第1話 トレーニング②
ススキ野と一番近いアカリの体の幅ほどある木の間に、障害物が何もない空間が少しあった。
アカリは頭を動かさずに視線だけで周囲を確認する。
特に目立つものはない。
狙いを定めた匂いも、体内を洗浄してくれるような新緑の匂いに交じり、姿が確認できるほど近くには感じない。
今のうちに、と、片足に体重をかけ、一気に目標の木まで飛んだ。強い、体まで染まってしまいそうな緑の匂いに包まれる。
足裏に砕ける枯れ葉を感じ、少し動くだけでシャラシャラと音がした。
向かってくる人間の匂いをブロックするように木に背中をつけ、ホッと一息ついた。
自らが数秒前までいた方向に目を向けると、見間違いようのない足跡が一つ地面に深く刻印されていた。
アカリは、そろそろと音を立てないよう、静かに木から木へと移動しながら、標的たちがいるであろう方向を確認する。
どうしてもシャラシャラという枯れ葉の音はついて来てしまうが、人間達はまだ、目視できるほど近くにはいない。
しかし、匂いが確実に強くなっていくのを感じる。
アカリは木と一体化しながら、じっとして匂いの動きに集中した。
目で見るより鼻で見る方が確実だ。
迫りくる狩りの予感に肌が粟立った。荒くなる鼻息を抑えられない。
細胞レベルで興奮を感じる。
赤い大きな瞳の瞳孔が少し広がった。
ドクドクと血が流れる音が耳に流れ、その中に僅かなジャキという機械音が混じった。
来た。
アカリは木肌にぴたりとくっついた後頭部をわずかに滑らせ、視界の隅で後ろ側の様子を伺おうとした。
――パンッ
――ヒュッ
乾いた爆発音に続いて、耳の端を何かがかすった。
見えなくてもわかる。
間髪入れずに、パンパンパンと銃声が何度も響き背中の裏で振動を感じた。
頭上から落ちる乾いた木の葉のシャワーがシャラシャラと体を洗う。
銃声がわずかに止まった瞬間を逃さず、アカリは全力で木の根元を蹴り別の木の裏に身体をピタリとくっつけた。
その一瞬で、人間達の位置を確認する。
こちらが丸腰なのを知っているので、敢えて障害物の少ない開けた場所に固まっていた。
また、パンパンとしつこく破裂音が追って来る。何発かアカリの体すれすれを通っていくのを、空気の動きから感じた。
周囲が、火薬の匂いで充満していく。苦みと痺れを舌の奥側に感じた。
人数確認がしたい。
何人も固まっていると、匂いだけでは人数は分からない。
アカリはほどほどに木々の間を飛びかいながら、人間達の弾切れの瞬間を待つ。
カチカチッとオイルのなくなったライターのような音を合図に、木の端からわずかに顔を出した。
迷彩柄の戦闘服の上に黒い防具類を身に着けた男たちが目に入る。
腰のベルトにいくつかハンドガンが装着されていた。
鍛えられた肉体が服の上からでもわかるが、ゴーグルにマスクをしているので顔は全く分からない。
服と揃いの迷彩柄の帽子をかぶり、肌の露出を最大限抑えているようだ。
1,2,3,,,
3人か?
少ないな。
常より少ない頭数に違和感を覚えるが、一瞬で銃を持ち替えた人間達から更に容赦なく銃弾が飛んでくるので、それ以上考えられなかった。
アカリはサッと木の陰に頭を戻し、ポケットの中に左手を入れた。
すべすべした硬いものを確認すると、それを二つ手に取った。
一つは、右手に持ち替える。