2. 本当の『ごめんなさい』
「ぷぎゃあ……ぷぎゃあ……ぷぎゃあ……」
「救ちゃんったら緊張しすぎ」
「そりゃあ緊張するよ!」
だってここって内閣総理大臣官邸なんだよ。しかもテレビ局のカメラマンさんも沢山いるんだよ。コミュ障のボクが緊張しない訳ないでしょ。
「この中で一番偉いのは救ちゃんなんだから落ち着いて良いんだよ」
「偉くないよ!?」
「少なくともあのダメ総理より遥かに偉いけどね」
「総理大臣をそんな風に言っちゃダメだよ」
総理大臣って日本で一番偉い人でしょ。
そんな人をダメだなんてどうして言えるんだろう。
「ちゃんと説明したでしょ」
「聞いたけど……」
政治家の偉い人達が探索者を悪い扱いしてたってことは前にも教えてもらった。ダンジョンの魔物が外に出てくるかもしれないのにどうしてそんなことが出来るのかなって未だに信じられないけれど、探索者の皆が環境が改善されて喜んでたから本当のことなんだと思う。
京香さんが言うには今の総理大臣は探索者を悪く扱いたいわけじゃなくて、周りからそうしてくれってお願いされたからそう決めただけで、今は周りから探索者を良い扱いにしてくれって言われたからそうしてるんだって。
一番偉い人なのに自分の意見で決めないなんて変なのって思うけれど、政治の世界ってそういうものだったりするのかな。
「温水さんからのお願いも覚えてる?」
「う、うん」
国民栄誉賞の授賞式で総理大臣はこれまでの政策が間違っていたと謝る予定らしい。それを見て気になったことがあればその場で伝えて欲しいってお願いされた。ボクなんかが総理大臣に何かを指摘するなんて絶対に無理だよ。そもそも話しかけることも出来ないもん。
「ぷぎゃあ……」
「大丈夫大丈夫、配信みたいなものって思えば良いんだよ」
「カメラさんは人が居なくても撮ってくれるもん……」
カメラを向けられているなんて私達が見てますって宣言しているようなものじゃないか。
ボクはそういう見られているって感じるのが苦手なのに。配信の時はカメラしかないから見られているって感じが無かったけれど、カメラを人が持っているだけで物凄く見られている感が出ちゃって凄く恥ずかしい。
ダメだ、このままだと緊張してどうにかなってしまいそうだから他の事を考えよう。
「京香さん、どうして結界を張ってるの?」
この辺り一帯に魔物を寄せ付けない結界が張られてるんだ。ダンジョンの中ならまだしも、どうして魔物がいない外で結界を使ってるのかな。
「もしかしたら授賞式の間にダンジョンから魔物が出て襲ってくるかもしれないから、念のためだよ」
「そうしたらボクが倒すよ?」
「救ちゃんは授賞式があるでしょ」
「授賞式より魔物退治の方が大事だよ」
「そんなこと言って逃げようとしてもダメ。ギルドメンバーが警備してるから救ちゃんは気にしなくて良いの」
確かにこの程度の結界でどうにかなる魔物なら他の人でも大丈夫だけど、何か変な感じがする。だって今まで外で色々なイベントに参加したけれど結界なんて張ったこと無かったのに、どうして今日に限って張っているのだろう。とても偉い人が居るからかもしれないけれど……
「もしかして魔物が外に出て来たの?」
「あはは、そんなことあるわけないでしょ」
即答されちゃった。
でもなんか違和感あるんだよね。いつもの京香さんはボクが戸惑う様子をもっと心から楽しそうにしているのに、少し緊張しているようにも見えるんだ。
違和感と言えば、今日は起きた時から奇妙な感覚があったんだ。
凄い遠いところでダンジョンの感覚があるっていうか、魔物が外に出ている時に似たような感覚。もしかしたら海外で魔物が出てきちゃったのかなって思ったけれど、京香さんに聞いてもそんなこと無いって言っていた。
う~ん、ボクの気のせいなのかな。
「ほらほら、そろそろ授賞式だよ」
「ぷぎゃあ」
考え事をしてたら時間が来ちゃった。
うう、誰か助けて。
「表彰状、槍杉救殿」
目の前で総理さんが表彰状の内容を読み始める。真横にいるたくさんのカメラマンさん達がパシャパシャと撮る音が聞こえて来るけれど、そっちは気にしちゃダメだ。
総理さんは白髪交じりの細めのオジサンで、優しそうな笑顔を浮かべているけれどとても疲れているように見える。
「あなたはダンジョンでの日々の修練、努力の積み重ねにより、ダンジョン危機に際して身命を賭して国民を守り……」
ぷぎゃあ。
何度も何度も何度も何度も言ってるけれど、ボクは探索者として普通に活動してただけなんだよ。そんな大げさな表現しないでよ。
「また、貴重なエリクサーを惜しげもなく活用し、病床に苦しむ多くの人々を回復させ……」
それも沢山持ってるから全然貴重なんかじゃないんだって。
心のこもったお礼を言われるのも受け止めるのが大変だけれど、こうして真面目な場所でしっかりと表彰されるのも恥ずかしい。
きっとこれは学校にちゃんと通わなかった罰なんだ。学校で表彰されるようなことを経験していれば少しは慣れて平気だったはずだもん。
「ありがとう」
「は、はい。どういたしまして」
総理さんから表彰状を受け取ろうとしたら、カメラの音が凄い事になった。
え、カメラの方を向いてくれって?
