四
忠国警備シリーズサイドストーリー。ユウキの話。
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合宿で佐々本さんと都子さんが話していた「X国案件」と云う奴には、僕も呼ばれた。指定された時間に部屋の窓を開けて、空を見上げながら待っていたら、クラウンさんの合図があって、その後直ぐに神田さんに上空迄引き上げられた。
雲の上では、知らない女の子が二人いた。黒髪を眉に掛かる位の所で切り揃えて、後ろ髪を肩の下迄垂らしている、鳥渡目付きのきつめな子と、少し赤味掛かった栗色の髪を首の後ろで束ねた、優しそうな顔をした子だった。黒髪の方にいきなり歳を訊かれて、なんとなく云い渋っていたら、心の中にその子の声が響いて来た。
〈さあ、あなたは何歳なのかな? おねぇさんに教えてごらん〉
テレパスで仲間内が繋がれると云うのは、事前に神田さんから説明されていて知っていたんだけど、多分夜晩くて眠かったのと、黒髪の子のペースに気圧されていたのとで、うっかり要らないこと迄、無意識の内にその子に送り返して仕舞った。
〈八歳だよ、君よりもう一人の娘の方が、僕は好きだ!〉
黒髪の――蓮と云う名のその子は、瞬間驚いた様な表情を見せたけど、直ぐニヤリと口許だけで笑って、「八歳。そっか、確かに見た目よりはオトナだね」と云うので、自分がテレパスしたことにその瞬間気付いていなかった僕は、「えっ、なんで?」と、みっともなく狼狽して仕舞った。次に自分がテレパスで要らぬことを告白したと気付いた時には、顔から火が出る思いだった。
栗毛の娘は知佳さんと云う。鳥渡「お母さん」ぽい所があるんだけど、別に僕の母に似ている訳ではない。「よろしく」と云って手を差し出すので、確り握り返して仕舞った。暫くドキドキが止まらなかった。なんだか変な感じだ。
その後も蓮さんは、何かと僕を揶揄って、なんだか僕と知佳さんをくっつけようとでもしているかの様に振る舞うんだけど、別に僕は、知佳さんと如何にかなりたいとか思っている訳ではなく。素敵な人ではあるのだけど。だって未だ子供だし。ねぇ。
夏休みの合宿で訓練したことは、この案件の中でもそれなりに役に立った。バリアは元より、時間停止をする敵も出て来たし、なんだか盛沢山だった。その敵の人はピートと云う名前だったんだけど、何れまた何処かで逢える様な気がする。逢えると好いな、その時は敵ではなく、友達として。
勿論治癒の力も大いに使ったし、毒消しもした。毒消しの仕方を訊かれたから普通に答えたんだけど、判らないと云われたのは鳥渡ショックだった。でもこの感覚、能力持っていないと中々解らないのかも知れない。説明するのは難しい。
あとは、洗脳解いたりとかもした。解けない人、解き切れなかった人もいたけど、最終的には何とかなった。解けない人に就いては如何仕様もなかったけれど、その人が神田さんの息子さんだったりするので、少し心は痛んだ。
心が痛んだと云えば、敵が一人、目の前で爆死して仕舞ったのには堪えた。思わずお漏らししちゃって、その場の後始末もしない儘慌たゞしく撤退したので、あの後どうなったのか判らない。掃除した人ご免なさい。ズボンとパンツは、泊まっている部屋に戻った時に自分で水洗いしたけど、実はあの時の衣服も借り物だったりするので、それに就いても本当にご免なさい。このチームで、この仕事続けて行くのであれば、こう云うのにも慣れて行かないとならないんだろうな。未だに思い出したり、夢に見たりするので、一所懸命自分に対して心の治癒をしているんだけど、中々巧く消えてくれない。クラウンさんは日にち薬って云っていたけど、後は自然治癒力に期待するしかないのかも知れない。地味に辛い。
