2. 愚かな世界に生まれた希望
ボクみたいな一個人の決意なんかがどうしてそんな大事になっちゃうのさ。
「それがこの世界の治療に必要なことだったのだろう」
「訳が分からないよ」
ボクはただ探索者としてダンジョンを探索しているだけなのに。今回のことだってダンジョン探索をもっと頑張ろうって気合を入れただけなんだよ。どうしてそれが治療薬みたいな扱いになっちゃうのさ。
「それを説明するには、順を追って説明した方が良いだろう」
ボクが一番聞きたかったクリア条件はもう分かったから、この話を掘り下げても大丈夫かな。
「そもそも君達は滅んでいるはずだったのだ」
「え?」
いきなり不穏な話になって聞くのがちょっと怖い。
「私がこの世界のこの星の存在に気付いたのは本当に偶然の事だった。見つけた時は本当に驚いたよ。何故なら滅びる直前だったのだから」
「……それっていつの話ですか?」
「君達の暦でおよそ百年ほど前のことだな」
「それってダンジョンが出来る直前のこと!?」
その辺りの話は歴史の授業で習った。
確かダンジョンが出現する直前って世界各地で小規模な戦争が起きていて、それが世界大戦に発展するかもしれないって言われてたらしい。とはいっても、日本は物価が高くなった程度で皆普通に生活していたみたいだけれど。
もしかしてその時に、本当に世界大戦が起きるところだったってことなのかな。
「百パーセントに限りなく近い可能性で君達が滅びると私の試算で判明した」
「そんな……」
「知性ありし存在が自らの手で滅びを迎えるなど実に『愚か』だと思わないか」
「え?」
隠しボスが度々口にしていた『愚か』って言葉をゲームマスターさんも使うなんて。もしかして『愚か』の意味って滅びに向かおうとしていたことに対してなの?
「待ってください。『愚か』なのはダンジョン攻略を進めない行いに対してでは無いのでしょうか」
ここはどうしても聞きたかったのか、京香さんが割って入って来た。
めちゃくちゃ丁寧で礼儀正しい感じになってるのが懐かしい感じがする。
ボクと一緒だと砕けた雰囲気になっちゃうから忘れてたけれど、大人しい時はボクと同じ十八歳とは思えないくらいちゃんとした人だったっけ。
「もちろんそれも『愚か』だよ。ダンジョン攻略を疎かにするということは、それもまた滅びへの道を選んでいるということだからね」
世界大戦の方は良く分からないけれど、こっちの方は良く分かる。だって誰も倒せないくらい強い魔物が溢れてきたら、ボクらは殺されて滅亡しちゃうもん。魔物と戦っていてその脅威を実感しているからこそ、その未来がありありと想像出来る。
「とはいえ、私は君達とは全く関係ない存在。いわゆる別世界の住人と呼ばれるやつだ。君達が滅びを迎えることを『愚か』とは思えど、手助けする義理も道理もない」
例え無関係であっても困っている人を見かけたら助けたくなっちゃうけどなぁ。
「救済者よ。私は君達に合わせて表現してやっているだけということを忘れるな」
こわぁい。
上位者って感じがする。
でも実際そうなんだろうな。ダンジョンなんてものを簡単に作り出せるほどの存在なら、地球をあっさり消し飛ばすことだって出来そうだもん。もしかしたらこうして話をしてくれているのも、ゲームマスターさんが言うようにボク達に合わせてくれているだけで、本来のゲームマスターさんはボク達とは何もかもが全く違うのかもしれない。
「話が逸れかけたな。本来であれば無視するという話だったが、丁度私はとある実験先を探していてな。どうせ滅びるのならばと君達を活用させてもらったのだ」
「それがダンジョン?」
「ダンジョンというよりも進化についてだな。これは個人的な研究についての話であるため詳しくは割愛する」
進化。
それってダンジョン探索をするとステータスが向上したりスキルや魔法を覚えたりすることなのかな。気になるけれど説明はしてくれなさそうだね。
「これでも念のためにダンジョン以外の方法で君達の滅びを回避する方法があるのかを確認したのだぞ。だがいかなる手段を用いても多少の延命こそすれども滅びの結末は回避できないと計算結果が言うのだ。大災害を敢えて引き起こし半分以上を駆除しても百年以内に争いにより滅亡すると分かった時は笑いが止まらなかったな。君達はどれだけ滅びたいんだよ」
「ボクは滅びたくは無いんだけど」
「はっはっはっ」
笑いごとじゃなくて本当に滅びたく無いんだよ。
皆と笑いあって生きたいもん。
「幸いにもなのか恣意的な計算を行ってしまったのかは不明だが、私の研究に関わるダンジョンを生成させ、君達の争いの矛先を変えることで滅亡確率が大幅に減少することが判明した。大幅と言っても百パーセントが八十パーセントになる程度だがな」
それじゃあ今までのボク達の未来ってかなりの確率で滅ぶかもしれなかったの……
「しかし実際にやってみたらこれがまた驚く結果になったのだよ。なんと滅びの確率がほとんど減らなかったのだ。君達は本当にどれだけ滅びたいんだよ」
「だからボクは滅びたくはないんだって!」
「はっはっはっ」
そもそもその計算って本当に合ってるの?
