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メルハ14歳(2)

「メルハ、入るぞ」


 前触れもなくカレヴィはやってきた。内鍵をかけており、メルハが認めない人間はーーと言ってもただ一人だったがーー決して入れないようにしている。

 陰鬱なドアをマスターキーでこじ開けたカレヴィは少女を見た。


「は、入っていいだなんて言ってないわ」


 だらけた姿を人に見せるのは決まりが悪いようで、すぐベッドから体を起こした。使用人が衛生は保っているはずなのに、室内は湿地帯のようにじめっとしている。色素の薄い頭髪からカビが生えていないか目視してしまった。


「私の屋敷だ。本来入れない場所などない。それより見せたいものがある。来てくれないか」


 連れ出した先の庭では、一部を深掘りしてある。区分けするためにレンガが組まれている途中だった。作業していた二人の男が当主の姿を見て下がっていく。


 端には育苗用ポリポットに詰められた数種類の植物が並んでいた。いずれもイブリーカを代表する。赤い花をつけるセイヨウナナカマドは街路樹として彼の国で多く植えられていた。紫の実をつけるビルベリーは食用にもなるし、鑑賞植物でもある。スズランの苗やスモモの樹も揃っていた。海を越えたグルーウィス王国にはもともとない外来植物たち。種が飛ばないように、根が伸びすぎないように配慮してまで、わざわざ専用に場所を確保している。


「他にも植えたいものや配置にこだわりがあるなら今のうちに教えてくれ」


「こんなことをして、わたくしのご機嫌取りですの?」


 幼い婚約者は浮かない様子でいる。これでころりと態度を改善してくれたなら楽だったが。


「なにが気に入らんのだ?」


 真正面から訊いたら黙った。現段階でメルハから好かれようと立ち回る以外の何ができるというのか。和平の証のためにひとりきりでグルーウィスへやってきた少女に、居心地よく過ごしてもらえれば国家間は友好を保てるだろう。


「こちらは受け入れる努力をしている。そちらも多少譲歩してくれてもいいだろう」


 いつまでもツンツンと意地を張り続ける少女に嘆息を禁じえない。平民の十四歳なら子どもっぽくもあるだろう、だが王族の十四歳はもっと成熟しているべきだ。爛漫が取り柄なだけの少女であっては困る。


「わたくしは義務でこちらに来ました。あなたに差し上げる愛などございません」


「誰が愛だの恋だのふざけた話をしているのだ?」


 生ぬるい。

 そんなもの、毛の先ほどだって期待するものか。十四の子どもから「愛してる」など聞かされるなどあほらしい。


 風を感じる。

 緊迫した戦闘に身を置いたことのあるカレヴィには、その小さい手のひらは極限まで遅らせた秒刻みの活動写真の(コマ)のように映った。避けることもできたが、ぺちりという衝撃を甘んじて受ける。こういった手合いは空振りすればさらに怒りを増長させるだろう。


 長旅のあと引きこもっていたせいか少女は一時的に神経薄弱なのかもしれない。不満の発散を促すべきかとも思った。

 紫紺色(マルベリー)の目にかかる波打つキャラメル・ブロンドを払いもせず、カレヴィは忠告する。


「私はこれでも敬意を持って接しているつもりだが、メルハからは拒絶しか感じられない。その態度を続けるつもりならいい加減目こぼしもできんぞ」


 これまでは寛大でいてやったのだ、と上から目線にメルハは頭に血をのぼらせる。『歳上をかさにきてこの男は。』と読めた。


「国と国との繋がりを軽んじているのはどちらなのかよく考えろ」


 姫君のメルハに頭ごなしに説教をかます人間はいないに等しい。とくに男からは教師であろうとこんな物言いをされるなんて想像したこともなかったはず。


 おもむろにカレヴィが手を伸ばした先には未使用のレンガが積み上げられていた。一片を拾って軽く投げて回転させては掴む。メルハがその面白くもない曲芸に集中しているのを感じて、ぐっと手の甲に骨の筋と血管を浮かばせる。レンガにヒビが入り破片となって地面に落ちた。


「ここはイブリーカ帝国ではない。敵国側だった王女が溶け込む努力もせずに無条件に愛してもらえると思い込んでいるうちは社交の場にも出せん」


 敵、と言われてさぁっとメルハの血の気が引く。何を想像しているのか容易にわかる。『軟禁でもされるのか。部屋に閉じこもりはしてきたけれども、鉄格子でも嵌められるとか。』そんなことはしない。


「とくに、相手の力量と性格も知らずに殴りかかるのはおすすめせんぞ。我がソンダーブロ州の連中は血気盛んだ。相手に暴力で反撃する理由をむざむざ与えてくれるな」


 喧嘩を売る相手の戦闘力、さらにはなにが怒りの起爆となるか、彼女は知るべきだ。

 手に付着した赤茶けた粉を叩いて落とす。


「私の目が届くところでは守ってやれるが、外で喧嘩を売るのは賢明じゃない」


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