蓮さんや知佳さんも大分堪えていたけど、大丈夫だろうか。あの後蓮さん、なんとなく僕に対しての当たりが柔らかくなった様な気もする。否元々、そこ迄意地悪だった訳でもきつかった訳でもないんだけど。優しさは少し増した気がするんだ。気の所為かな。でも知佳さんが絶対的に優しいので、どうしても蔭に埋もれて仕舞う印象が……なんだか申し訳ないな。
帰りの別れ際、蓮さん少しだけ寂しそうだったけど。僕は知佳さんにハグされて、もうそれだけで幸福の絶頂だったから、気を回せなかった。後で家の布団に入ってから、妙に気になっちゃったんだ。また逢えるかな。逢いたいな、二人共。
兎に角この三日間は、本当に怒涛の様に過ぎて仕舞って、余り親交を深める様なことは出来なかった。卓球したり、ゲームしたりはしたけど、悠然話す様な時間は殆ど無かったな。あの二人とはもっと色々話し合いたい。歳もまあまあ近いし、普通では出来ない様な体験を共有したんだし。母や看護師さん達や学校の友達なんかにこの旅のことを話す訳にもいかないから、それで愈々話したくて仕方がない。流石にテレパスは遠過ぎて繋がらない様で、そうなら電話なりチャットなりしたいんだけど、二人ともスマホ持っていないし。小学生だったら持ってないのが普通だって判ってるんだけど。スマホが無い時代の人達って、こう云う時如何してたんだろう。矢っ張り手紙かなぁ。手紙の書き方も出し方も判らないよ。抑々宛先を聞いてない。ああもう、何かもっと、色々訊いておけば良かった。家の電話も矢っ張り聞けば良かった。家に掛けるのなんか怖くて、だから訊かなかったんだけど、ここ迄何も手が無いんだったら訊けば良かったんだ。家の電話なら教えられるって云ってくれたのに。
勿論知佳さんと一番話したいけど、蓮さんとも話したい。案件の間はずっと、何かといじったりツッコんだりして来たけど、たった三日間だけなのに無くなると変に寂しい。あの小気味よいリズミカルな蓮節が、矢鱈と恋しい、懐かしい。逢ったらまた喧嘩っぽくなるのかも知れないけど、それでももう一度逢いたい。なんだか常習性のある麻薬みたい。
そんなことを毎日の様に思っていたら、また母が居ない時を見計らって神田さんが来た。父が呼んでるのかも知れない。
「ユウキ君、その後の調子は如何ですか?」
開口一番神田さんは、僕を気遣う様にそう云った。
「なんだか寂しいです」
僕は正直に云ったのだけど、神田さんは鳥渡驚いた様だった。
「また皆に逢いたいな……」
「そうですか。またいずれ、機会があれば」
そう云うと神田さんは、父と話を始めた。報酬が如何とか云っていたけど、余り興味が無かったので僕はその場を離れて、三階の自分の部屋に行った。
あの三日間は写真も残っていない。極秘だったと云うのもあるけれど、スマホを持って行っちゃ駄目だったので、抑々写真を撮る道具が無かった。スマホを持って行ったら、GPSに拠って家に居ないことが母に知れて仕舞うから、持って行っちゃ駄目だと父に云われたのだ。記念写真位欲しかったな。任務と関係なく撮る分には、極秘に抵触しないのではないかな。今度逢えることがあればその時には、神田さんに頼んでみよう。
ベットでゴロゴロしていたら、部屋のドアをノックする音がした。この叩き方は父だろう。
「なーに?」
「入るぞ」
「いいよ」
小二の息子の部屋なんか、勝手に入れば好いのに、そう云うところ律儀なんだよね。
「お前大活躍だったそうじゃないか。父さん鼻が高いや」
そう云う割に父の声質は、稍低めだった。セージのことも聞いたのだろうな。
「まあ色々あったみたいだけど、良い思い出も辛い思い出も、必ずお前の血肉となるから、気に病むな。それでも辛い時は、父さんに云えよ」
「うん」
「一緒に行った人達とは、仲良くやれたか?」
「まあまあ」
「なんだそりゃ。先刻は寂しがっていたじゃないか。仲良くなれたんじゃないのか?」
「うんまあ、仲良くはなれたと思うよ」
父はそこで、顔を近づけて声のボリュームを落とし、囁く様に訊いて来た。
