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第4話 報告②

「ローズ博士、失礼ですが、アカリ隊員はあなたと違って一日24時間、週7日働く必要はないんです。彼女には必要なだけの休息を取る権利があります。不完全な体で訓練をしても、余計な怪我を招くだけです」


キャプテンは、苛立ちも露わにローズ博士に食い掛る。


「彼女は、研究所を家だなんて公言しているあなたとは違うんですよ」


その勢いに、ローズ博士よりもアカリの方が驚いてしまった。

そして、浮かんできた疑問がポロッと口から零れる。


「でも、この研究所は実際私の家だ。ここで生まれて、ここに住んでいる」


キャプテンは眉毛をハの字にし、ガッカリした視線をアカリに投げて寄こした。


「お前、どっちの味方なわけ?」


ブッとアカリの後ろで勢いよく息が漏れる音が聞こえた。

アカリが振り向くと同時に、ローズ博士もアカリに向かって数歩進んだ。

相変わらずの無表情だった。

手に持った分厚い本のページをめくりながら、抑揚のない声でキャプテンに至極当然の返答を投げ返す。

冷たい声色とは裏腹に、アカリにはローズ博士の眼鏡の奥でブラウンの瞳に温かみが滲んでいるのが見えた。


「その辺は君の上司が考えるだろう。彼らは経験のあるプロなのだからな。君のような下っ端は言われた通りに動いた方が、結果組織のためにも自分のためにもなると思うぞ」


ギリッと歯がきしむ音が聞こえそうなほど奥歯を噛んだキャプテンは、それでも何も言わず体の後ろで手を組んだ。

ローズ博士は、そんなキャプテンに向かって、ちょっと来い、と手の平を上に向けて指をクイクイッと数度天井に向けて動かした。

怪訝な顔をしてキャプテンが研究室に入って来る。

アカリとローズ博士の隣に立つと、キャプテンの背の高さが際立った。

実際、彼は中々に精悍な見栄えの良い青年だった。

目の下の小さな傷は、整った容貌を損なうどころか、体格の良さと相まって凄みを与えていた。

ローズ博士は、あるページを開いてキャプテンが見えるように開いたページを斜め上に向けた。


「君、これが何かわかるか?」


キャプテンは、何を聞かれているか分からない、というようなクエスチョンマークが目に見えるような顔をした。

数秒待って、ローズ博士が何も言わないので、訝し気に返答する。


「何かのひっかけ問題ですか?熊に見えますけど」


ローズ博士は、その通りだ、と小さくコクンと頷いた。

そのスマートな頷き方に、眼鏡の淵がキラッと照明の光を反射し、彼女の知性がキラッと光ったようだった。


「そうだ、熊なんだよ、この生き物は。この頑固者は何故か全ての動物を豚と呼ぶ悪い癖があってな」


そう言いながら、ローズ博士は熊の大きく載ったページをアカリに向けた。

アカリは面倒くさそうな視線をローズ博士に投げた。


「犬と猫と鳥の区別はつく。それ以外は、以前図鑑をもらったが名前を覚えるのが面倒くさくて、全て呼び方を統一した。どうせ、めったに人間以外の生物を見る機会もないから不便もない。今日、熊は認識したから次に見たら、その生き物は熊と呼ぶ」


言いながら、身体の横でアカリの両手は拳を作った。

ズキンズキンと足の痛みが回って来て、痛みを逃がそうとしたのだ。

それに気づいてかは分からないが、都合良くキャプテンが硬い声でローズ博士に退室を伺ってくれた。


「ローズ博士、自分もアカリ隊員も朝からの厳しい訓練で疲労がたまっています。もう夜も遅いので、退室しても宜しいでしょうか」


うむ、と、また軽く頷いた博士は、分厚い図鑑をアカリに持たせて、いらないものを追い払うように手を振った。


「動物全てを豚と呼ばれたら、コミュニケーションが成り立たない。少しずつで良いから、名前を覚えろ。では、二人とももう行け」


キャプテンが、アフター・ユー(先に行け)、とアカリに向かって腕をドアの方へ広げた。

疲れて自分のものにすら感じられない体を引っぱり、アカリは何とか部屋を出た。

足の痛みに加えて、頭痛と吐き気もしてきた。

すぐ後ろを歩いて退室するキャプテンの足音が聞こえたが、振り返って確認もしなかった。

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