7.2 No.3 ダンジョンを攻略せよ 隠しボス 後編
「みんな避けて!」
カウンター攻撃を攻略したと思ったのも束の間、ソーディアスが剣を振るうと弧を描く漆黒の巨大な斬撃がボクらの方に飛んで来た。
「絶対に当たっちゃダメだからね!」
その飛ぶ斬撃の性質は京香さんの次元斬と似ていて、空間を抉り取っているように見えて物理的な防御に意味が無いように感じられた。
もしかしたらさっきの未来を確定させるカウンターと同じで、必ず斬るという結果を確定させる斬撃なのかも。
「ちっ、めんどうな!」
『カマセ大丈夫か!?』
『このくらいなら大丈夫!』
ソーディアスはその場に留まりながら物凄い勢いで部屋中に斬撃を飛ばして来るから密度が凄いけれど、スピードはそれほど速くないから少しパラメータが低めのカマセさんでも余裕で避けられる。
真っ白な部屋の中で斬撃が黒いのはサービスなのかな。
なんて甘いことがあるわけないよね!
「皆、色に騙されないで!」
やっぱり白い斬撃も混ざっていた。
むしろ混ざって無かったら逆に不安になるところだったよ。
「私も活躍しないとな!」
「京香さん!?」
避けながらどうやってソーディアスに接近して倒すかを考えていたら、京香さんが最初にアイデアを思いついたみたい。
「バタフライステップ!」
ボクの知らないスキルだ。
京香さんはまるでダンスを踊っているかのように軽やかな足取りで斬撃を避けながらソーディアスに近づいて行く。その足取りはとても優雅でまるで蝶が舞っているかのようだ。
近ければ近い程に飛ぶ斬撃は避けにくいはずなのに、当たる気配が全く感じられない。避けるのに特化したスキルなのかな。
「びゅんびゅんびゅんびゅん、うるさいんだよ!」
固定砲台と化してひたすらに斬撃を飛ばして来るソーディアスの元に辿り着いた京香さんは自慢の大剣を叩きつけた。
「ちっ、やっぱりか」
そしてさっきのボクと同じくまた大きく後ろに弾き飛ばされた。
「いつまで続くんだよ!」
「さすがにそろそろじゃないかな」
ソーディアスの雰囲気がまた変わったけれど、撃破間近の時によくある発狂モードに近い感じがする。
『アアアアアアアア!』
さっきよりも大きな叫び声をあげたソーディアスは、再度剣を振るって斬撃を生成する。
でもソレはボクらの方に飛んで来ずに、彼女の周囲に停滞した。
『アアアアアアアア!』
そのまま幾重もの斬撃を生み出し、彼女の全身は斬撃で覆われてしまった。
『まるで斬撃のトルネードだな』
『あんなのどうやって近づけって言うのよ』
キョーシャさんの言う通り、斬撃はソーディアスを中心に天井付近まで渦巻いていて竜巻のように見える。
今度はアレを突破して攻撃をしろってことなのかな。
いや、それだけじゃない。
「おいおいおいおい、アレはちょっとヤバいんじゃねーか!」
斬撃に囲まれたソーディアスの姿が隙間から僅かに見えるのだけれど、彼女は剣を振りかぶって何かを溜めている。
その剣が光り輝く姿はキョーシャさんのホーリースラッシュを彷彿とさせた。
ただしその威力が桁違いだ。
「多分だけどあの攻撃の属性は無属性だから属性防御は無理だと思う。もしかしたらこれまでと同じように未来固定の効果もあるかもしれない。それにあの威力は……」
「ダンジョンごと吹き飛ばす勢いだな。早く手を打たないとマズいぞ」
京香さんの言う通り、このままだとダンジョンどころか周辺一帯が壊滅するかもしれない程の威力になりそうだ。今はまだこのボス部屋が崩壊しそうな威力でしか無いけれど、溜めはまだまだ終わりそうに無いしそこまで威力が高まる可能性は十分にある。
流石にこれはボクが速攻で潰さないとダメかな?
