プロローグ
静寂の中、コポコポと泡沫音が響いている。
水泡の上がるスピードから見て、多少の粘度のある液体らしい。
薄暗い部屋の中に、液体でほのかなピンクに色づく円柱型のグラスが何本も程よい感覚で並んでいる。
円柱の中身だけが良く見えるように、部屋の照明はつけられておらず、発光源は円柱の中を照らすライトだけだ。
グラスは大の大人が腕を回して手が届くかどうか、というそこそこの大きさのものだ。
どの円柱からもコードが何本も伸びていて、コードに繋がる大きな機械とモニターから様々な数値が細かく管理されている事がわかる。
つまり、この円柱は大きな試験管で、何らかの実験中なのだろう。
時の流れを忘れそうな部屋に、急にガチャというドアが開く音がした。
コツコツと、硬い床の上をゆっくりと歩く音が続く。
並ぶ試験管の間を、女が一人静かにゆっくりと歩いていた。
細身の体に白衣をまとい、輝くブロンドの髪を無造作に一つにまとめている。
上品なデザインのパンツとハイヒールが髪型とは対照的にお洒落さを添えていた。
黒縁の眼鏡のかかる横顔と大きいが感情の見えない瞳に、知性と同時に冷たさも感じる。
年は30過ぎくらいだろう。
女は一本の試験管とコードで繋がれた機械の前で立ち止まり、モニターを何度か軽くたたいた。
無機質な機械音が鳴り表示された結果を見て、満足そうな溜息を吐いた。
女が視線を上げる。
ピンク色に照らされているからか、頬に赤みがさしたように見える。
試験管の前で試験液の色に染まった白衣が冷たい印象を少し和らげた。
視線の先には、握りこぶし程度の大きさの人間の赤ん坊らしきものがいた。
身体を小さく丸めて、顔も半分隠れているが、その小さな手や耳や頭の形は試験管の外にいる女のものと同じだ。
女は、試験管の前で静かに赤ん坊を観察していた。
窓のない部屋で、どのくらい時間が経ったかわからない。
10分、20分かもしれないし、1時間、2時間かもしれない。
時間なんて存在しないかのように、女は身動きもせず、動かない赤ん坊の前にずっと立っていた。