メルハ15歳
姫を家に受け入れて一年、彼女はソンダーブロの雰囲気に慣れてきた。
「カレヴィ、わたくしを軍部基地に連れていって」
頼まれた婚約者は、片眉を跳ね上げた。
「何を見学したいのだ?」
「医術とまではいかなくても、簡単な手当てを学ばせてくださる? 包帯の巻き方くらいは覚えたいわ」
「医療班に入りたいのか」
「そんな大げさにしなくていいの。見学しながら、わたくしができそうなことを探すわ」
幸い戦時中ではない。深刻な怪我をした者はいなかった。
瞳も大きな少女が綿のようにやわらかな手で、擦り傷や捻挫にさえ真剣に取り組んでいる様に、癒しに飢えた軍人たちは拝みだす。医務室がちょっとした参拝場に成り代わりはじめた。
応急処置道具の使い方を学び、仕分けや収納方法を覚えて片付けもした。
使用後の用具の廃棄も人任せにしなかった。感染症が拡がる危険性を理解して、関わる人の手を最小限にするため自ら動いている。
軍の医療班にひっついてまわる間に、人形相手に心肺蘇生法も習得したし、止血も実践経験を積み、近頃は傷口の縫合なんかも練習しだした。
「ここまでするとはな」
見るだけに留めていたカレヴィも、メルハの徹底的な根の詰め方に感心してくれたようだ。
「ズーアプラーナ国のお友達から感染症の恐ろしさは聞いていたの。それが始めようと思ったきっかけかしら」
かの国民は感染症に弱い。どのような感染症に晒されてきて、有効な対策法も友人は手紙で教えてくれた。
道具を洗って肌荒れする手にも構わない。
「そういう意味ではない」
「敵国の姫だったわたくしは、受け入れられる努力をすべきなのでしょう?」
いじけて八つ当たりしてしまったメルハに、当時カレヴィは「愛される努力をしろ」と叱った。
「それはーー」
「脅したかっただけなのよね。わかってるわ」
反抗するメルハはあまりにも子どもだった。自覚がなかった。この縁談は、彼が希望したものでもない。イブリーカ国側がぜひにと持ち込んだ。けれど、彼は成人もしていない少女を婚約者として尊重する意志を見せ、歩み寄ろうとしてくれた。メルハも覚悟するならば、手に手をとって生きていける。
お得意の眼光の鋭さはどこへやら、カレヴィはメルハを見つめる。
「守ってやると言っただろう」
目の届く範囲にいるならば、と限定されてはいたけれど。屋敷の外では、カレヴィはメルハのそばを離れたためしがない。監視としての線も否めないが、他国の元姫が接するあらゆることに気を配り、返す反応によって改善しようとしてくれた。
気に食わない婚約者が生意気なままでも、彼は態度を変えなかっただろうと思う。言葉でなくとも大事にしてくれる人を、メルハは嫌うことなどできない。
「わたくしに守られるだけの価値があると証明させて。
……ソンダーブロでどのように生きていけばいいのか、まだわからないの」
「何か特出した技術を持っているから、で嫁にもらうのではない。せいぜい笑顔でいることだ」
やはり子ども扱いか。カレヴィはメルハに求めるでも期待するでもなく、お人形でいて欲しいのだろうか。母国でも姫としての教育を完璧に修了できなかった。途中で戦争が起こり、終結しても安全な地へ逃げろと追い出されてしまったから。カレヴィの誇れる嫁となるために手当たり次第、有益なことを身につけたかった。
「だが、学びたいことがあるのなら止めはしない、好きにするがいい」
メルハは「ありがとう」と笑顔を浮かべた。
大人のカレヴィにとって、十五歳の少女との恋愛は「ふざけた」ことらしいので、長期戦でねばるしかない。
カレヴィの言い分が「特別なことができずとも、ありのままのお前でいい」という意味だと気づくのに、これから何年かけたことか。