ぷぎゃああああああああ!
皆がボクを見ている。
カメラマンさんも、スタッフの人も、京香さんも、この場にいる全ての人がボクを見ている。
恥ずかしい。
逃げちゃいたい。
そんな気持ちを必死に我慢してる。
だって家族も友達も京香さんもおばあちゃんも、ボクがこうして表彰されることをとても楽しみにしてくれているから。だから皆のために逃げないって決めてた。
「槍杉さん、本当にありがとう」
「う、うん」
永遠に思える程の時間撮られ続け、なんとか耐えきって解放されるかなって思ったら、総理さんが話しかけて来た。
もしかしてこれからお話しなきゃダメなの?
と思ったら総理さんはそれだけ言ってボクから距離を取った。
ボクがコミュ障だって察して会話をすぐに打ち切ってくれたのかな。
とても良い人だ!
「あ、あの」
「え?」
そんな良い人にせめてものお礼がしたいと思ったから、頑張って呼び止めちゃった。
「これ、どうぞ。疲れが取れますよ」
エリクサーを飲んで元気になって仕事を頑張ってください。
「……は、はは。お気持ちだけ頂きます」
「遠慮しなくて良いですよ」
「い、いえ。本当にお気持ちだけで……!」
そんなに必死に断らなくても良いのに。
もしかして炭酸が苦手なのかな。微炭酸だから苦手な人でも飲めると思うんだけど。
「もう、救ちゃんったら」
「京香さん?」
「ほらこっち」
何故か困った顔をした京香さんがボクを呼びに来て、近くの椅子に座らせられた。
「簡単にエリクサーを渡しちゃダメだって言われてるでしょ」
「もちろん分かってるよ。だから総理さんになら大丈夫だと思って渡したんだよ」
だって日本で一番偉い人だもん。
偉い人に貴重なものをプレゼントするのは普通の事だよね。
「あの人より救ちゃんの方が……ううん、寝れば治るのにエリクサーを使うのはもったいないでしょ」
「でも寝る時間が無いからあれだけ疲れてるのかなって」
「だったらエリクサーじゃなくて寝る時間を確保できるようにしてあげる方が喜んでもらえるよ」
「確かにそうだね。でもどうやればボクなんかが総理さんの寝る時間を……」
「あ、ほら、始まるよ」
エリクサーに変わるお礼を考えようとしていたら、総理さんの会見が始まった。
「国民の皆様、探索者の皆様、この度は大変申し訳ございませんでした」
総理さんは冒頭で頭を下げて謝ってから、保障がどうとか小難しい話を説明し出した。
でもボクはその内容よりも最初の謝ったところが気になって全然話に集中出来なかった。
「救ちゃん、どうしたの?」
「う、ううん。何でもない」
「何でもないってことはないでしょ。何か気になることがあったんじゃない?」
「無いよ」
「嘘はダメだよ」
「やめへ、ほっへはふはははいへ (やめて、頬っぺたつままないで)」
だって何かあるって言ったらボクが総理さんに指摘しなきゃならないんでしょ。そんなの無理だもん。
「槍杉さん、何かございましたか?」
「ぷぎゃっ!」
総理さんが話を止めてこっちを気にしてる。
ボクのことなんか無視して続けてよ。
「救ちゃんのお話が最優先ってことになってるから」
「そんな馬鹿な!?」
「本当だよ、だってほら」
「ぷぎゃあ」
この場に居る全員がボクの様子を伺って続きを待っていた。しかも総理さんの話が中断されたことを不思議に思ってそうな人が誰も居ない。総理さんよりボクが優先って意味が分からないよ。
「ほらほら、言っちゃいなよ」
「何も無いから!」
「大丈夫、何を言っても誰も怒らないから」
「でも……」
「でもってことはやっぱり何かあるんだね」
「ぷぎゃあ! ずるい!」
ボク知ってるよ。
これって誘導尋問ってやつだ。
チラっと総理さんを見たらとても顔色が悪そうだ。
早く終わらせてあげた方が良いんじゃないかな。
「救ちゃんが何か言わないとずっとこのままだよ」
これも京香さんの仕込みなのかな。
この場で一番偉い人ってボクでも総理さんでもなくて京香さんなんじゃあ。
「あの……怒らないでくださいね」
「はい、真摯に受け止めさせて頂きます」
本当に怒らないでよ!
