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リュシア戦記  作者: たつと
第1章 孤児院の底で
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第6節 軍服と出発


軍のトラックに揺られて孤児院を離れてから、リュシアはほとんど動かなかった。

 荷台には同じように徴募された子どもたちが数人いたが、誰も話さなかった。

 揺れる車体の中で、ただ互いの存在を確認するように視線を交わすだけだった。


街を抜けると、建物は少なくなり、畑や荒れた土地が広がった。

 遠くに見える山の稜線は薄く霞み、空はどこまでも灰色だった。


トラックが停まったのは、小さな駐屯地だった。

 木造の兵舎がいくつか並び、兵士たちが忙しなく行き交っている。


「降りろ」


役人の声に従い、子どもたちは荷台から降りた。

 地面は固く、靴底に砂が入り込む。


兵舎の前で、軍服を着た若い兵士が待っていた。


「今日からここで訓練を受けてもらう。まずは制服を受け取れ」


兵士は無造作に木箱を開け、折り畳まれた軍服を子どもたちに配った。


リュシアの手元にも、灰色の軍服が置かれた。

 布は粗く、ところどころ縫い目が歪んでいたが、孤児院で着ていた服よりはずっと丈夫そうだった。


「着替えろ。サイズが合わなくても文句は言うな」


子どもたちは兵舎の中に入り、壁際で軍服に着替えた。

 袖は長く、肩は少し落ちたが、リュシアは気にしなかった。

 ベルトを締めると、体に重さが加わった。


周りの子どもたちは、慣れない服に戸惑いながら袖を引っ張ったり、襟を直したりしていた。


「なんか……変な感じ」

 「重い……」


リュシアは鏡の前に立ち、自分の姿を見た。

 軍服を着た自分は、孤児院にいた頃よりも少しだけ大きく見えた。

 表情は変わらないままだった。


着替えが終わると、兵士が子どもたちを外に連れ出した。

 訓練場と呼ばれる場所は、広い空き地に木製の柵が立てられただけの簡素なものだった。


「ここで基礎訓練を行う。まずは整列だ」


子どもたちは言われるままに並んだ。

 列は歪み、足の位置も揃わない。


兵士はため息をつきながら歩き回り、ひとりひとりの姿勢を直していった。


「背筋を伸ばせ」

 「足は肩幅だ」

 「前を見ろ」


リュシアは言われた通りに動いた。

 姿勢を直されても、表情は変わらなかった。


兵士はリュシアの前に立ち、少しだけ眉を上げた。


「……お前、落ち着いてるな」


リュシアは返事をしなかった。

 兵士はそれ以上何も言わず、次の子どものところへ移動した。


訓練場の端には、古い銃が並べられていた。

 木製の台に立てかけられ、金属部分はところどころ錆びている。


兵士が言った。


「これから銃の扱いを教える。撃つのはまだ先だ。まずは持ち方を覚えろ」


子どもたちはざわめいた。


「本物……?」

 「重そう……」


リュシアは列の後ろから銃を見つめた。

 その形も、重さも、孤児院では見たことのないものだった。


兵士が銃を一本ずつ配り始めた。

 リュシアの手にも、古い銃が渡された。


金属の冷たさが手に伝わる。

 重さで腕が少し沈んだ。


リュシアは銃を持ち上げ、肩に当てる。

 兵士が近づき、姿勢を確認した。


「……悪くない」


短い言葉だけが返ってきた。


夕方、訓練が終わると、子どもたちは兵舎に戻された。

 夕食は薄いスープと固いパンだったが、孤児院よりは少しだけ量が多かった。


食堂の隅で、リュシアは静かに食べていた。

 周りの子どもたちは疲れ切っていたが、リュシアは変わらず淡々としていた。


兵士たちはその様子を遠くから見ていた。


「あの子……静かだな」

 「泣きもしないし、怯えてもいない」

 「強いのか、それとも……」


誰も答えを持っていなかった。


夜になり、兵舎の灯りがひとつずつ消えていった。

 訓練初日の疲れで、子どもたちはすぐに眠りについたが、リュシアは目を閉じても眠れなかった。


天井の木材には古い傷があり、そこに影が揺れている。

 風が吹くたびに、窓がかすかに鳴った。


(……静か)


孤児院の夜は、泣き声や喧嘩の音で落ち着かなかった。

 ここは違う。

 静かで、冷たくて、どこか遠い。


リュシアは布団を握りしめた。

 胸の奥に、言葉にできない感覚があった。

 不安とも違う。

 期待とも違う。


ただ、何かが動いている。


翌朝、まだ薄暗い時間に兵士の怒鳴り声が響いた。


「起きろ! 外に集合だ!」


子どもたちは慌てて起き上がり、軍服を着て外に出た。

 空気は冷たく、吐く息が白い。


兵士が前に立ち、声を張り上げた。


「今日から本格的な訓練に入る。まずは走れ!」


子どもたちは一斉に走り出した。

 足元の土が跳ね、息が荒くなる。


リュシアも走った。

 体は軽くはなかったが、足は止まらなかった。

 孤児院で毎日動き回っていたせいか、体力はそれなりにあった。


周りの子どもたちはすぐに息を切らし、転び、泣き出す者もいた。


「もう無理……」

 「足が痛い……!」


リュシアは彼らを横目に、淡々と走り続けた。

 胸の奥に、静かな熱があった。


(……まだ走れる)


その感覚は、孤児院で喧嘩を見ていたときのざわめきとは違う。

 もっと静かで、深い。


走り終えると、兵士が銃を持ってくるよう指示した。

 昨日配られた古い銃が、訓練場の端に並んでいる。


「今日は構え方と姿勢を教える。撃つのはまだだ」


子どもたちは銃を手に取り、兵士の真似をして構えた。

 銃は重く、腕が震える。


リュシアは銃を肩に当て、目を細めた。

 金属の冷たさが肌に伝わる。


(……重い。でも)


その重さが、なぜか落ち着く。

 孤児院で感じていたざわめきとは違う、静かな感覚だった。


兵士がリュシアの姿勢を見て言った。


「お前、筋がいいな」


リュシアは返事をしなかった。

 ただ、銃を握る手に少しだけ力を込めた。


昼食の時間、食堂では子どもたちが疲れ切った顔でスープをすすっていた。

 リュシアは隅の席に座り、静かに食べていた。


向かいの席に座った少年が、リュシアをじっと見ていた。


「……なんでそんなに平気なの?」


リュシアはスプーンを止めた。


「平気じゃないよ」


少年は首を振った。


「でも……泣かないし、怖がらないし……なんか、変だよ」


リュシアは答えなかった。

 自分でも説明できない。


ただ、胸の奥にある“何か”が、言葉を拒んでいるようだった。


夕方、訓練が終わると、兵士が子どもたちを集めた。


「明日、前線へ向かう部隊に合流する。覚悟しておけ」


子どもたちはざわめいた。

 泣き出す者もいた。


リュシアは静かにその言葉を聞いていた。

 胸の奥が、ゆっくりと熱を帯びる。


(前線……)


その言葉が、心のどこかに深く沈んでいく。


怖さはあった。

 でも、それだけではなかった。


何かが、静かに動き始めていた。

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