3. 温水と京香のお話し(救はぷぎゃらせ中)
「槍杉さんの様子はどうかしら」
「いつも通り元気にしてますよ」
「それは良かったわ」
恒例の温水京香コンビによる雑談タイムである。
ラストダンジョン攻略に向けてやるべきことが山ほどあるのだが、その前に一度話をしておこうということで集まったのだ。
最初の話題はもちろん救のこと。
ゲームマスターとの会話の最終盤で倒れてしまった救だが、どうやらすでに目を覚ましていつも通りにぷぎゃらされているようだ。
「でも心配ね」
救が『救済者』と『勇者』という言葉に反応して苦し気な表情を浮かべていたところを、温水は配信映像で確認してからずっと気になっていた。
「槍杉さんの力になってあげたいのだけれど、何をしたら良いのかしら」
救の記憶に関することならば過去を調べ直せば何かが分かるだろうか。それとも超常的な何かであり第三者が察するのは難しい内容だったらどうすれば良いのだろうか。
救のことを実の孫のように可愛がっている温水にとって、ラストダンジョン云々よりも救の症状の方が気になって仕方なかったのである。
「その件で実は話がありまして……」
「あら?」
てっきり京香もまた答えの出ない同じ悩みを抱えているのかと思ったら、予想外に答えを持って来たらしい。
「救ちゃんが思い出したそうです」
「え?」
なんと当の本人が問題の原因を既に突き止めていたのだった。
「思い出したってことは記憶の問題だったのね。でも普通こういうのって、時間をかけて少しずつ思い出したり、関係する何かに触れて蘇ったりするものじゃないのかしら」
「私もそう思ったけれど、救ちゃんったら魔法で強引に思い出しちゃったみたいなの」
「なんて危険なことを……」
疲れていたとはいえ、辛そうな顔をして倒れてしまったほどの何かだ。トラウマと呼べるものだったり、防衛本能が働いて心の奥底に意図的に封印していたものかもしれない。それを強引に思い出そうとするなんて精神にかかる負担が大きすぎるに違いない。
「今ごろもしかして」
「四回目の会議中です」
「五回目の予約をしようかしら……」
果たして五回で済むのかどうか。
無理に記憶を呼び起こしたせいで、ある意味救の精神はダメージを負うことになってしまったようだ。
「それで内容は?」
「それは……」
京香の口から救が思い出した記憶とやらが語られる。
それを聞き終えた温水は小さく息を吐くと椅子の背もたれに体を預けた。
「あの子について唯一分からなかったことが、そう繋がっているとはね」
「私もびっくりでしたよ。まさかあの話がこういう意味だったなんて」
温水は救について徹底的に調べてある。
その結果分かったのは、ごくごく普通の家庭に生まれたごくごく普通の子供ということだけだった。先祖を遡って特別な人物がいるわけでもなく、あまりにもありふれた環境で育った日本人。
ただ救の過去の中に一つだけ、何が起きたのか曖昧な点があり、それを彼女達はずっと気にしていた。その答えが唐突にもたらされたのだ。
「それで槍杉さんはなんて?」
「そっとしておいて欲しいそうです」
「あの子ならそういうわよね」
封印ダンジョン攻略に向けて強い探索者が一人でも多く欲しいこの状況で、できればそっとしておきたくは無いのだけれど、ここで打算的に動いたらゲームマスターが言う滅びの未来一直線だろうと温水は考える。
「それならこの件についてはここまで。調べることもしないわ」
「それが良いと思います。救ちゃんにも誰にも言わないように強く言っておきましたから」
「ありがとう。助かるわ」
救がそっとしておいて欲しいと願ったのだ。それを叶えない訳が無いのであった。
ということで、この件についての話はここまでとして、別の話に移り替わる。
「悪田達の様子はどうですか?」
「半数くらいが目を覚ましているわ」
「トラブルにはなってませんか?」
「うふふ、なってるわよ。大騒ぎで困っちゃう」
などと言いながら楽し気で全く困った様子ではない。むしろこれまで困らせ続けて来た連中を一網打尽に出来たことが嬉しくてたまらないのだ。
「それにしても短期間で良くあの腕輪を用意出来ましたね」
「槍杉さんの宣言を聞いてから急遽用意してもらったのよ。かなり無茶をしてもらったけれど、そのかいはあったわ」
もともとスキル封じの腕輪自体は存在していた。しかしそこにプラスアルファのとある機能を追加することは、救がスライムに吸収された人も助けると宣言した直後に決まったことだった。
「今のところは脱走者ゼロ。上出来よ」
「想像しか出来ないですが、恐ろしい機能ですものね。腕輪を破壊しようとしたら吸収時の記憶を呼び覚ますだなんて」
それこそが腕輪に付与された悪辣なる機能。
