第1節 貧困の街(後半)
両親を失った翌日、リュシアは家の前に座り込んでいた。
寒さで指先はかじかみ、腹は空っぽで、頭はぼんやりしていた。
通りを行き交う大人たちは、彼女を一瞥するだけだった。
「かわいそうに……」
「でも、うちも余裕がないからね」
同情の言葉はあっても、手を差し伸べる者はいない。
誰もが自分の生活で精一杯だった。
昼過ぎ、近所の老婆がパンの欠片を投げるように渡してきた。
「ほら、これでも食べな。あんたの親も苦労してたよ」
リュシアは礼を言い、パンを口に運んだ。
固くて、酸っぱくて、喉に引っかかるような味だったが、それでも食べた。
(……生きなきゃ)
そのとき、初めて“生きる”という言葉が、リュシアの胸に重く沈んだ。
その日の夕方、街の役人がやってきた。
孤児を保護するためではない。
街に放置される子どもが増えると治安が悪化するからだ。
「この子か。名前は?」
「……リュシア」
「年齢は?」
「七歳です」
役人は書類に何かを書き込み、ため息をついた。
「孤児院に連れていく。ここに置いておくわけにはいかん」
その言葉に、リュシアは何も感じなかった。
悲しみも、安心も、恐怖もなかった。
ただ、寒さと空腹だけが現実だった。
孤児院へ向かう道すがら、役人はぶつぶつと文句を言っていた。
「まったく、戦争が始まってからというもの、孤児が増える一方だ」
「国は何をしているんだか……」
リュシアはその言葉の意味を理解できなかった。
戦争という言葉は知っていたが、それが自分の生活にどう影響するのかはわからなかった。
ただ、役人の声はどこか苛立っていて、
リュシアはそれを“自分が迷惑をかけているからだ”と受け取った。
(……ごめんなさい)
心の中で呟いたが、声には出さなかった。
孤児院は街の外れにあった。
古い教会の建物を無理やり改造したもので、壁はひび割れ、屋根は歪み、窓は割れたまま放置されていた。
役人が扉を叩くと、院長が出てきた。
年老いた女性で、疲れた顔をしていたが、目だけは優しかった。
「また……子どもですか」
「そうだ。両親が死んだ。頼む」
院長はリュシアを見つめ、静かに頷いた。
「……わかりました。中へお入りなさい」
その声は、久しぶりに聞く“優しい声”だった。
だが、リュシアは胸の奥に何も感じなかった。
孤児院の中は、外よりも寒かった。
暖炉は壊れていて、薪を買う金もない。
子どもたちは薄い毛布にくるまり、互いに体を寄せ合っていた。
院長はリュシアに小さなベッドを与えた。
スプリングは壊れ、布団は薄く、埃の匂いがした。
「ここがあなたの場所よ。辛いことも多いでしょうけど……一緒に頑張りましょうね」
リュシアは頷いた。
だが、胸の奥は空っぽだった。
(……ここが、私の場所?)
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。
それが何の感情なのか、リュシアにはわからなかった。




