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リュシア戦記  作者: たつと
第1章 孤児院の底で
15/18

第10節 初めての銃声 後半続き

装甲車のエンジン音が地面を震わせる。

 森の奥から現れたその影は、まるで夜の獣のようだった。


兵士が絶叫する。


「隠れろ! 機銃が来るぞ!」


その声と同時に、装甲車の上部で火花が散った。

 次の瞬間、空気を裂くような連射音が響き、塹壕の縁が削り取られる。


ミーナが悲鳴を上げ、カイルが彼女を抱き寄せて伏せた。


「やだ……やだよ……!」


「頭下げろ! 死ぬぞ!」


土が跳ね、木片が飛び、兵士の一人が倒れ込む。

 その血がリュシアの頬に飛んだ。


だが、リュシアは瞬きもしなかった。


(……まだ来る)


胸の奥が静かに冷えていく。


ハルツが叫ぶ。


「散開しろ! 塹壕に固まるな、撃ち抜かれる!」


兵士たちが四方へ走り出す。

 だが、子どもたちにとってはどこも同じ“死地”に見えた。


カイルが叫ぶ。


「どこに行けばいいんだよ……!」


ミーナは泣きながらリュシアの腕を掴む。


「リュシア……お願い……!」


リュシアは二人を見た。

 その目は、恐怖ではなく“判断”をしていた。


(……動くなら、今)


装甲車の機銃が方向を変える。

 その瞬間、リュシアは叫んだ。


「走る!」


ミーナの腕を引き、カイルの背中を押す。

 三人は塹壕の狭い通路を駆け抜けた。


背後で機銃が地面を削り、土煙が舞い上がる。


走り抜けた先は、崩れかけた補給壕だった。

 木材が折れ、土嚢が崩れ、誰もいない。


ミーナが息を切らしながら言う。


「ここ……大丈夫……?」


カイルは肩で息をしながら答えた。


「わかんねぇ……でも、さっきよりはマシだ……!」


リュシアは壕の奥を見た。

 暗く、湿っていて、冷たい空気が漂っている。


(……夜が来る)


空気の匂いが変わっていた。

 夕暮れの冷たさと、戦場の焦げた匂いが混ざっている。


そのとき、ハルツが追いついてきた。

 息は乱れていない。

 まるで戦場の空気そのものが歩いてきたようだった。


「ここで夜を越える。動くな」


ミーナが震える声で言う。


「よ、夜……? こんなところで……?」


ハルツは短く答えた。


「夜の方がまだマシだ。敵も動きが鈍る」


カイルが叫ぶ。


「でも、暗くなったら見えねぇだろ!」


ハルツはカイルを一瞥し、淡々と言った。


「見えないのは敵も同じだ」


その言葉は、戦場の現実を突きつけるように重かった。


リュシアは壕の外を見た。

 空はすでに暗く、森の影が深く沈んでいく。


(……夜になる)


その瞬間、遠くで狼のような叫び声が響いた。

 敵兵の声だ。

 夜襲の合図かもしれない。


ミーナが震えた。


「なに……今の……」


カイルは顔を青くした。


「夜襲……?」


ハルツは銃を構え、低く言った。


「夜の塹壕は、昼よりも危険だ。音だけが頼りになる」


リュシアはその言葉を聞きながら、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。


(……夜の戦い)


恐怖ではない。

 もっと別の、言葉にできない感覚。


そして、夜が完全に落ちた。


闇が塹壕を飲み込み、

 戦場は、音だけの世界になった。

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