メルハ14歳
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完結までの間に予告なく暴力、流血、残酷、(軽い)性愛描写が出てきます。
印象的なのは隠そうとした憂いさえその美の一部にしてしまっていることだった。この日のために美を凝らした応接間が彼女を引き立たせるための舞台のセットにも見える。
ただしカレヴィは少女の豊艶さに惑わされることがなかった。なにしろ見た目はともかくメルハは幼稚だったから。
「メルハ・ニッキーラでございます」
王族籍と引き替えに手に入れた伯爵家の家名はすんなり出てくる。名乗りを練習したのだろう。それも我が家と身分を等しくするためわざわざ養子に入ったというのだ。カレヴィにしかと向けられた目は薄紅がかった紫の虹彩をしていた。濃い警戒色を添えて。
「カレヴィ・アーティサーリだ。よろしく、メルハ」
取り繕うこともできたが、うさんくさい笑顔を作ることもせずにいた。
「……呼び捨てになさいまして? わたくしを?」
澄まし顔を歪ませた。伯爵家に下って以降も、初対面でぞんざいに名前を呼ばれたことなどなかろう。王族の余分な矜持を折る作業はカレヴィに任せられたということか。面倒を押し付けてくれる。
「私たちは対等な立場だ。結婚する相手を呼び捨てにしてなにがおかしい」
「わたくしは許していません」
「メルハが許そうが許すまいが私はそう呼ぶ。対外的にも仲がいいふりくらいは心がけるんだな」
再び名前を呼び捨てにした。
キッと睨まれる。顔合わせは失敗だ。女心を、とくに姫君の心を掌握するなど、しょせんカレヴィには無謀なことだった。ここで睨み合っていても埒があかない。
「部屋に案内する」
彼女のためにと用意したのは客間だった。屋敷の間取りから考えても家族用の部屋ではないし、室内も奥方の寝室らしく整えてはいない。ただ家具のブランドはイブリーカ王家御用達のもので、メルハも使い慣れているものを選んでいる。
「どうもありがとうございました」
心のこもらない感謝の言葉を最後に、グルーウィス王国に来て数日間、メルハは部屋から出ることを拒絶した。
若旦那のことが気に入らないのかと、執事やメイドが仲を取り持つために心を砕いて話をしようとも、うんともすんとも言わない。食事はイブリーカ帝国の味付けや盛り付けに似せて工夫していたからか、皿だけ返ってくる始末。二日もすると残す量が多くなってきた。
入室を制限した部屋で姫は囚人よろしく一人鬱々と過ごしている。
戦争が終結し、時代は平和へと移りゆくさなか。
イブリーカ帝国とグルーウィス王国の協定のために、王女メルハと若きゾンダーブロ州当主カレヴィ・アーティサーリの縁談が整えられた。
性急に事が進められたために、メルハは未来の夫と話すのはおろか顔を見るのも今日がはじめてだった。一国の姫に生まれたからには、ゆくゆくは国の益となる伴侶を求められる。他国へ行くことも可能性として視野には入れていた。だが、早すぎる。
十四歳の少女に二十二歳の青年と年齢の開きはあったが、グルーウィス王家や有力な他家では既婚か婚約者持ちばかりだったために独身のカレヴィが選ばれた。
身分差を最小にするため、姫は伯爵家へ養子に入れられた。
戦争自体は海上の孤島の占有権および排他的経済水域の拡張を狙って周囲の漁業権を争って始まったもの。イブリーカ帝国が総じて目論んだことではなく、愚かにも国境の領主が欲張り、勇み足を踏んでしまって起こった。アーティサーリ家を擁するソンダーブロ州の軍は領土の本拠地を落として和平協議に持ち込んだ。争点となった孤島は現在、中立地帯として両国の旗が立てられている。
海上での戦争中に複数の貴族が反乱に立ち、王家あわやという事件も重なった。未成年の元王女はグルーウィス王国に馴染めるようにと早期に送り出されることになる。お供は国境までは許された。アーティサーリ家にいれば護衛は無用、国境を過ぎてイブリーカの騎士はつけられない。敵意なしと示すために侍女もなく入国してからは真実メルハひとりだった。
護衛そして侍女とは船の上で別れを告げた。
以上がカレヴィの知る彼女の背景である。
ご無沙汰しております、もしくははじめまして。
枝の先です。
複数作品を書き貯めてうだうだしている間に新年を迎えておりました……。
みなさまにおかれましては、わくわくできるお話にたくさん出会える年になりますように。
こちらは私の書いた別作品「つよつよヒロインは泣くより誰かを愛したい」のヒロイン、ベルッタの両親のお話になりますが、登場人物もちょっとかすってるだけくらいの別物なので、構わず読み進んでいただけますと幸いです。
こういう雰囲気のお話が好き〜〜というのが伝わるようであればいいのですが。ラブコメ(のはず)です。
どうか最後までお付き合いくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!