ダンジョンにだってバグがあったわけだし。
「む、私の計算を疑っているな? 少なくともダンジョンを生成する以前については計算する必要性がないくらい自明だったぞ。何しろ数日後には崩壊の引き金を引くような状況だったからな」
笑顔でそんな怖い事言わないでよ!
「というわけで私は君達に生き延びるか滅ぶかを選択するゲームを提供したわけだよ」
ゲームをクリアしたら生き延びられて、ゲームオーバーになったら滅亡する。
なんて恐ろしいゲームなんだ。
「ゲームの終了条件は四つ。一つは君達が魔物達に敵わず蹂躙されるバッドエンド。一つは君達がダンジョン攻略を積極的に進めなくなった場合に研究打ち切りバッドエンド。魔物の脅威があってもなお意図的に滅びの道を進もうとするなら時間の無駄なので私が終わらせるつもりだった。現在は巻き戻っているが、一旦はこの終わりに近づいていたようだな」
後者の方はハーピアさんが出てきた時の事なのかな。
あの時は世の中が探索を制限するような風潮だったらしいし、当てはまりそう。
「一つはダンジョンを完全掌握したものの滅びの未来が変わらないバッドエンド。君達が物理的に強くなりダンジョンを脅威と思わなくなり、また君達の間で争いを始めて滅びへと向かう道だな」
つまりただダンジョンをクリアするだけではこのゲームはクリア出来なかったというわけなんだ。
「そして最後が生存エンド。この世界が少なくとも数百年は滅びに向かわないと言う計算結果が出た時のみゲームクリアに向けた最終試練が出現するようになっている」
その最終試練っていうのが封印ダンジョンとラストダンジョンのことなんだろうね。
「つまりだ。この世界が滅びを回避するターニングポイントとなったのが救済者の決意なのだよ」
「ぷぎゃあ! どうしてなのさ!」
説明を聞いたらもっと意味が分からなくなっちゃったよ。
ボクなんかの気持ちが世界をそんな良い方向に変えるわけないじゃん!
「なるほど」
「あ~」
「納得ですね」
「分かる気がする」
「ぷぎゃっ!?」
ちょっと待ってよ。
皆どうして納得してるのさ。
どう考えてもおかしいでしょ!
