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メルハ17歳

「お兄様にお子が生まれたの。お祝いをするからいらっしゃいって」


 招待状を手にして「一緒に行きましょう!」と押し迫る勢いのメルハにカレヴィは頷いた。


「めでたいな。日程を合わせよう。いつだ?」


「三ヶ月後よ」


 カレンダーを引っ張り出して、日付に書き込む。二週間ほど滞在しようとのカレヴィの提案に小刻みに頭を動かして賛成した。


 グルーウィス王国にメルハがやってきた手段は船での渡航だった。

 今回イブリーカ帝国へ行くにもてっきり船に揺られて海を渡るのだと思い込んでいたメルハはヘルメットを渡されて異変に気づいた。兄夫婦へのプレゼントとともに胸に抱えて三秒待ったが、手違いであると思ったヘルメットは回収されない。

 カレヴィと向かう先には戦闘機(ファイター・ジェット)旅客(パッセンジャー)(・プレーン)がある。整備士たちが慌ただしく最終点検をしたり手旗で信号を送り合ったりしていた。


「……船着場まで航空機で行くの?」


「いいや。イブリーカ帝国の城まで飛ぶぞ」


 旅客機、ではなく戦闘機の縦に二つある席のうち、後部座席に座らせられる。

 管制塔と会話しているな、と眺めているうちに離陸していた。後ろには荷物や護衛を乗せた旅客機が続く。貴人と護衛の席が逆転しているが、カレヴィが自分で速い機体を操縦したがった結果だ。高度が安定してからパイロットはメルハに話しかけた。


「そういえば。船に乗りたかったのか?」


「グルーウィスに来るときは船だったものだから船だと思い込んでいたの。早く行けるのなら早いほうが嬉しいわ」


「なら戦闘機で正解だったろう。二週間まるまる遊べるぞ」


「ええ……、ありがとう」


 一週間は往復の移動時間で潰れる覚悟だった。

 正直なところ、生まれて初めての戦闘機に悲鳴を上げそうなほどドキドキしている。近所を散歩するのと同じくらいの気構えで操縦桿を握るカレヴィにもいつか慣れるかしら。慣れてしまっていいのだろうか。

 年上の彼はいつも泰然としていて、いちいちメルハの言動に動じることがない。慌てふためいてほしい、というわけではないけれども、メルハが感じるようなときめきや緊張を与えるにはどうすればいいのだろう。

 婚約及び結婚を受け入れてはいるようだけれども、どうせなら好きになってもらいたい。この人に愛されたい。

 そう願ってしまう。




 元姫だから、イブリーカ帝国の離宮に賓客として宿泊するのは初めてだった。主宮から離宮の外壁を眺めることはあっても、中を客として歩き回ることはなかった。婚約中とはいえ正式な夫婦ではないのでカレヴィとは別部屋にされてしまったことは不服ではある。


 天井や壁の色調やら、ところどころ彫られた意匠に国の特徴がでていて懐かしいと感じてしまう。


 気を取り直してカレヴィに宮中を案内していたら、兄と鉢合わせた。腰を低くしてメルハが口上を告げる。


「王太子殿下。この度は……」


「いいから。おいで私の妹姫」


 口元がむずり、とした。勢いをつけて広げられた腕に飛び込む。十四で国を出てからもう三年が経つ。妹を送り出したときすでに成人していた兄とは違い、メルハはこの三年で縦にも横にも成長した。が、受け止めた腕は変わらず頼もしい。


「お兄様」


「うん。大きくなったね」


 勢いのままくるりと回されれば、カレヴィが眩しそうに目を細めていた。男同士は握手を交わして肩を叩き合う。カレヴィに対しても、王太子は礼法を求めることなく素の姿でいた。


「時間があるならついて来てくれ。君たちを迎えにいくところだったんだ」


「王太子妃殿下は」


義姉(あね)と呼んでやっておくれ。喜ぶから。これから会えるよ」


 散歩にでかけるような気軽さで、王太子夫妻の住居に連れて行かれた。

 廊下を出て中庭を横切り、兄の持つ宮殿が見えてきた。

 中にいる人物たちに妹とその婚約者だ、と紹介される。


「まぁ。どちらの騎士かと思ったわ」


 とは、カレヴィを初めて見る兄の嫁、王太子妃の発言だった。軍の礼服で訪れたカレヴィは堂々としている。がっちりした肩幅もあり、王太子と並べば筋肉の厚みが一目瞭然。体に負担をかけぬよう寝そべる王太子妃にはお辞儀をした。


「騎士と名乗れるほど高潔な戦い方はしておりません」


「おかげで早々と本拠地叩かれてほぼ無抵抗制圧、だったもんなぁ」


 男二人は戦争当時を思い出す。グルーウィス側が敵陣地に入り込み情報を駆使して現場を混乱させた。イブリーカ側の上官が気付いたときには降伏させられていたとか。 



 王太子妃は赤子用ベッドを覗き込んで、手でゆらゆらしている。


「お義姉(ねえ)様。ロメト殿下を見せていただけますか?」


 心待ちにしていた、とばかりにきゅっと義姉の口端が上がる。兄の助言が効いた。


「ええ、もちろん」


 首が据わった赤子を抱かせてもらった。

 初めての甥っ子にメルハは目尻を下げに下げている。ぺたりと胸に引っ付けたもちもちお肌はしっとりあたたかい。腕の中でどんどん重みを増している気がする。


「赤ちゃんて重いのね……」


 カレヴィに渡すと、彼はぷうぷう音を発する小さな生き物を両手の上に寝かせる形で受け取ったまま固まった。


「軽すぎて恐ろしい」


 出て来たのはメルハと正反対の感想だった。王太子が笑いながら、泣きの兆候を出した息子を引き取る。


「加重されることには慣れているが、逆は……」


「ならばメルハでも抱っこしておいてくれ、カレヴィ殿」


 義兄の言葉に疑念なく、メルハの脇に手を入れて持ち上げた。ぐっと眉間にしわが刻まれる。


「軽すぎる……」


「なにをがっかりしてらして?! この持ち方はなんなの!」


 二人の関係性は清らかなのが見て取れる。王太子は兄として胸を撫で下ろし、王太子妃はよいものが見れた、ところころ笑う。


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