか、他の子達と演習した訳ではないだろう?」


ふと首をもたげた疑問が、ブッカー博士の口をついた。

傷を縫う手をとめ、アカリの顔に見開いた目を向ける。

足の傷が豚によるものでないのは、誰の目にも明らかだった。そもそも、アカリにこれほどの噛み傷を負わせられる存在なんて地球上に数えるほどしか無いのではないか。

アカリと同時期に誕生した恐竜人間たちの中に、鋭い牙を持つ子がいたかブッカー博士は一瞬考える。


「そんな訳ない。私たちは、他の戦士と触れ合う事は禁止されてる。博士だって知ってるだろ」


「そうなんだが、例外が起きたのかと...君の足を噛んで、しかも傷を残すなんて、そんな事できる人なんて限られてるだろう?」


アカリはジトッとブッカー博士をにらむ。


「だから豚だと言っているだろう。人じゃない。博士は、私以外の戦士にもあった事があるのか。他の戦士達は牙を持っているのか」


アカリもさり気なく情報を得ようとしてみる。

ずっと気になっている事だった。


「今、研究所には数人しかいないと聞いているが」


ブッカー博士は、教えて良いものか一瞬のためらいを見せた。

そして、何も言わずに丸い後頭部を見せ、再度縫合していく。最後の傷口が綺麗にふさがれていき、つい数時間ほど前までの見た目に戻っていった。近くで見ないと、傷なんて全く分からない。


(ま、言うわけないか)


これまでの経験から、どうせ何も言わないだろうと、アカリは上を見上げた。口から諦めの溜息が漏れそうになった時―


「私は君の担当医だからね、他の子達に会う事は基本的には無いよ」


ブッカー博士が唐突に会話を続けた。

アカリはとっさのところで、慌てて溜息を飲み込んだ。


「でも、たまにすごく大きな怪我をしたり、病気をしたりする事があるだろ?人間だから、当然だ。そんな時にはヘルプに呼ばれる。あと、私の専門知識が必要な時も」

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