3. ぷぎゃりと勇者とあの子のお話
「あれ、消えちゃった」
「救ちゃんったら、そんなこと言って逃げようとしちゃダメだよ」
「ぷぎゃ!? 本当に何か感じたんだよ」
それに奇妙な気配は完全に消えたというより、まだ微かに残っている。
どこか遠くに離れたのかな。
「ほらほら、救ちゃんもっと撮ってもらおう。せっかくおめかししたんだから」
「ぷぎゃああああああああ! いつもの学生服だから代わり映えしないでしょ!」
「そんなこと無いよ。私と友1ちゃんと救ちゃんのお姉様と一緒にお化粧したでしょ」
「ぷぎゃぎゃぎゃぎゃ」
記憶の底に封印するつもりだった恐怖の記憶が蘇り体の震えが止まらない。
三人とも血走った目でオモチャのようにボクで遊ぶんだもん。制服で行くはずなのにどこから持って来たか分からないドレスとか着せようとして来るし……
「総理大臣の話も終わったし、ここからは私達のターンだよ」
「え?」
「自由に写真撮って良いって言われてるんだ」
「ボク聞いてないよ!」
「言ってないからね。ほら見て」
「皆!?」
いつの間にかカメラマンさん達に混じって友1さん、友2さん、友3さん、友4さんが居た。
「遊びに来たよ!」
「官邸デートとか楽しそう!」
「カメラさん持って来たから配信しよう」
「まだ抱き着いちゃダメ?」
知り合いに見られていると思うと更に恥ずかしいよ!
「待ってカメラさん光らせないで偉そうに見せないで皆に撮られるからぷぎゃああああああああ!」
どうしてこうなっちゃうのさ、ぐすん。
――――――――
時間は少しばかり遡る。
「ホーリーレイン!」
金髪のイケメン青年が手にした剣を頭上に掲げると、聖なる光が降り注ぎ肉塊うごめくスライムに直撃した。
「これも効果なしか」
青年は荒れ狂う魔法とスキルの嵐を人外的な動きで避け続け、数少ないチャンスを見つけては攻撃を仕掛けてみるが、全く効果が見られない。
「せめて吸収した探索者のスキルでガードしてくれたらまだ救いがあるんだがな」
スライムは守備的な手段を数多く保持しているはずだが、そもそもがあらゆる攻撃を吸収してしまうため敢えてそれらを使わなかった。もしもスキルでガードしてくれたら、それはスライムにダメージを与えられる攻撃である可能性があるが、今の所そのような振る舞いは一度たりとも無かった。
「カマセ、君は逃げるんだ」
青年はスライムを牽制しながら、背後に控える女性に声を掛けた。その女性は以前救にボコボコにされてプライドをボッキボキに折られたイギリス人探索者だった。
「キョーシャを置いていけないわ!」
キョーシャと呼ばれた青年の言葉をカマセは受け入れることが出来なかった。誰がどうみても彼は劣勢であり、このままでは仲間達と同様にスライムにやられて吸収されてしまう可能性が高かったからだ。
「ダメだ。君だけでも戻って情報を伝えるんだ」
「出来ない!」
「行くんだ!」
「キョーシャ!」
見捨てることなど出来るはずがない。キョーシャとカマセは恋人同士なのだから。
「君が情報を持ち帰ることで多くの人が救われるかもしれないんだ。だから頼む」
「でもっ!でもっ!」
「なぁに、心配するな。むざむざやられはしないさ。これでも俺は『勇者』だからな」
弱きを助け、勇気をもって強大な敵に立ち向かう者の称号。
それはただの呼び名では無く、突出した実力のある探索者である証拠。
いくつかの国にキョーシャのような『勇者』と呼ばれる強き探索者が生まれ、ダンジョン探索を強力に推し進めていた。
キョーシャはイギリスの最難関ダンジョンの下層を攻略中であったが、一旦地上に戻ってきた時に今回の事態に出くわしたのだった。
「絶対に死なないで。危なくなったら逃げるのよ!」
「はは、分かってるさ」
「……嘘つき」
弱い者の味方である勇者が、例え敵わないとはいえ人々を苦しめる魔物から逃げるなどありえない。それを分かっているからこそカマセは動けなかった。だがそのような男性であるからこそ愛しく、いつかこのような日が来るかもしれないと覚悟していた。
カマセは勇者では無いが、勇者に憧れ肩を並べられる程に強くなった探索者。歯を食いしばり人々のために行動する決意をした。
「あらゆる攻撃を吸収、吸収した探索者のスキルを使用、転移は結界でガード可能、悪意に引き寄せられる。これでオーケー?」
「最後だけ訂正。吸収した人物が殺したいと強く願う人物の元に行くっぽい」
キョーシャがこのスライムと激突したのは、イギリスのとある大物政治家が襲われているとの連絡を受けて現地に向かったからだ。その政治家は黒い噂が絶えない人物であったのだが、キョーシャが現場に辿り着くころにはスライムに吸収されてしまっていた。
スライムの中の肉塊は様々な言語でボソボソとブツ切れで呪いのような言葉を発していた。その一部を聞き取ったキョーシャは気付いた。
俺が殺されるならあいつも道連れにしてやる。
スライムはこの醜い思考により悪人を吸収し、そして吸われた悪人により新たな道連れを求めて別の悪人の元へと向かっていたのだ。
