第1話 トレーニング③
銃声を背に、アカリは足に力を込めた。
逞しい足が地に少し沈む。
スーッと息を吸ったら、吐くのと同時に地を蹴って、全力で人間達の左側面を目掛けて飛んだ。
そして、トンと足をつくと同時に、近くの二人の顔面目掛けて、両手の中にある石を投げた。
一瞬の事に、彼らは本能的に顔をそむける。
その瞬間に、アカリは両手を地面につき、彼らの手をいち、に、と蹴り上げた。
グローブをつけた大きな手が二組、体ごと重力の向きとは逆方向に飛んだ。
加えられた力に逆らえず、手のひらを見せてしまっている。
沈む夕日に照らされ、ハンドガンが二つ宙に舞う。
足をついて、更にもうひとっ飛び。あっと驚く二人の後ろで、自分に狙いを定めて引き金を引く兵士の足を払う。
アカリを狙っていた銃弾は、天空に向かって放たれる。そのまま暗くなり始めた空と瞬くいくらかの星に合流した。
兵士の体は少し宙に浮き、地面に打ち付けられる直前だ。
(よし)
流れるように視線を先ほどの二人に戻すと、体の隣でドシンという音がした。
二人は次の銃に手を伸ばそうとしている。
(させるか)
彼らの手は既に銃にかかっていたが、発砲態勢に入る前に、両手で二人の首を押さえ、その下の首輪をむしり取った。
首輪は首にぴったりとフィットするサイズで、細い銀色のチェーンとその真ん中にドロップ型のカメラがついていた。
二人はそこでピタリととまる。
その首輪を放り投げ、くるりと体を反転させた。地面に転がっている兵士の首からもカメラを掴んで首輪をはがす。チェーンが勢いよくちぎれ、カメラを握っている拳の端から垂れ下がった。
「...勝った」
アカリの口から、弾む息と共に一言零れ落ちた。
手の中の首輪を、アカリを見上げて地面に寝転がっている兵士の顔の横に放る。
兵士の口がマスクの下で動くのが分かった。
声に僅かに悔しさが滲んでいる。
「まだだ」
アカリは、疑問を投げかけるように視線を兵士によこす。
その瞬間、背後で空気が動くのを感じた。
アカリは反射的に後ろを向く。
黒い、ふさふさの毛皮が視界に飛び込んできた。少し視線をあげると、大きな熊の開かれた口が自分に迫って来ていた。
赤い口の中に並ぶ、黄ばんだ鋭い牙が近づいてくる。
(間に合わない)
アカリは一瞬で判断した。
そして、急所を避けるべく上半身をひねりながら全力で後ろへ放った。と、同時に、片足をてこの原理で勢いよく上げ、それを熊の口に突っ込んだ。
上半身の側面が片腕を下に強く地面に打ち付けられ、痛みに息が一瞬止まる。
と、同時に足にそれ以上の鋭い痛みを感じた。
足が震える。
熊の口へと伸びる自分の足を目で確認した。嚙み切られてはいない。
アカリは自分の体の中で最も強靭に作られているパーツから目を離さない。
黒い大きな三つの鍵爪が熊の口の端から出る。すべすべして光沢があり、まるで黒い3本の手甲鉤が伸びているかのようだ。
爪が出ているのは、赤く硬い皮膚で覆われた三本の指から。人間の足の指よりはるかに太く長い。それと比較して足の甲は短かった。
足の裏側にもう一本、小さな指と鍵爪。これで、体のバランスを取る。
そこからひざ下まで、赤は続く。皮膚の下の骨に沿って、黒い鱗のようなものが乗っている。
太く逞しい足だ。何にも例えようがない。唯一無二の足。
強いて言えば、ワニの足に近いだろうか。
熊ですらも嚙み切れない強く自慢の足。
アカリは不屈の信念を込めて、熊の目を直視した。熊がわずかに怯む。
痛みをこらえ、勢いをつけて体を反対側に反転させる。その重力と足の重りを利用して、もう片方の足で熊の頭部を横から躊躇なく蹴った。
頭蓋骨が割れるほどの威力だったが、熊の生死など、どうでも良かった。
身体が完全にうつぶせになり、地面にまたもや打ち付けられる。
「うっ」
腕を前に出し、何とか頭と胸が地面に強打しないように落ちた。
足にも力を入れ、とっさに軽くだが膝を曲げた。
何とも滑稽な格好だった。