精神崩壊待ったなしの吸収時の記憶は、魔法を使って封じ込めて日常生活が送れるようにしてある。だが悪人達には条件付きでそれを強制的に思い出させる制限をかけたのだった。
温水としては吸収時の記憶が残っているのかどうかは賭けではあったが、不幸にも被害者の記憶には忌まわしき記憶が植え付けられてしまっていたらしい。
「海外からの返還要請は多いのでしょうか?」
「多いわね。でも突っぱねてるわ。まともな引き取り先かどうか分かるまでは保留よ」
せっかく捕らえた悪人達を解放してまた悪事を働かせるなんてわけにはいかないのだ。例え国際問題になろうとも、真っ当に処罰してくれそうな相手でなければ返すつもりは無かった。
「ゲームマスターは槍杉さんの決意がゲームクリアの条件達成の大きなきっかけだなんて言ってたけれど、彼らを捕まえられたことも間違いなく重要な要因よ。絶対に手を抜けないわ」
それぞれの国の表と裏で世界を牛耳る悪人達。小物から大物まで種類はあれども、彼らこそが世界を滅びへ向かわせる大きな要因となっていたのは間違いないと温水は考えていた。彼らの悪意があまりにも社会に深く根付きすぎてしまったが故に、それと同時に世界を滅びに向かわせる程の技術が発達してしまったが故に、ふとした拍子で滅びやすい世の中になっていたのだろうと。
「ということで私はしばらく裏の仕事にかかりっきりになりそうだから、表はお願いね」
「もちろんです。救ちゃんの意志を世界中に広めますよ」
今回の事件で悪人達の大半を粛正できたとして、悪意なんてものはすぐにまた芽生えてくる。
そうならないために救イズムを世界人類に植え付けて意識改革を促す。
それが滅亡を回避するための道だというのが彼女達の考えだった。
「ただ一つ不安なのが、ゲームマスターを良い人ではないかって話が聞こえてくるところですね」
「ありえないわね」
ゲームマスターの話の内容だけで考えれば、世界の滅亡を防ぐために手を尽くしてくれているように感じてしまう人もいるかもしれない。
「人類の半数を駆除しても滅びの結末が変わらないだなんて笑っていた時、あまりのおぞましさに震えが止まらなかったわ」
「あの時、私達の大半は恐怖で動けなくなってましたよ」
ゲームマスターは人類の命のことなど何とも思っていない。むしろほんの気まぐれで人類をあっさりと消滅させられる可能性すらありえると分からせられていたのだった。
動画を見ていないか、あるいは感性があまりにも乏しい人間か、はたまた現実逃避したい人間がゲームマスター善人説を唱えているのだろう。
「救ちゃんの偉大さがまた分かりましたよ。良くあんなに自然に話が出来るなぁって」
「きっとあの子は最初から最後まで相手を魔物として扱っていたのよ」
「ああ、なるほど。そういえば救ちゃんは見た目で判断しない人でしたね」
相手が魔物だと思っているからお話し出来ると序盤で指摘していたのに、あまりにも自然に話を続けていたからそれを忘れていたのだ。
救にとってゲームマスターは魔物のボスであり、自分達の命を奪ってくる相手かも知れないと常に警戒していた。相手は人間のような振る舞いをしているが、人間のような感性の持ち主だとは微塵たりとも思っていなかった。
「ゲームマスターって一体何者なのでしょうね……」
「私達に合わせるって表現をしていたわよね。もしかしたら本来のあの方は私達が想像すら出来ない未知の生命体なのかも」
一つ言えることは、どれだけ考えたところで答えが出ないということだ。
「でも神様だなんて言われないで良かったわ」
「どうしてですか?」
「日本人なら別に良いのだけれど、海外の人の場合は……ねぇ」
「あ~自分達が信じるのとは別の神様がいました、なんて話になったら大問題ですか」
「それこそ争いの大きな種になって滅亡まっしぐらよ」
「そうならないために敢えて神様じゃなくてふらっと立ち寄った謎の生命体ですみたいな言い方をしたのでしょうか」
「あり得るわね」
宗教問題は戦争のきっかけとしては定番だ。
ゲームマスターがその辺も気を使ってくれたのか偶然なのかは想像でしか分からない。
「何はともあれ、全員無事で本当に良かったわ」
「本当にそう思います」
「それに反省ね。あの子が言っていた通りに、私達は犠牲を最小限に抑える努力をすべきだった」
「本当にそう思います」
それこそ救の視点で物事を捉えられるようにならなければ、救イズムを浸透させるなど出来る訳が無いのだ。
これまでの劣悪な環境により培わざるを得なかった『妥協』の感性を捨てて、砂粒一つたりとも救ってみせるくらいの気概をもってこの先の戦いに望めるかどうか。
それこそがゲームクリアの鍵となっているのかもしれない。