最初に悪田を吸収したスライムは、悪田を助けなかった中国人探索者パーティー、悪田を使い潰そうとした中国政府の人々、悪田を裏切った金野と土鈴らを吸収した。その際に吸収された人々が、知り合いの悪人共も道連れにしてやると強い悪意を抱き、その想いに従って吸い寄せられるように世界中の悪人の元へと向かっていたのだ。
ちなみに、何故日本が襲われていないのかについては、ターゲットに悪者ではない救が含まれていたからである。救の実力は世界中の誰もが知るところであり、強くなってから向かわないと返り討ちにされると本能で察し、他の人物や探索者を吸収して強くなることを優先していたのだ。
これはしばらくの間、判明しなかった事実である。
「オーケー行ってくる」
「頼んだ!」
カマセは走り出した。
だがそれはキョーシャのことを諦めた訳では無い。
キョーシャを助けてこの状況をどうにかしてくれる可能性のある人物を彼女は一人だけ知っていたからだ。
「スクイ・ヤリスギ。お願い、彼を助けて!」
――――――――
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
何度そう思ったか分からない。
きっかけは単にお金が欲しかったから。探索者だけで生きて行くには生活が苦しく、かといって沢山バイトをしていたら強くなんかなれない。
悩んだ末に選んだのはダンジョン配信で稼ぐこと。元々かなりの臆病で陰キャタイプだったけれど、勇気を出して『ぴなこ』として必死にキャラ作りをして配信を続けた結果、それなりに人気が出てそこそこスパチャを貰えてバイトをしなくても探索だけで食べて行けるようになった。
正直なところ、配信でチヤホヤされて舞い上がっていた。これまで日陰で生きて来た自分がお日様の下で輝いている快感は確かにあった。
でも結局私は日陰者でしか無かった。そのことを忘れていたから失敗した。日陰者が陽の光を浴びて目立ってしまったが故に、狼達に狙われて食い散らかされた。
あの日、配信終了後に格好良い男の人に声を掛けられた時、今までの私だったら怯えて逃げていた。あるいは配信でアイドル的な扱いをされているから男性と関わるのは危ないと思って逃げていた。
でも調子に乗っていた私は喜んで話をして、連絡先を交換して、そしてあの日に全てをぶち壊された。その男性が配信中にやってきて馴れ馴れしく肩を組んで来た。もちろんアイドル売りしていた配信は大炎上。
そこからは怒涛の展開だった。
突然の事態で呆然としていたら、件の男性が私のユニコーンに襲われたなんてニュースが入って来た。
私の責任になるのだろうか。逮捕されるのだろうか。そんな猛烈な不安に襲われて倒れてしまいそうだった私に悪魔が囁いた。
『助けてやるから指定の場所に来い』
突然脳内に伝わって来た言葉は探索者のスキル『念話』によるもの。どう考えても怪しい言葉なのに、パニック状態だった私は救いを求めてその場所に向かってしまった。
そこは古いアパートの一室。
恐る恐る玄関を開けると……
「きゃああああああああ!」
一人の男性が床に倒れていた。
その背中にナイフが刺され、床に大量の血を流して。
『あ~あ、やっちゃった』
「ち、違う。私じゃない!」
悪魔の声がまた囁き出した。
『助けてやろうか?』
「助けて……お願い助けて!」
この場所に来いと言われて人が血まみれだったのなら、怪しいのはどう考えても念話をしてきたその男。だというのに、私は混乱していて『助け』という言葉に縋ってしまった。
『なら自首しろ』
「え?」
『安心しろ。その後に絶対に助けてやるから』
その結果が、警察署の襲撃事件。
悪魔の主、悪田が仲間に警察署を襲わせ、私を救出という名目で拉致して海外に連れて行かれた。
逃げる途中、悪田は愉快そうに今回の計画を教えてくれた。
話しかけて来た男も悪田の仲間だった。
計画に私を選んだのは見るからに根が陰キャで気弱な女で扱いやすそうだったから。
私がどういう人物かなんて見透かされていた。
太陽の元へと出て来てしまったが故に狙われて、いともたやすく地獄に叩き落された。
配信なんてせずに、地道に毎日を生きていればこんなことにはならなかった。
分不相応な生き方をしたから罰が当たったんだ。
悪田と共に中国に逃げてからは、ダンジョン探索を強いられた。
幸いにも私は生き延びることを重視して斥候に役立つスキルを鍛えていたから重宝されて悪い扱いはされなかったけれど、ただ言われるがままに探索しているだけの死んだような毎日だった。
そんなある日、日本で隠しボスが地上に現れた。
その映像は中国でもリアルタイムで見ることが出来た。
あんなに小さな子が死にそうになりながらも皆を守るために必死に戦っている。
その姿があまりにも痛ましくて、もう止めてって何度も叫び出しそうになった。
私のせいだ。
私があの事件の引き金を引いてしまったから、日本から探索者がいなくなって魔物が出てしまった。そのせいであの子があんなに苦しい思いをして戦う羽目になってしまったんだ。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
