五
忠国警備シリーズサイドストーリー。ユウキの話。
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冬休み、クリスマスの後から大晦日の手前迄、ほんの三日間程僕は再び富士の麓で訓練を受けていた。今回は都子姉さんが付きっ切りだった。
「さぁ少年、次の攻撃は果たして解けるかな?」
そう云った次の瞬間、視界が真っ白になった。実際に霧の様な物に包まれたのか、視覚を乗っ取られたのか、それともどこかの異空間にでも閉じ込められたのか。先ずは状況の分析から……周囲の白さには特に斑などなく、流動感なども感じないため、恐らく物理的に白い霧や煙等で包まれた訳ではなさそう。瞬きしてみたり、目だけをキョロキョロと動かしたりしてみるも、何も変化を感じられない。少し足踏みしてみたけど、床の感覚は変わらずある。じゃあ視覚か。自分の視覚野に侵入しているモノを探ってみたけど、特に何も見つからない。クラウンさんじゃないのだから幻覚の類ではないと云うことか。じゃあこれは……感覚を外側へと開いて、周りに充満したモノを見極める。霧や煙の様な物体ではないけれど、何かが確かに在るようだ。よく解らないままそれを押し退けると、少しずつ白いモノが後退して行き、何れ都子さんの姿が確認出来た。ここ迄三秒程か。
「つまらんなぁ」
術を解きながら都子さんが面白くなさそうに呟く。
「え?」
「詰まらん詰まらん! あっちゅう間に解いてもぉて。もぉちょい忖度でけんか?」
「そんな」
「もっと楽しくやろうや、うちの攻撃内容楽しむぐらいがえゝねん」
「無茶な」
横で監督している神田さんが苦笑しているが、特に何も云ってくれない。これ、僕が悪いの?
「まあなぁ、うちの攻撃も色気なかったかもな。もーちょい楽し気なヤツ掛けたるわ」
そして今度は、空気が震え出した。軈てラッパの音が空間に響き渡る。この楽曲は……
「さあご一緒に!」
そして都子さんは、大声で六甲颪を歌い始めるのだけど、これが驚く程の、ええと、なんと云うのか。
「うわぁああ、やめ止めヤメー!」
神田さんが両手を大きく振って止めに掛かるけど、都子さんは歯牙にも掛けず、調子っ外れに歌い続ける。
「これは……愉しくない!」
僕も鳥渡、耐え切れなくなったので、都子さんの歌声ごと遠くに跳ね飛ばして仕舞った。
「げぇほげほげほ!」
声を飛ばされた都子さんが、激しく咳き込んでいるので、治癒してあげた。
「ううう、少年よ、ちと今のは乱暴過ぎたんやないの。乙女に対してもぉちょい気ぃ遣いや」
「ごめんなさい……」
「都子さん! 歌! 酷過ぎますね!」
神田さんはもう少し歯に衣着せた方が……と思ったけど、都子さん余り気にしてない様で、ケラケラ笑っている。
「それも含めての攻撃やないの、敢えて、や、敢えて!」
「絶対違いますよね!」
「五十男が細かいこと気にしたらあかん」
「未だ四十七ですが」
「せやから、細かいちゅうねん!」
もうなんだか、上方漫才みたいで、見ているだけで面白い。話してる内容大して面白くないんだけど、雰囲気かな。あ、若しかしてこれも都子さんのフィールド? ――と思ったけど違った。単なる天然の雰囲気だ。
「ほな次はぁ……」
こんな調子で三日間、みっちり都子さんの色々なフィールド攻撃を受け続けた。基本的に都子さんの攻撃は得体が知れない。知れないのだけれど、知れないなりに跳ね返したり無効化したりと云うことが出来るので、余り気にはしていない。たぶん根本的なところでは二、三のパターンがあるだけで、後はその表現の仕方と云うか、表出の仕方と云うか、兎に角上辺の見え方だけを鳥渡ずつ変えているだけなんだろうなと思う。ある攻撃に対して有効だった手段が、その儘他の攻撃に対しても応用出来たりするので。
最終日、都子さんとそのことに就いて鳥渡だけ話し合ってみた。
「やはり君は、賢いなあ。そんなん本人かて余り認識しとらんかったンに。せやけど云われてみれば確かにその通りや。姉ちゃん薄っぺらやったわ」
