6. 八舞奈緒莉「全力で楽しく生きよう!」
ピッピッピッピッ
暗い闇に落ちていた意識がぼんやりと半覚醒すると、機械の音が聞こえて来た。
指先一つ動かせないのは金縛りになっているからでも、まだ半分寝ているからでも無い。
私の体がもう終わりかけているからだ。
直感が告げている。
これが最後だと。
再び意識が闇に落ちてしまえば、私の十五年間の人生が幕を閉じる。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
小学生の間は何も問題無かった。
普通に元気で、普通に生活し、普通に友達がいて、普通に家族に愛されて育ったと思う。
異変が起きたのは中学生になってすぐのこと。
英語の授業で教科書を読んでいたら突然立ち眩みがして倒れた。
それが私の学校での最後の想い出だった。
病院で調べてもらったら、長ったらしい名前のレアな難病だって診断された。しかも治療法が見つかって無い重病。
これから徐々に体が弱っていき、数年以内の死亡率百パーセント。
診断された日に両親と一緒にひたすら泣いたのも、今ではかなり昔のことに思える。
入院してからしばらくの間は友達がお見舞いに来てくれたけれど、それもいつの間にか来なくなっていた。親友なんて呼べるほどに仲が良い人がいたわけではないから仕方ない。
数か月もすると病院の先生が言う通りに体に力が入らなくなり、十四歳になったころにはベッドから起き上がるのも辛いような状態だった。
ただ死を待つだけの日々に私の感情は摩耗した。
両親や先生が何かを言ってもまともに答えを返す気力すら失われてしまっていた。
そうこうしているうちに寝たきり状態になり、言葉を交わす力も無くなり、そして今日死に至る。
私の人生は一体何だったのだろうか。
痛い。
苦しい。
辛い。
入院してからは絶望に染められた毎日だった。
未来が無いと決まっていたのなら生まれて来なければ良かったのに。
どうしてこんなに苦しい思いをしなければならないの。
学校に行きたい。
友達と遊びたい。
勉強がしたい。
お母さんのご飯を食べたい。
恋をしたい。
仕事をやってみたい。
大人になりたい。
普通に生きたい。
私まだ十五歳だよ!
ずっと良い子にしてたのに、お父さんにもお母さんにも先生にも怒られたことなんてほとんど無いのに、どうしてこんな目に遭わなきゃならないの!
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくないよ!
生きたいよ!
誰か助けて!
死を目前にして私の心は生を求めて燃え上がる。
でもそんなちっぽけな抵抗で何かが変わるわけがない。
せいぜい出来る事と言えば、間近に迫った死期を気合で数分程度伸ばすことくらいだ。
でもその数分が、生きたいと思う意志が、奇跡を間に合わせた。
浮上した意識が消えそうになる直前、近くに何かの気配を感じた。
きっと死神がやってきたのだろう。
私の命を持って行くなら焦らさないでさっさとやってよ。
でも痛くないようにお願いね。
なんてことを漠然と考えていた私の耳に、微かに声が聞こえて来た。
「すぐに治るからね」
なんだ幻聴か。
私が生きたいと願ったからこそ聞こえて来たありもしない希望の言葉。
すぐにそう思った。
でもその直後のこと。
薄れゆく意識が突然クリアになって、私に迫っていた死の気配が消え去った。
「どうし……て……!?」
言葉が出るなんて信じられない。
それどころか、言葉が出た驚きに体が反応して動いている。
指が動く。
腕が動く。
足が動く。
首が動く。
今までまったく力が入らなかった全身が、どこもかしこも自由に動く。
失われつつあった熱が体中を巡っている。
一体何がどうなってるの!?
もしかしてこれは夢?
もうすぐ死ぬ私がどうしても死にたくなくて、最後の最後で無駄なあがきの夢を見ているの?
そう思っていたら、もう一度声が聞こえて来た。
「これまでの分も楽しんで生きてね」
それはとても温かくて優しい声だった。
確かに私の傍に誰かが居る。
「だ……れ?」
首を動かして部屋の中を見ても、お父さんとお母さんがウトウトと寝ているだけで他に人気は無い。でも窓の方を見たら、誰もいないのに勝手に窓が動き閉まろうとしていた。
誰かが姿を隠してこっそりここに来て私を治して出て行った?
そんなことあるわけない。
だって私の病気は誰にも治せないんだもん。
それこそ神様でもなければ無理。
それなら神様が来たの?
ううん、それもない。
だって神様が居たら私がこんなひどい目に遭うわけがないもん。
だとすると、一体誰がどうやって……?
「あれ……私どうして寝ちゃって……奈緒莉!?」
「おか……さん」
「あ……ああ……ああああああああ!」
私の笑顔を見てお母さんが号泣し、その大声に反応して起きたお父さんが大騒ぎする。
ああ、どうやらこれは夢では無くて現実みたい。
私はこの日、『奇跡』が起きて助かった。
――――――――
病気で死にかけていた私は、一晩で健康体になった。
ずっと寝たきりで筋肉が衰えているはずなのにそんなことはなく、今すぐ全力で走れるくらいには調子が良かった。
胃腸が弱っているから普通のご飯なんて食べられるはずがないのに食欲旺盛で、無理を言ってたくさん食べて先生や両親を驚かせてしまった。
どれだけ検査しても、全く問題が見つからなかった。
あり得ないと先生が頭を抱えていたけれど、健康なのだから入院する必要も無くなった。
強く強く望んでいた『普通』の生活が戻って来た。
やりたいことが沢山あったので、これまでの遅れを取り戻すかのようにあらゆることに全力で取り組んだ。何もかもが楽しくて、生きているって実感出来ていることが嬉しかった。中学校にほとんど通っていなかったから勉強で追いつくのが大変だったけれど、それもまた楽しかった。
あまりにも快活になりすぎて別人になったみたいだね、なんて昔の友達に言われちゃったよ。
そんなある日のこと、シルバーマスク様の存在について知った。
病院に居た頃は、死ぬのに外の事なんて知りたくも無かったから外界の情報をシャットアウトしていた。当然探索者に関する常識も知らなくて、超有名人であるシルバーマスク様についても知るまでに大分時間がかかった。
体を張って命を懸けて人々を守る英雄、シルバーマスク様。
幼い子を守るために腕を喰われながらも魔物に立ち向かう心優しき探索者。
そのシルバーマスク様はエリクサーを数多く持っていて、死にかけている多くの人々を救っている。
この人だ。
私を助けてくれたのはこの人に違いない。
だってあの病気を治せるのはエリクサーしかありえないもん。
しかもあの日は『奇跡の夜』と呼ばれて私を含めた多くの人が死の淵から生還しているという話だ。
エリクサーを沢山持っている人にしか成し得ないことで、その人物は世界中を探してもシルバーマスク様しかいない。
シルバーマスク様が私達を助けてくれたんだ!
確信は無いけれど、間違いなくそうだと私の本能が告げている。
「シルバーマスク様、ありがとうございます」
あの日、病室でかけられた優し気な言葉を思い出す。
『これまでの分も楽しんで生きてね』
シルバーマスク様がかけてくれた言葉の通りに、私は人生を楽しんでいます。
せっかく助かった命なんだから、全力で楽しんで生きると誓って、その通りに生きています。
全てはシルバーマスク様が助けてくれたおかげだよ。
未来をくれてありがとう。
この感謝は一生かけて伝え続けるからね、救様!




