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第4話 報告③

「ん」


無言で目的地に向かって一心に歩くアカリの横を通り過ぎたキャプテンは、アカリの目の前で背を彼女に向けてしゃがんだ。

薄暗がりの中、キャプテンの大きな背中が浮かんで見える。

アカリは意味が分からずに、キャプテンの真後ろで足を止めた。


「?…何をしている」


一刻も早く帰りたいがゆえに、面倒くささと苛立ちが、彼女の声色に滲んでいる。

キャプテンは、先ほど見せたような眉尻の下がったガッカリした表情を顔に乗せて振り向いた。


「お前、ほんと、何も察しないやつだな。ほら、乗れよ。部屋まで連れてってやるよ」


「乗せてくれるのか?ありがとう」


アカリの潤った赤い瞳が大きく開く。

同時に一秒の逡巡もなく、心地よさを感じる重みと温もりがキャプテンの背に乗っかる。

重すぎず、軽すぎず、熱すぎず、冷たすぎず、とても柔らかい感触に、心と身体が不覚にもホッと緩んでしまった。キャプテンの目が微かに開く。


「お前、躊躇いも恥じらいも何も無いんだな。別に良いけど」


自らの僅かな動揺をごまかすように軽く笑って、キャプテンは立ち上がった。

アカリの右手の指は、分厚い本を落ちないように強く握っていた。それを無言で取って、キャプテンは自身の右の腕と彼女の足の間に挟む。そして、ゆっくりと暗い廊下を歩き出した。

静寂の中、キャプテンのブーツが床を踏みしめる音が響いた。キャプテンから香る泥と森林の匂いが、研究室の匂いを打ち消し、アカリは小さなため息をこぼした。


「先ほども言ったが、お前は自分の身体をもっと大事にしないとダメだ。あんな軍の駒みたいな戦い方をするな」


キャプテンは唐突に口を開いた。

夜も遅く誰も聞いていないだろう、と、キャプテンは建前を削ぎ落した言葉をアカリに送る。

しかし、静かな廊下に声が響くので、ほとんど囁くような喋り方だった。


あぁ、と機械的な返事がそれに続いた。


「前から思っていたが、お前は本当に放っておけない。色んなところで、お前の破天荒ぶりは聞いている。死んでしまっては元も子も無いんだ。自分の限界を見極めるのも実力のうちだぞ」


あぁ、と、また心のこもらない返事が続く。

朝からの訓練で、それこそ限界を超えた体は、アカリの意思など全く考慮する気が無いようだった。

動かしたいが動かず、吐き気は強まるばかりで、足の痛みの存在感も益々増している。

最悪だ。

怪我こそしてしまったが、他兵士との模擬戦などアカリにとって大した事ではない。

そんな華々しい訓練よりも、毎朝途切れず続く、地味で苛酷な基礎訓練の方が体にこたえていた。

そして、明日の朝も同じように基礎訓練はしなければならないのだ。


(余計なアドバイスは良いから、早く部屋に返してくれ)


キャプテンの小言を聞きながら、そんな思いがこみ上げる。

しかし、キャプテンは今がチャンスとばかりに、自分の意見を伝えてくる。

普段の自分なら躊躇いなく、黙って動け、くらいは言うだろうが、今は疲れて口すらも動かない。

背負ってくれるのはありがたいが、一刻も早く休みたいのだ。


キャプテンは、そんなアカリの気持ちも知らず、一歩一歩踏みしめて歩く。

やっとアカリの居住エリアが見えてきたところで、最後に何でもない事のようにこんな事を宣言した。


「とにかく、お前の戦闘姿勢は心配でしかない。女だからと区別するつもりはないが、力だって男より弱いんだし、体力も少ないだろう。お前が無茶をしてないか、たまに確認しに来るからな」


アカリは、本日最後のあぁ、という音を喉から微かに発した。


居住エリアに入る時には、認証キーがいる。

そして、エリアの入り口には、常時警備の者が構えていた。

部外者はエリアには入れない事になっているため、キャプテンは入口のところでアカリを下ろした。

その後、そのへんの隊員より、遥かに厳つくて強そうな男に向かって自身の来訪理由を伝えた。


「こんばんは。お疲れ様です。アカリ隊員が、本日の訓練で足を負傷したので、念の為今晩は自分が彼女の足になりました」


「そうですか」


そっけない返事が返ってきた。

感じの悪い目が、分かっているだろうな、と伝えている。

仕事柄仕方がないが、警備員とは誰も仲良くなれないんだろう、とキャプテンは何も言わずに、アカリに目を向けた。


アカリは、キャプテンに御礼を言う代わりに、彼の手を軽く握った。

最早、口も動かなければ、腕も上がらなかったので、それが彼女にとって最大限のお礼の気持ちの表現だった。

キャプテンの体がギクッと固まったのが手のこわばりから分かった。

力を入れすぎたか、とアカリは働いてない頭で考え、パッと手を離した。


キャプテンは無言で本をアカリに渡す。

本を受け取ると、キャプテンに背を向けた。最後の力を振り絞り、自分の部屋まで歩く。

ドアを開けると、安堵感が溢れてきてそのまま床に倒れこみ、そこで意識を失った。

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