「女の子が二人いたってな、どっちが好みだった?」
「はぁ!? なにそれ、そんなんとちぎゃぁし!」
顔がカーッと熱くなった。
「ははは、なんだよ初心だな。まあ八歳なら初心か。でもその様子じゃあ、憎からず想える子が居たな?」
「知らんがぁ!」
堪らず顔を枕に埋めた。耳迄熱い。何でこんなに熱くなるのか判らない。
「お前が女の子好きなの知ってるぞ。毎日診療所で、キリちゃんと多恵ちゃんにちやほやされて、デレデレしてるそうじゃないか」
なにそれ、そんなことあるか、恥ずかし過ぎる。
「まあ、お前位の年頃の男子が年上の女性に好意持つのは、普通のことだから、気にすんな。お前の好きな二人の女の子に就いても、また聞かせてくれよな」
そう云って父は部屋から出て行った。何だかいつの間にか、僕が二人とも好きになったと云うことにされている。いやいやいや、そんなそんな、馬鹿な阿呆な。節操のない。あり得ない。父よあなたは、一体全体。何をか云わんや。
顔がポッポポッポして、独りになっても全然枕から離れられなかった。どっちが好きとか、そう云うのじゃないのに。知佳さんの顔と蓮さんの顔が交互に思い出されて、もう駄目だ、僕はこの儘死んで仕舞うに違いない。――空想の知佳さんが僕の右腕に絡み付いて来る――左腕には蓮さんが――二人で僕を見詰めて優しく微笑む。何この天国――二人の顔が近付いて来て、――僕の両頬に同時に軽く口付けた。
「うひゃあああああ!」
ガバと跳ね起きた。何だ何だ。夢? 今寝てた? ななななんちゅう夢を!! 心臓がドッキンドッキン止まらない。僕はなんてふしだらで怪しからん奴なのだ。父の所為だ。こんなの絶対、先刻の父の言葉の所為だ! こんな状態で二人になんか逢えるか! くっそぉおお、父め!!
どたどたどたと階段を下りて、居間のドアを勢いよく開けた。父と神田さんが驚いてこちらを見る。
「と、父さんの、たぁけ!」
「えっ、如何した?」
「全然そんなんじゃなかったに! もう二人の顔、真面に見られにゃぁでねえか!」
「あぁ……ははははは」
父の奴笑いやがった。
「あはあは、いやまぁ、気にすんな」
「気にするがな!」
「ユウキ君感情的になると、方言丸出しになるんだな」
神田さんが感心した様に云うので、一気に恥ずかしくなって何も云えなくなって仕舞った。
「あのなユウキ君、君の父さんは元々そう云う思考パターンしか無いんだよ」
「鳥渡、シンさん!」
「でなきゃ由紀さんと電撃結婚なんかしないって」
「僕は何時でも妻一筋ですよ!」
知ってるよ! 父は母にベタ惚れだよ! そんなん気付かないとでも思ったか!
「今はそうでも昔はなぁ」
「シンさん、昔のことはこの際……」
何があったんだ。僕は軽蔑の眼差しで父を見た。
「いやいや、ヒロ、違うんだって。父さんは何時でも誠実で純真で一途なんだ」
なんか似た様なセリフを吐いたことがある気がする。一気に自己嫌悪が襲って来る。
「と、父さんの話はこの際どーでもええが!」
収まらない。納まらない。心が如何にも治まらない。抑々僕はなんでこんなにも取り乱しているのか。そう思った瞬間、すっと心が楽になった。
「父さん、なんかしたな」
「ヒーリング、ヒーリング。唯のヒーリング」
「便利な親子ですね」
なんだか場が白けて仕舞った。
「好いよもう。父さんが昔プレイボーイだったってのはよく解ったよ。僕にもその血が流れているかと思うと、うんざりするよ」
「語弊があるぞ。父さんは博愛主義者だったんだ。ヒロも皆を等しく愛すれば好いんだ」
「もう好いって」
神田さんがはらはらしながら見ているので、なんだかちょっと罪悪感を感じて、罪滅ぼしに薄く微笑んで見せた。
「神田さん、大丈夫、僕は父さん大好きだから。仮令女たらしだったとしても」
「おーい!」
父が慌ててツッコむので、それが却って可笑しくて、神田さんと二人で笑った。父も遅れて、照れ臭そうにしながらも笑っていた。