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メルハ18歳

次話で完結するので同時投稿しております。

 婚約が成立して四年が経った。カレヴィとメルハは仲が悪いわけではないが、男女としての進展はないまま婚約は続いている。メルハは恋心を自覚しつつも、「好き」とは言えずにいる。婚約者から大事にされている感覚は心地よいが、淑女というよりも子ども扱いが(まさ)っていた。気持ちを伝えれば逆に距離を置かれてしまうのではと疑っている。


 ときたまカレヴィから肩を抱かれたりハグをされたりするところりといってしまう。この程度で正気を失っていてはそれ以上を夫婦としてやっていけるか自信がしぼむ。


 国際情勢も落ち着き、二人はメルハの友人に会うため旅行を計画していた。幼少のみぎりより親しくしていたメルハの友人は先日第五子を出産した。そのお祝いに。


「メルハ、悪いが旅行は延期だ」


 カレヴィは新聞を広げて、メルハは朝のコーヒーを楽しんでいた。


「まぁ。何かあったの?」


「北のパルサーレ州に収監されていた戦犯が移送中に失踪した。いまもどこをうろついているか掴めん。国は出ていないだろうが」


 戦争犯罪を犯したウルドゥーニャ・ラバルデは戦時中に捕虜を不法に虐待したとして裁判にかけられていた。数日前に最終判決が出て、イブリーカ帝国の牢獄へと身柄を移す途中に脱走した。

 彼を捕えるため州境の警備を強化する目的で、ゾンダーブロ州の軍部も出動要請を受けた。国外に出る交通機関は緊急停止か引き返すように指示されている。


「監視していたパルサーレ州のハンニネン家では汚名返上に躍起になるだろうよ」


 哀れな、とカレヴィは髪をかき上げた。





 独自に軍部を使って調査を始めたカレヴィは難しい顔で翌日の夕方戻ってきた。


「通信を傍受して録音しているが、どこの言語なのか暗号なのかさっぱりわからん」


「外国語なの? 語学ならわたくし、役に立てるかもしれないわ」


 元王女らしく、主要国の言語は習得している。カレヴィは少し思案し、試す価値ありと判断した。


「わからなかったら忘れるのだぞ。メルハが解読できたら万々歳だがな」


 ヘッドフォンを装着して、再生するよう促した。集中して一部でも理解できる単語がないか耳をすませる。


『オイヤッサンオイヤッサン、……シュッテンベジかいフッサラクンネにいっからすっげな。じっくんちな、よじでんよかっけね……』


 ハッと目を見開いて、手を上げて音声を一時停止させる。


「これ、暗号ではなくってよ。イブリーカ帝国の僻地の方言だわ」


「なんだと」


 カレヴィが目を見開く。


「軍事基地があった場所だったから慰安訪問で行ったことがあるの。吃音みたいな語調に聞き覚えがあるわ」


 ど田舎で、列車も通ってなければ車が通れるように舗装もない。簡単に行き来できない策源地ともあって、滞在に一ヶ月をかけた。いろいろなことが強烈で記憶に強く残っている。現地女性に通訳解説してもらいながら実践会話で勉強したものだ。滞在の最後日には聞き取りだけならば通訳要らずとなれた。


「もう一度始めから再生して」


 メモをとりながら、何度も再生して単語を書き出す。有益な手がかりどころか答えそのものが見つかったようだ。


「このシュッテンべジ、というのは地名だと思うのだけれど。イブリーカではなさそうよ」


 姫として恥ずかしくない教育を受けてきた。座学においても努力してきた。母国の地理は覚えているメルハの記憶にはない単語。


「シュッテンベジ? ……シュテン……ステンバジだ! 港だな」


 国の中央を過ぎた西寄りの後背地名に音は酷似している。大きく遠回りする逃走ルートか。


「フッサクンネは標準語でフサラークールと発音するの。イブリーカの南にある島よ。小さいけれど観光地なの。そこが目的地でしょう」


 机の上の世界地図に指を這わせて、ぴたりと一点を指す。木を隠すには森の中、というわけか。


「日付が十九日の四時って聞こえたわ。朝なのか夕方なのかわからないけれど……今日は」


 メルハは悔しそうに唇を歪ませる。一日遅かった。


「海軍空軍陸軍すべてに出動命令を出せ!」


 部下が敬礼して退出した。


「いいの? 時間が経ちすぎているわ。手遅れなのではなくて? これが正解だと断定できないのよ。わたくしの不確かな翻訳で振り回したくないわ」


「よい、メルハに賭ける。船だとすれば移動に何日もかかるものだ。出たとしてもまだ海上に違いない。空から行けば先回りもできる」


 興奮に頬を紅潮させて、カレヴィはにっこりとした。


「私も行ってくる。留守を頼むぞ」


 とっさにカレヴィの手を掴んだ。


「あの、気をつけて……」


 すがるような行為をしたメルハに驚いてみせたものの、掴まれた手を逆に引いて彼女を抱き寄せる。指先で前髪を避けて額に唇を落とした。


「終わったら直帰する」


 出動準備のために離れていってしまった。


 メルハはへなへなと座り込む。記憶のおぼろげな小さいころより家族から日常的に額や頬にキスをされた。それは子どもが受けるべきとうぜんの愛情であり、なんとも思わなかった。十を過ぎたあたりでは減ったけれども、公務で王宮を離れるときにはしてくれた。


 婚約でグルーウィス王国へ向かう別れ際にも。悲しみと失意の中にあって、触れ合いに喜びはなかった。


 でもこれは。心をざわざわと乱すものは。胸に走ったのは痛みだけではない。アーティサーリの屋敷に入ってからというもの、カレヴィが唇でメルハの肌に触れることはなかった。彼の気が昂った一瞬で、兄妹を真似た関係を破壊する決定的な一打を落とした。



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