謝りたくても私は日本に戻ることが出来ない。
そう思っていたら、チャンスが来た。
どういうわけか、悪田の企みが失敗して中国政府から見捨てられたみたい。
私はスキルのおかげで変わらず重宝されているけれど、悪田と離れて一人になる時間が増えたから逃げやすくなった。
中国から日本に戻り、あの子に謝って、そして捕まって罪を償おう。
私は配信でも言わず、悪田達にも教えていないスキルをいくつか持っている。
その中の一つ『変身』を使って私は別人になりすまし、大得意の隠蔽系スキルを使って船に乗り込み日本に密入国した。
そして全てを告白するために探索者協会へと向かったら、あの子のパートナーの女性があの子の元へと向かうと言っている場面に出くわした。このまま逮捕されたら謝る機会があるかどうかも分からないので、申し訳なかったけれどこっそりとついていって、あの子を見つけて土下座で謝罪した。でも結局謝罪は途中でパートナーの女性に止められてしまった。
探索者協会に連れてこられた私は全てを告白した。
そのまま警察署へ直行かと思ったけれど、かなりセンシティブな話だからってしばらくの間は探索者協会で軟禁されることとなった。
そしてそのまま何事もなく過ごしていたある日の事。
探索者協会の中がとても慌ただしくなり、誰もが真剣に走り回っていた。
まさかまた強い魔物が外に出て来てしまったのかもしれない。あの子がまた苦しみながら戦うことになるのかなって思ったら、いてもたっても居られなかった。
力になりたいと、何か出来ることは無いかと協会長さんにお願いしようと部屋に向かったら……
「ぴなこ、槍杉救。本当に敵はそう言ってたのね?」
半開きの扉の中から私の名前が聞こえて来て、驚きのあまり部屋に入るのを躊躇してしまった。
「何度も確認しましたが、カマセさんは間違いないと言ってました」
「中国の状況である程度予想はしていたけれど、これで確定ね。あのスライムの中には悪田の悪意が潜んでいる」
スライム?
悪田?
一体何が起きているの?
「誰?」
動揺していたら私が聞いていることがバレてしまった。
位置的に見えていない筈なのに気配だけで察するとか、流石協会長さん。
「盗み聞きして申し訳ありません……」
「貴方は……聞いてしまったのね?」
「もしかして私、狙われてます?」
だったら皆を巻き込まないように誰も居ないところに逃げないと。
「余計なことは考えなくて良いのよ。あなたは私達が守るから」
「でも……」
ここには非戦闘員も沢山いる。
これだけ慌ただしいということは、『敵』は相当強い相手に違いない。それなのに誰にも犠牲を出さずに私を守るなんて出来るのだろうか。
「戦います。いいえ、戦わせてください!」
これ以上、私のせいで誰かが傷つくのは耐えられない。
「私が狙われているなら囮になれると思うんです。だから人がいない所に誘導してそこで戦います!」
そして刺し違えてでも相手を弱らせて、後に続く人が戦いやすいようにする。
それがあの子や日本を危機に陥らせてしまった私にできるせめてものこと。
「ダメよ」
「え?」
「死ぬつもりでしょう。そのようなことは認められないわ」
協会長さんは優しく微笑んでいる。
私みたいなダメな子に、どうしてそんな慈愛の目を向けてくれるのだろう。
「償いたいなら生きて償いなさい。それにあなたも被害者なのよ。私達は貴方を助けてあげたいの」
「え……?」
罰するのではなくて、責めるのではなくて、助けてくれる?
『助けてやろうか?』
悪魔の声が脳裏に蘇る。
また陥れられるのではないかと思えてくる。
「幸せを諦めないで」
「あ……ああ……」
諦めなくて良いの?
まだ生きていて良いの?
命を使って償わなくても良いの?
幸せを願っても良いの?
「ひっぐ……ひっぐ……」
絶望により枯れたと思っていた涙があふれて来た。
協会長さんの温かい言葉が胸に深く染みて行く。
「ごめんなざい……ありがどう……」
悪魔の声はもう聞こえなくなっていた。
「うああああああああん!」
いやいや、緊急事態なのにこんなところで泣いて邪魔しちゃダメだって。
もっとギャン泣きしたい気分だったけれど、頑張って気持ちを直ぐに切り替えた。
「やっぱり私も戦います」
もちろん、死んで償うなんて気持ちはもうない。
「探索者として皆を守りたいから。それに、あの子が少しでも苦しまないようにしたいから」
しまった、あの子だなんて言っても伝わらないかな。
「うふふ。貴方もあの子のことを想ってくれるのね」
これは分かってくれたってことなのかな?
「ぴなこさん、貴方は間違いなく私達と同じ志を持つ者よ。一緒に戦いましょう」
「はい!」
私は自分が持つスキルと、ある秘策について協会長さんに全て説明した。
それを聞いた協会長さんは驚き、無茶をしないことを条件に最前線で魔物と戦うことを許可してくれた。




