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リュシア戦記  作者: たつと
第1章 孤児院の底で
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第7節 前線への移動


翌朝、まだ空が薄暗い時間に、兵舎の外で号令が響いた。


「徴募兵は全員、荷物を持って集合!」


子どもたちは眠い目をこすりながら外に出た。

 地面には霜が降り、吐く息が白い。


リュシアは布袋を肩にかけ、列の最後尾に立った。

 その横に、昨日から何度か目が合っていた少女が近づいてきた。


「ねぇ、あなた……リュシア、だよね?」


明るい声だった。

 リュシアはゆっくりと頷いた。


「私はミーナ。よろしくね」


ミーナはにこっと笑った。

 軍服の袖が少し長く、手が半分隠れている。


「怖いよね、前線って……。でも、一緒なら少しはマシかなって思って」


リュシアは返事をしなかった。

 ミーナは気にした様子もなく、隣に並んだ。


列の前の方では、年上の少年が兵士に文句を言っていた。


「なんで俺たちまで前線なんだよ。訓練、まだ一日だぞ」


兵士は面倒くさそうに肩をすくめた。


「人手が足りないんだ。文句は上に言え」


少年は舌打ちした。

 その少年の名前はカイルだった。

 背が高く、目つきが鋭い。


カイルは後ろを振り返り、リュシアたちを見た。


「ガキまで連れてくとか、終わってんな……」


ミーナが小さく肩をすくめた。


「……あの人、怖いね」


リュシアはカイルを見つめた。

 カイルの視線は鋭く、どこか苛立ちを含んでいた。


(……強そう)


それだけが、リュシアの頭に浮かんだ。


やがて、兵士たちがトラックの荷台を開けた。


「乗れ。前線の手前にある中継地まで運ぶ」


子どもたちは順番に荷台へ乗り込んだ。

 木の床は冷たく、鉄の匂いがした。


リュシアが乗り込むと、荷台の奥に座っていた男が目を上げた。


「……お前らが新しい徴募兵か」


低い声だった。

 髭が伸び、軍服は古く擦り切れている。

 年齢は四十前後だろうか。


ミーナが小声で囁いた。


「誰だろう……?」


男はゆっくりと立ち上がり、子どもたちを見渡した。


「俺はハルツ・ヴェルナー。お前らの分隊を任されることになった」


その声には、疲れと重さがあった。

 だが、どこか温かさも混ざっていた。


ハルツはリュシアの前で足を止めた。

 しばらく無言で見つめる。


リュシアも目を逸らさなかった。


「……お前、名前は?」


「リュシア」


「そうか」


短い会話だったが、ハルツは何かを考えるように目を細めた。


「……まぁいい。前線に着くまで寝ておけ。寝られるうちに寝るんだ」


そう言って、ハルツは荷台の端に腰を下ろした。


トラックのエンジンが唸り、ゆっくりと動き出す。

 街が遠ざかり、灰色の空が広がっていく。


リュシアは揺れる荷台の中で、ミーナとカイル、そしてハルツの姿を見た。


この三人は、これからの彼女の運命に深く関わっていくことになる。


トラックは街道を外れ、森の中へと入っていった。

 木々の間を抜ける冷たい風が荷台に吹き込み、子どもたちは身を縮めた。


ミーナは膝を抱え、震える声で言った。


「ねぇ……前線って、どんなところなんだろうね」


誰も答えなかった。

 カイルは腕を組んだまま、前を睨んでいる。

 ハルツは荷台の端に座り、煙草を指先で弄んでいたが、火はつけなかった。


リュシアは揺れる荷台の中で、ただ周囲を見ていた。

 ミーナの不安、カイルの苛立ち、ハルツの沈黙。

 それぞれの空気が、混ざり合わずに漂っている。


(……みんな違う)


その違いが、なぜかはっきりと感じられた。


しばらくして、ハルツが口を開いた。


「お前ら、前線に行くのは初めてだろう。……まぁ、当たり前か」


ミーナが小さく頷いた。


「怖いです……」


ハルツは視線をミーナに向けた。

 その目は厳しいが、どこか優しさがあった。


「怖いのは普通だ。怖くないやつの方が危ない」


その言葉に、カイルが鼻で笑った。


「じゃあ、あいつは危ないな」


カイルの視線はリュシアに向けられていた。

 ミーナもつられてリュシアを見た。


「……リュシア、怖くないの?」


リュシアは少し考えた。

 胸の奥にある感覚を探るように。


「……わからない」


ミーナは困ったように笑った。


「そっか……わからない、か」


カイルは何か言いかけたが、ハルツが手で制した。


「いいんだ。怖さの形は人それぞれだ」


ハルツはリュシアをじっと見た。

 その視線は、他の子どもたちを見るときとは違っていた。


(……この子は、何かが違う)


そんな考えが、ハルツの胸に浮かんでいた。


トラックが大きく揺れ、子どもたちが体勢を崩した。

 森を抜けると、遠くに煙が上がっているのが見えた。


ミーナが息を呑んだ。


「あれ……なに?」


ハルツは短く答えた。


「前線だ」


その言葉に、荷台の空気が一気に重くなる。

 カイルは唇を噛み、ミーナは手を握りしめた。


リュシアは煙を見つめた。

 胸の奥が、静かに動いた。


(あれが……戦争)


孤児院で聞いていた“戦争”という言葉が、初めて形を持った瞬間だった。


やがてトラックは中継地に到着した。

 木製の柵で囲まれた小さな基地で、兵士たちが慌ただしく動いている。


「降りろ。ここで一泊して、明日の朝に前線へ向かう」


ハルツの声に従い、子どもたちは荷台から降りた。

 地面は泥でぬかるみ、足が沈む。


ミーナは不安そうに辺りを見回した。


「……怖いね」


リュシアは答えなかった。

 ただ、ミーナの手が震えているのを見て、少しだけ視線を向けた。


カイルは荷物を肩に担ぎ、吐き捨てるように言った。


「こんなとこで寝るのかよ……」


ハルツは子どもたちを見渡し、短く言った。


「今日は休め。明日からは……本当に忙しくなる」


その言葉の意味を、子どもたちはまだ理解していなかった。


だが、リュシアの胸の奥では、何かが静かに形を変え始めていた。

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