「いや、そう云う心算で云った訳じゃないんですけど……」
「『つもり』とか如何でもえゝねん、事実が全てや」
そして都子さんは鳥渡考え込んで仕舞った。この時は神田さんが座を外していたので、都子さんに黙られて仕舞うと僕は所在無くなり、突っ立った儘ぼんやりと都子さんの様子を眺めているしかなかった。都子さんの髪は、青と灰色のメッシュの入った短髪で、その癖前髪が長く、目が隠れがちなので表情が判り難い。スカジャンにジーパンと云う凡そ女の子らしくない出で立ちで、その癖中に着ているTシャツにはでかでかとキティちゃんのプリントがしてある。ガーリーなのかボーイッシュなのか、判断に困る。体型はどちらかと云うと官能的なのだが、服装がそれを中和している感じがする。口元に手を添えて、腰に回したもう一方の手にその肘を宛がう様にして、凝と何かを考えている。僕の軽い言葉が、意図せず深く響いて仕舞ったらしい。
あんまりじろじろ見過ぎた所為か、都子さんがこちらに視線を向けて、鳥渡眉を顰めた。
「ああ、ごめんな、放置してもうた」
そして一つ大き目な息を吐いてから、「多分やけどな、次の案件では君と組まされることになると思うねやんか」
「そうなんですか? 次っていつ」
「まあ、もうちょい先やろな」
そう云いながら、都子さんは僕の横に来て、床に座り込んだ。それでなんとなく目線の高さは合ったんだけど、僕も横に並んで座ってみた。
「年明けてぇ、春が来てぇ、そのちょい先ぐらいかなぁ。いや知らんけどな」
「他にも誰か……」
「だから知らんて」
都子さんは眼だけ動かして僕を見た。
「なんや気になることでもあるんか」
「いやっ、べ、別に」
「聞いとるでぇ」
にやっと笑ってこちらを振り向いた。一気に顔が熱くなる。
「なんや、好きな子おるねんな?」
「いやっ、そう云うのでは」
「えゝねんでぇ、若い内は素直であらな、なぁ」
「だってほんとに……」
耳朶迄ポカポカしている。都子さんもこう云うこと弄って来るんだ。まあ、そんな気はしていたけれど。
「そやなぁ、テレパスだのテレポートだの、使い勝手良過ぎるからな。大抵呼ばれるんやろなぁ。うちなんかは使い辛いから余り呼ばれんけどな」
「そんなことない、都子さんだって素敵です!」
「ぁあん?」
「いやその……鳥渡間違えました……」
声が小さくなって仕舞う。
「君プレイボーイの息子やてな。血は争えんなぁ。姉ちゃんコロッとイってまうか思たわ」
そしてケラケラ笑った。絶対本心じゃないし。
「まああれや、無節操にあちこち手ぇ出さんとけよ。女はそんなん一番嫌うからな」
「はい……って、だから、そう云うのじゃないので!」
「はいはい、そう云うことにしといたるわ」そして都子さんは、お尻をパンパン叩きながら立ち上がると、「取り敢えず今回の訓練はこんなもんやろ。また来年、案件でな」
そして颯爽と立ち去って行った。去り際の後姿が、ちょっと恰好良いなと思って仕舞う。
暫くして神田さんが来たので、都子さんが帰ったことを告げた。
「そうですか。では今回はこれで。帰り支度が済んだら声掛けてくださいね」
支度と云っても大したことはない。着替えなんかはみんなここで用意されていた衣装だし、来た時に着ていた服は洗濯されて更衣室に置いてある。殆ど着の身着の儘、手ぶらで来たので、着替えるだけで直ぐに帰れる。
更衣室で着替えを済ませて戻って来ると、神田さんは同じ場所に立った儘待っていた。
「では行きますか」
そして空を経由して、名古屋の自宅への帰路に就いた。
それにしても、僕の周りを年代問わず様々な女性が取り巻いているのは、因果なのか、業なのか。父の呪いか己の定めか。こんなこと迄受け継がなくても好いのに。自宅迄の道すがら、僕は己の血を唯々呪い続けていた。
(終わり)
二〇二三年(令和五年)、十月、十三日、金曜日、赤口。
改稿、二〇二四年(令和六年)、五月、六日、月曜日、赤口。