『ここは俺に任せてもらおうか』
と思ったらキョーシャさんが立候補して来た。
『俺の愛する町を、人を、破壊させてなるものか!』
格好良く憤慨しているっぽいけれど、作戦はあるのかな。
あの斬撃の竜巻は隙間が殆ど無いから中のソーディアスを狙って高威力の遠距離攻撃を当てるのはかなり難しい。仮に狙えたとしてもあの斬撃が隙間を塞いでガードしてきそうな気もする。
あれがバリアならばとてつもない威力の攻撃で破壊できるかもしれないけれど、何でも斬ってしまう斬撃だから力任せに破壊するのも難しい。
キョーシャさんはスライムの時に無理だと分かっていて無茶したらしいし、今回もそうじゃないか少し不安だよ。
『カマセ!』
『うん!』
どうやら一人で特攻するつもりだったなんてことは無さそうで良かった。
恋人想いのキョーシャさんがカマセさんと一緒に死ぬなんてことは絶対にあり得ないから、作戦があるのだろう。
『周囲のアレは未来属性だ』
『…………分かった!』
あらら、これだけの会話でソーディアスの方に向かっちゃった。
「それじゃあボク達は念のため後ろで見ていようか」
「いいのか?」
「大丈夫だよ。信じよう」
と言いつつも失敗した時のための保険をかけちゃうけれど、怒らないでよね。
「す、救?」
「気にしないで」
拳に闘気をためて、アレが放たれてしまった場合に殴り消し飛ばす準備をしながらキョーシャさん達の様子を確認する。
キョーシャさんは剣に聖属性の力をためながらゆっくりめで走り、その後ろでカマセさんが何かに集中しながらついて行く。
そしてキョーシャさんが竜巻の手前まで辿り着いたその時。
『属性反転!』
なるほど、そう来たか。
『スキル鑑定』で竜巻を構成する一つ一つの斬撃が『未来属性』だってキョーシャさんが特定した。つまりやっぱりアレは『必ず斬る』という未来を確定させる性質なのだろう。
でもそれが属性として定義されているならカマセさんの属性反転の見せどころだ。
つまり『未来属性』が『過去属性』に変換される。
『必ず斬る』ではなく『必ず斬った』の過去形になり、今その斬撃に触れたとしても斬ったのは過去のことなので全く影響が無くなってしまうんだ。
でもあれだけ大量の斬撃全てに対して属性反転をかけるのも、未来属性なんてレアな属性を反転させるのも並大抵のスキルレベルじゃ出来やしない。相当修練を積んだんだろうな。
『オオオオオオオオ!』
カマセさんがソーディアスの防御を無効化したことで、キョーシャさんがソーディアスに向かって斬りかかった!
『アアアアアアアア!』
ソーディアスは溜めるのを中断してキョーシャさんを迎え撃ち、剣がぶつかり合う。
お互いに溜めたエネルギーが激しくぶつかりあい空間が激しく振動している。
でもこのままじゃキョーシャさん負けちゃうよ?
だってキョーシャさんの方が溜め始めるのが遅かったから、エネルギーの強さは明らかにソーディアスの方が上なんだもん。
『俺は負けない! 皆を、カマセを守るんだああああああああ!』
キョーシャさんの叫びに呼応して、キョーシャさんの剣に纏う聖なるエネルギーが爆発的に増大した。
「あれが『勇者』の力……」
「とんでもねぇな……」
誰かを守りたいと願う強い気持ちが力となる『勇者』オリジナルのスキル。
その効果は絶大で、特にピンチであればあるほどあらゆる力が向上する。
剣に纏った聖光は眩しくて見ていられない程に輝いているけれど、リスナーさん達はちゃんと見えてるのかな。かのんなら良い感じに加工してくれてそうだから大丈夫だと信じよう。
「あれでも互角なのかよ!」
「流石隠しボスだね。どうしよっか」
ボクのバフをかけて、『勇者』の特殊バフをプラスしてなお、隠しボスの一撃と互角で拮抗している。このままでは両者ぶつかり合いながら際限なく力を上昇させて、結局衝撃でこの辺り一帯が焦土と化してしまいそうだ。
後一歩キョーシャさんの力が上回ればそうなる前に押し切って倒せるんだけどなぁ。
『私の力も使って。キョーシャ』
なんと、属性反転を維持し続けるので精いっぱいのように思えたカマセさんがキョーシャさんに追いつき、その背中に手を添えた。ぶつかり合う二人の近くは激しいエネルギーが渦巻いていて立つことすらままならない筈なのにそんな様子は全く見られない。
『ああ、温かい力が流れてくる……』
すごいすごい。
キョーシャさんの力がまた一気に強くなった。
「あれはまさか『愛の力』か?」
「え、あ、愛?」
「流石に救はこういうのは知らないか。心の底から愛し合う二人限定のスキルで、お互いの能力を大きく向上させられるんだ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
そりゃあずっとソロでダンジョン探索していたボクが分かるわけないね。
『ソーディアス。これで終わりだ!』
『アアアアアアアア!』
愛の力を受け取ったキョーシャさんはソーディアスを押し込み、そのまま強引にソーディアスを斬った。