「救ちゃん」
「きょ、京香さん……」
「また感謝されちゃうね」
「ぷぎゃああああああああ!」
どうしてこうなっちゃうのさ。
それに今回の『感謝』はいつもよりも嫌な予感がするんだけど。
「銅像とか立つかも」
「友4さん、怖いこと言わないで!」
「銅像だけで済めば良いですけどね」
「友2さん!?」
ボクは普通の人なのに。
決して歴史上の偉人とかじゃないのに。
「もっと分からせが必要かな」
「京香さん聞こえてるからね!」
もうありがとうも賞もいらないよぅ。
「一つ疑問なのですが、滅びが回避された計算結果が出たのならラストダンジョンをクリアせずともよろしいのではないでしょうか」
「ちょっとボクはまだ納得してないよ。話を進めないで!」
「計算ではこの状態でクリアとしたら滅びの未来は回避できない」
「あ、これ聞いてくれないパターンだ」
「それは……ここで終わりと言われたら救ちゃんが行動しなくなって世界は大きく変わらない。確かにこの先の何かは必要ですか」
世界の命運をボクが握っているみたいな表現は本当に止めてくれないかな。
「もっと早くにクリア条件を教えてくれればこんなことにはならなかったかもしれないのに……」
きっと偉い人が良い感じにやってくれるはずだもん。
「それは無い」
「え?」
断言されちゃった。
「条件を先に提示してしまえば、その条件を満たすように動くだけであり、内面は決して変わらん」
「どういうこと?」
「例えば『皆で助け合い心から協力し合って全てのダンジョンを攻略しましょう』と条件を突きつけたとして、クリアのためだけに一時的に条件を満たそうとするだけだろう。結局何も変わらない」
「それは……」
確かに『こうすればクリア出来ますよ』と言われたら、ひとまずはクリアするためだけに頑張っちゃうかも。そうじゃなくて試行錯誤して苦しむ中で、自然と答えを導き出さなければならなかったってことなのか。
「でもそれならどうして今答えを教えてくれるの?」
教えちゃったら意味が無いのは今でも変わらない気がするのだけれど。教えてくれるのが褒美って言ってたけれど、台無しになるなら絶対に教えてくれないと思うし。
「複数の要因が絡んではいるが、ここで答えを教えることで救済者への支援がより強力になり生存エンドに近づく可能性が高いのだ」
「救済者への支援って……」
恐る恐る皆の方を見た。
「ぷぎゃあ!」
とっても良い笑顔でボクを見てる!
ボクこれからどうなっちゃうの!?
「さて、そろそろ私は戻るとしよう」
「時間切れ?」
「どうしても聞きたいことがあればダンジョンをクリアして隠しボスを出現させることだな。これからは質問に答えるように指示しておこう」
ゲームマスターさんが何者なのかとか、隠しボスが何者なのかとか、最初に言ってたゲームマスターさんの奥さんの話とか、優先度は高くないけれど聞きたいことはまだまだ沢山あったのに。
でもこれからは答えてくれるならそっちに期待しても良いかな。
「はいはいはーい! 帰る前に一つだけ教えてください!」
「友2さん!?」
ゲームマスターさんが終わりだって言ってるのに強引に追加質問するとか度胸あるなぁ。
「手短にな」
許可出ちゃった。
「どうして救様を『救済者』って呼んでるのですか?『救世主』とかじゃなくて」
しかも割とどうでも良い話だった!
そりゃあボクだって気にはなっているけれど、今ここで聞くことじゃないよね。
「本人に聞けば良いだろう」
「え?」
「え?」
「え?」
ボクと友2さんとゲームマスターさんの声が綺麗に順番に並んだ。
ボクに聞かれても分かるわけないのにどうしてゲームマスターさんはボクに聞けだなんて言ったのだろう。
「しばし待て」
ゲームマスターさんは眼鏡の鼻あての部分に人差し指を触れ、目を閉じて何かを考え出した。
「はぁ~っはっはっはっ! なんということだ! こんなことがあろうとは!」
そして突然爆笑した。
どこに笑う要素があるの?
「そこまでの強さを得ていながら、まさか『継承』されていなかったとはな。『救済者』でありながらまだ『救済者』としての素質を開花していなかったのか。いやはや、実に興味深い」
どうしてだろう。
ゲームマスターさんの言葉に胸が痛む。
とても嫌なことを思い出しそうで、苦しくなってくる。
「救ちゃん!?」
「ふむ。その様子では全く覚えていないようだな。現時点でそこまで強いのだ、無理に思い出そうとする必要もなかろう」
救済者。
思えばボクはその言葉を違和感なく受け入れていたような気がする。
友2さんの言うように『救世主』とかの方が自然なのに。
どうして『救済』なんだろう。
何から『救済』するのだろう。
「思い出したところで何かが変わるわけではない。だがそれでも気になると言うのなら『勇者』を探せ」
「ゆう……しゃ?」
その言葉も全く違和感なく胸に入って来る。
でも『救済者』よりも嫌な響きがする。
どこだろう。
ボクはどこでそれを聞いたのだろう。
頭が……痛い……
勇者……きゅうさい……しゃ……
「救ちゃん! 救ちゃん!」
「救様!」
猛烈な倦怠感と吐き気と頭痛に襲われ、魔法で回復させようと思ったのに、色々と考えすぎて疲れが溜まっていたからか、それとも抱き締めてくれる京香さんの温もりが心地良すぎたからか、まだゲームマスターさんが帰っていないというのに、ボクは眠りに落ちてしまった。




