第2話 誕生
この世界で冷戦が終了して35年になる。
その時、人類は後世に誇れる偉業を成し遂げた。
冷戦の終結と共に、非人道的兵器を全面的に禁止したのだ。
禁止とは、つまり開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用および威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶を意味し、事実上、非人道的兵器は地球上から消滅した。
では、何をもって人道的と非人道的を区別するのか、という話だが、当時の国家党首たちは、しごく簡潔明瞭な基準を設けた。
対象を攻撃した時に、人間であれ何であれ、その対象を自らが自らの手で毀傷した、と自覚できるかどうか、だ。例えば命を奪うならば、奪った命全てに対して、自らが奪った、と認識できる必要がある。
よって、大量破壊兵器や生物兵器、化学兵器や爆弾、そしてもちろん自律致死型兵器も全て禁止された。
無差別に攻撃するこれらの武器は、使用者が誰の命を奪ったか、というのが見えなくなるためだ。その一点がなくなると、人は簡単に他者の命を奪える。
今の世界では、一人の人間が無差別に何百、何千、何万の命を奪うという事は出来ない。
一人ひとり、自らの手を汚して、自覚しながら命を奪わなければならない。
力の強い国々が主導し、反対国にも押し付ける形で実現した取り決めだったが、この取り決めにより戦争での民間人の犠牲が奇跡的に減少した。
これは、力で他人を支配しよう、また、自分以外はどうでも良い、という人間の小さく弱い利己的な心の克服だった。
しかし、一部の人間が出来たからといって、全ての人間が同じように崇高な精神を求める訳ではない。
規模が小さくなっただけで、戦争は未だにあるし、国家の戦力が落ちた分、その転覆をはかる反逆分子の力が相対的に上がってしまった。
テロリストの組織や、新興宗教の組織、志を同じくする者達が集まった組織など、権力を奪うために様々な組織が誕生した。誰もが美辞麗句を並べたが、結局は自身の欲望を満たしたいだけだった。
もちろん、このような展開は、どこの国の党首もある程度予測していた。
みな、それなりの対策をした上での、非人道的兵器禁止条約の締結だった。
アカリ達恐竜人間は、アメリカという大きな国で、そんな新しいムーブメントへの対策として誕生した。
第二次世界大戦中から、アメリカは既に戦闘力の高い新しい種類の人間を作る研究をしていた。
一般市民を募って軍隊を構築するのは、限界を感じていたからだ。
また、母親たちの慟哭を少しでも減らしてやりたかった。それは、アメリカだけではなく全世界の母親たちを意味していた。誰にでも母親はいる。
人間たちの命を無駄に散らす戦争ではなく、新しい形の争いを模索し始めていた。
記念すべき恐竜人間の第一号を始め第一世代が生まれるまでに、約35年かかった。
それは、冷戦終結の10年前頃だった。彼らが10歳になる頃にアメリカのトップ達も、これなら実用化可能だと、新しい動きに踏み切ったのだ。
他の大国も物理的そして心理的準備が整った頃だった。
些細な事で神経が摩耗させられ、大衆は冷戦にも嫌気がさしていた。ゆえに、世界中で新しい時代を望む気運が爆発的に高まっていた。
その後、第二、第三、第四世代と続き、アカリは第四世代で生まれた一人だった。
アカリの混合種はティラノサウルスだった。
そして、その特徴は両足に現れた。培養液の中にいる時から既に、両膝の下部分から、爬虫類のような硬い鱗の張った皮膚と鍵爪が育っていた。
戦闘員として作られた背景を考えれば、最強と名高いティラノサウルスの遺伝子を全ての受精卵に埋め込めば良い気がするが、実際には様々な種類の恐竜が混合種になった。
それは、研究のためという事もあったし、恐竜の種類によって混合の成功率が違う事が分かったからだ。
実際、アカリの代になるまで、ティラノサウルスとの混合は一度も成功しなかった。
恐竜人間の研究が始まって80年になる。その間、多くの失敗があり学びがあった。
アカリ達、第四世代の生活にはその学びが色濃く反映されていた。否、全てが過去の学びから築き上げられていた。アカリの生活は、規則規則規則、と規則に縛られていた。
そして、その経験を活かして、近々、第五世代が生まれるだろう、と噂になっているところだった。