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メルハ16歳

 燦々(さんさん)と太陽がうるさくなる季節がやってきた。


 ソンダーブロ州には海もある。よって独学で泳げる者が比較的多い。反対に軍に入ってはじめて泳法を習う新兵も少なからずいる。

 夏には新兵向けに水泳の講習を開くのが恒例だった。

 カレヴィから講習の話を聞いて、メルハは興味を示した。


「わたくし、海を見たことはあっても入ったことないわ」


「泳げて損はなかろう。海に行く前に練習してみるか」


 肌をさらすことに抵抗のあったメルハは薄い布地の水通しのよいキュロットワンピースを特別発注してもらった。








 総帥の息子が婚約者を連れてくる。

 通達があっても、過去に何度も連れて来ていたために基地内部は平生そのままだった。

 しかし噂の彼らが水上訓練用のプールにやってきたことで、泳法の受講者たちはどよめいた。


 腰から膝までを水着で隠したカレヴィの上半身は堂々の裸で男女の目を集めた。ほとんどはその整った顔及び肉体への羨望である。

 彼が日中に基地内を襟を詰めた軍服を着て見学することはあれども、施設を利用するには兵の訓練を邪魔しない早朝や夜中に限っていた。それがメルハを連れて、昼間から訓練生と同じ空間にいる。


 プールに浸かっている若き受講者たちも似たような姿なのだが、メルハは一瞥もくれない。

 








 水上訓練にも使用する潜水用のプールのため、梯子のついた一番浅い部分でも一.五メートル。つま先立ちしたメルハの額がやっと出る。最深部では十メートルにもなると言って、メルハはふくらんだ浮袋を両腕に装着させられた。年相応の大きさをした胸よりも存在感があって不格好すぎる。


 プールの縁に立つ教官は上にチューブトップ型、下はホットパンツのように裾が平行になった水着をまとった女性だった。水着の中間にはうっすら割れた腹筋、縦長のへそとはっきりしたくびれがある。

 水中のメルハは息も絶えだえに訴えた。つま先で飛び跳ねながら。


「カレヴィ……っ、見てはダメ、よ!」


「……何を?」


 皆目見当がつかない、とカレヴィは瞬いた。水の中にいる間、視線はつねにメルハに向いている。新しい環境にいる子どもから目を離してはいけない。水場は浅くても危険だ。


「……いいわ、訓練をはじめてちょうだい」


 何ひとつメルハの言いたいことは伝わっていない。説明を諦めた。

 カレヴィはメルハの掴まる浮板を引っぱって、壁伝いにプールの深い場所へ導いていく。


  ーー来年には、わたくしだって上下分かれた水着を着こなせるくらいには胸も……、でもお腹を出すのは、は……恥ずかしいわ!










 ぷるぷる、と頭を振ったときに水が跳ねる。メルハの仕草はまるで水から上がった子犬のようだった。


「イブリーカからのお(ひぃ)さん、めちゃくちゃ若頭のこと意識してるよな……」


 新兵は海のくらげのごとく水面浮上の練習をしながら、ぶくぶくと酸素を吐いた。周囲の五人も同じものを見て泡を吐いている。


 教官の笛の合図に合わせて息を吸い込んでから潜った。

 カレヴィに必死に着いていくためにバタ足から学ぶメルハ。水面下では長い裾も捲れて、日の光を知らない骨までやわらかそうな真っ白いふくらはぎが上下している。


 隅っこを借りて、休憩を挟みつつ真面目に泳ぎを練習する姿は、というかここに幼い女子自体がいることが珍しい。カレヴィを上目遣いに見つめて何か教わるたびに「はいっ」とはきはき返事をする横顔。訓練漬けで干からびかけた新兵たちの心を滝水を浴びせた海綿のように膨らませ、同時に鷲掴みにした。溢れるのは愛しさだ。


 ピンクのまるい鼻先にかかった水の滴る前髪をカレヴィがどかしてやったとき、「これは……。」と新兵たちはお互いの伸び切った鼻の下を見て思考の一致を知った。


 二時間も水泳の特訓をしたらカレヴィはプールの外に出るように指示する。


 手すりを頼りに縁に立ち、細い体はがくりと体勢を崩してプールに倒れ込んだ。勢いに浮袋から腕がすり抜ける。


 白波が立つ。泡に次ぐ泡がのぼる。メルハはカレヴィの名前を呼ぼうとして泡ぶくを飲んだ。


 カレヴィはすかさず水中に飛び込み、パニックになるメルハを掴まえて落ち着かせた。プール内にいた新兵たちも放っておけず集合してくる。勢いで波立った。カレヴィがそれらをしっしっと散らす。がっくりとしつつ筋肉だるまたちは平泳ぎしながら離れていく。

 肩に担いでから陸へ上がり、メルハを近くのベンチに座らせた。

 水も多少飲んでしまったが、深刻な影響はない。


「ご迷惑を……」


「海にも入ったことがないのだったな。水の中にいることすら慣れていないだろう。私の配慮が足りなかった」


 年若い婚約者は軍人ではない。運動を日課としない十六歳の少女の運動能力を高く見積りすぎていた。水の抵抗もあり水中で動くにはとにかく疲れる。講習を終了するころには、体力を消耗しきっていた。


 カレヴィが顔を寄せた、と思ったら体が宙に浮いて「きゃあっ」と声が出る。

 かわいらしい悲鳴にその場の誰もが注目した。演習の日々で聞こえるのは野太い「ぐえっ」「へぼっ」「ぎぃやぁぁぁ」とかばかり。「天使だ、天使がおる」とどこからかこだました。


「医務室か、着替えが先か……」


「体はなんともないわ」


 迷うカレヴィに、更衣室へ連れて行って欲しいとお願いする。


「時間をかけていいから、休め」


 そっと更衣室前に下ろして、カレヴィも着替えのため男性用更衣室に入って行ってしまった。ペタペタと気の抜ける足音は五分ほどして戻ってきた。


「みなさま、お騒がせいたしました」


 着替えを済ませたメルハはプールにいた受講生たちにぺこりと頭下げた。髪も濡らしたまま、早く謝罪をしたかったと見える。


 ごつくて山のような者ばかりに囲まれた生活の中で、メルハは大きな癒しとなる。

 少女は知らぬうちに新兵の士気を上げていた。

 心配の掛け声の後からあとから男たちの叫びが繋がっていく。


「ぜひまた講習をご一緒したいです!」


「カレヴィ様に連れて来ていただいて!」


「筋肉痛に気をつけてください!」


「ありがとうございました!」


「ごちそうさまでした!」


「おかわりお願いしまぁっす!」


 後半の声掛けには首を傾げつつ、「次回もよろしくお願いしますわ」と微笑む。訓練の邪魔をしてしまったため、もっと厳しい目で見られるかと予想していた。受け入れてもらえたようでほっとする。



 更衣室を抜けてプールとは反対の扉から出ると、カレヴィが待っていた。


「あの方たち、お昼抜きだったの?」


「食事は摂らせている。なぜだ?」


「ごちそうさま、とかおかわりを、なんておっしゃってたわ」


「……気にせんでいい」


 愛らしいメルハの姿をごちそうさま、であり再度の来訪を待つ、という意味でおかわりなどと言ったのをカレヴィは理解したが伝える気になれなかった。


ころころ視点変わり過ぎて読みづらかったらすみません。


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