「謝る時は『ごめんなさい』だよ」
あれ、どうしたんだろう。
皆がポカーンってしてる。
京香さんもだ。
伝わらなかったのかな。
「救ちゃん、どういうことか詳しく教えてくれないかな」
やっぱり分かって無かったんだ。
「謝る時はちゃんと『ごめんなさい』って言わないとダメだよ」
「でも最初に言ってたでしょ?」
「言ってたけれど、言ってないよ」
「どういうこと?」
「だって『ごめんなさい』って感じが無かったから」
お父さんやお母さんに叱られた時に、分かってないのに『ごめんなさい』なんて言ったら怒られた。でもボクが心から悪いと思って『ごめんなさい』って言うと許してくれる。総理さんの最初の謝罪は『ごめんなさい』感が無いように感じちゃったんだ。
「『ごめんなさい』って言う時は……あ、そうだ」
今ボクは、カメラで撮られていて日本中の人が見ているはずだ。
とても恥ずかしいけれどこれはチャンスだと思う。
前にも自分の配信でやったけれど、もう一度ちゃんと言わなきゃダメだって思ってたんだ。
「話が変わっちゃうんだけれど、皆に言わなきゃならないことがあります」
カメラマンさんの方を向くと、視線が集中しているのが分かってとても辛い。
でもこれは大切なことだから我慢しなきゃ。
「ボクは小さい頃から勝手にダンジョンに入って探索してました。ごめんなさい」
その結果、多くの人を助けられたからと言って、ボクのルール破りが正当化されるなんてことは無いんだ。
「それに病院に勝手に侵入してしまいました。ごめんなさい」
こっちも結果的に助けられたけれど、無断侵入が正しいなんてことにはならない。
「救ちゃん、その話は……泣かないで!」
「だって、だってボク、本当は悪いことばかりして、皆に心配かけて……」
「救ちゃん……」
申し訳ない気持ちが溢れ出て泣いちゃったら、京香さんが抱き締めてくれた。
情けないところを見せちゃったな。ギルドメンバーもがっかりしてるかも。
しばらくの間、皆はボクが泣き止むのを待ってくれているのかとても静かだった。
そして感情が落ち着いて涙が消えた時、乾いた笑い声が聞こえて来た。
「は……はは……」
声の出どころは総理さんだ。
辛そうな顔を覆うように手を当てている。
「私は……私は何をやってたんだ……」
ぷぎゃっ!?
総理さんが泣いちゃった!
どうしてそうなるの!?
ボクのせいじゃないよね。どうしたら良いの?
「情けない……本当に……情けない……」
流石に驚いたのはボクだけじゃないらしく、ざわめき出した。
総理さんはそんな周囲の様子は全く気にせず、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭うとカメラの方を向いた。
「国民の皆様、探索者の皆様、『ごめんなさい』」
今の『ごめんなさい』は総理さんの気持ちがとても伝わって来た。あまりにも悲しくて、聞いているボクの方が辛くなってきそうな程の謝罪の気持ち。
お父さんもお母さんも、ボクが謝った時はこんな気持ちだったのかな。
顔をあげた総理さんの顔はとても凛々しくなっていて、別人のようだった。
「救ちゃん」
「京香さん?」
「やっぱり救ちゃんは英雄だね」
「ぷぎゃっ!? どうしてそうなるの!?」
悪い事も散々して来たって告白したのに。
むしろ国民栄誉賞を取り消そうよ。
「ちゃんと謝れるからだよ。それに……」
「それに?」
「もしかしたら救ちゃんはこの国を根本から救ってくれたのかもしれないから」
その京香さんの視線の先には、人が変わったかのような総理さんの姿があった。
根本からって言うのがどういう意味なのか全く分からないし、ボクはそんな大層な人物じゃないよ!
この気配は!?
「京香さん、何かが来る!」