そう、今回は弾かれること無く斬れたんだよ。
つまりこれが意味していることは。
『見事……だ……』
激しく光るエネルギーと竜巻が消えてその場に残ったのは、カマセさんに背中に手を添えられて肩で息をしてどうにか立っているキョーシャさんと、膝をつき剣を支えにどうにか倒れないようにしているソーディアスの姿だった。
『勝った……勝ったぞおおおおおおおお!』
いやいや、なんでそうなるのさ。激しい打ち合いに勝利しただけでまだ戦いは終わって無いんだよ。キョーシャさんはそういう魔物のずる賢さを知っているはずなのに。
喜んでいるところ悪いけれど、その瞬間を狙っているかもしれないから油断しちゃダメだよ。
『ま、まてまてまてまて!』
キョーシャさんが不意を突かれる前にと慌ててソーディアスにトドメを刺そうとしたけれど、ソーディアスに泣きそうな顔で止められちゃった。
「すでに敗北を認めた相手に追い打ちをかけるなど、恥知らずが!」
「あ、日本語もお話し出来るんだね。でも敗北認めたなんて言いながらキョーシャさんを斬ろうとしてたでしょ」
「…………あまりにも油断していたからつい」
「ほらぁ」
やっぱりダンジョンの魔物は油断も隙もありゃしない。
「違うんだ。これは魔物としての性がそうさせただけであって、本当はだまし討ちみたいな卑怯な真似はやりたくなかったんだ。信じてくれ! そしてその物騒な拳をしまってくれ!」
「そんなこと言って油断させて攻撃してくるつもりでしょ。やっぱりここはしっかりと息の根を」
「ごめんなさい。私が悪かったです」
「えぇ……」
剣を放り投げて土下座とかどうしていきなり日本人っぽくなっちゃってるのさ。
しかも剣は命より重いなんてこと言い出しそうな雰囲気の癖に愛剣をそんなに雑に扱って良いの?
『す、救様。そのくらいにしてやってくれませんか』
『ガクガクブルブル』
「私は救に賛成だな。こいつは狡猾な魔物なんだぞ。動けなくなるまで徹底的に潰すべきだ」
さっすが京香さん、分かってるね。
『確かにその通りだ。俺としたことが一時の勝利に浮かれ見た目に騙されてしまったと言うのか。英国紳士としてレディを粗末に扱うことは許されない。女性型であるのはその深層心理を狙った罠だったのか!」
『ええ……キョーシャまで……』
キョーシャさんも直ぐにボクの気持ちを理解してくれたみたい。
「『本当に私の負けですから。もう何もしませんからこれ以上は止めて下さい!』」
おお凄いや。
日本語と英語を同時に話すなんてことも出来るんだ。
便利なんだけれど、絶妙に聞き取りにくい。
ボクには日本語だけ、キョーシャさん達には英語だけ聞こえるように出来ないものなのかな。
それはそれとして、と。
「そんなこと言って一番同情的なカマセさんを狙ってるでしょ」
「『…………魔物の性で!』」
最初の頃は正々堂々とした雰囲気の人だったのに、案外中身はこすい魔物だ。
『うそ、私狙われてたの!?』
『カマセを狙う卑劣な魔物め! 成敗してくれる!』
「『チイッ!』」
力を使い果たしたキョーシャさんの一撃はあまりにも遅く、軽く避けたソーディアスは土下座状態から器用にバックステップした。そして新しい剣をどこからか取り出して再度構える。
「『ここから第二ラウンドだ!』」
「残念ながらここでおしまいだよ」
「『えっ?』」
そうするだろうと思っていたので、ソーディアスのバックステップ先に先回りして移動していた。ソーディアスも疲弊しているのかさっきまでよりスピードは遅く、簡単に追い越せたよ。
そしてソーディアスの首を左手で掴み身動きを取れなくした。
右手にはさっきまで溜めていた闘気がまだ残っている。
「『ごめんなさい許して下さいって言ったら止めてくれますか?』」
「だ~め」
「『ですよねー』」
悪い事をする子にはおしおきをしないと。
「さ よ う な ら (は あ と)」
「『アアアアアアアア!』」
悪は滅びた!
――――――――
おまけ
「あの程度で済ませるなんて救は優しいな」
「細切れにした方が良かったかな」
『やっぱり俺が居なくても余裕だったのか。分かってはいたが、まだここまで力の差があるとは……』
『…………』
あれ、カマセさんの様子が何か変だな。
「カマセさんどうしたの?」
『いやああああああああ! ごめんなさい!ごめんなさい!私みたいなウジ虫が救様にたてつこうだなんて考えて本当にごめんなさい! だからもう斬らないで殴らないで!』
「あ~トラウマが発症しちまったか」
発狂する程のトラウマを抱えながらダンジョン探索をするなんて危険だよ。
でもそれだけキョーシャさんのことが大切なんだね。
「ソーディアスは完全に倒したから大丈夫だよ。それにもしまだ立ち向かってくるならボクがまた念入りに倒すから」
こうして殴ったり斬ったりして、なんておふざけ半分のジェスチャーをすれば少しは明るい雰囲気になるかな。
『いやああああああああ!ごめんなさああああああああい!』
「あ、あれぇ?」
安心させてあげようとしたのに一体どうして。




