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リュシア戦記  作者: たつと
第1章 孤児院の底で
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第9節 前線への行軍 後半

銃声が近づいたのは、その直後だった。

 乾いた破裂音が空気を裂き、陣地の兵士たちが一斉に動き出す。


「敵斥候だ! 持ち場につけ!」

 「急げ、東側の塹壕が薄い!」


怒号が飛び交い、兵士たちが走り回る。

 地面が震え、土嚢が揺れ、空気が一気にざわついた。


ミーナは思わずリュシアの袖を掴んだ。


「……来るの? 本当に?」


カイルは歯を食いしばりながら周囲を見回した。


「わかんねぇ……でも、近いのは確かだ」


リュシアは耳を澄ませた。

 遠くの銃声は、さっきよりもはっきりしている。

 風に乗って、金属の匂いと焦げた空気が流れてくる。


(……戦ってる)


胸の奥が、静かに震えた。


そのとき、ハルツが戻ってきた。

 走っているわけではないのに、足取りは速い。

 周囲の兵士たちが自然と道を空ける。


「お前ら、ここにいろ。勝手に動くな」


短い命令。

 説明も、慰めもない。


ミーナが震える声で言った。


「で、でも……」


ハルツはミーナを見ず、前線の方向を睨んだまま言った。


「動けば死ぬ。以上だ」


その言葉は冷たかったが、嘘はひとつもなかった。


陣地の東側から、兵士が血相を変えて走ってきた。


「敵が森を抜けた! 距離百五十!」


その瞬間、陣地全体がざわめいた。

 兵士たちが銃を構え、弾薬箱が開かれ、怒号が飛ぶ。


「急げ! 撃ち返せ!」

 「狙撃手、前へ!」


ミーナは耳を塞いだ。


「やだ……やだよ……!」


カイルはミーナの肩を掴んだ。


「伏せろ! 頭下げろ!」


リュシアは二人の横で、ただ空を見ていた。

 灰色の雲の向こうで、また閃光が瞬く。


(……来る)


その感覚だけが、はっきりしていた。


次の瞬間、陣地のすぐ外で爆発が起きた。

 土が跳ね上がり、衝撃が地面を揺らす。


ミーナが悲鳴を上げ、カイルが倒れ込む。

 リュシアは衝撃で尻もちをついたが、すぐに立ち上がった。


兵士たちの怒号が飛ぶ。


「敵迫撃だ! 伏せろ!」

 「負傷者を運べ!」


土煙の中で、兵士が担架を引きずりながら叫んだ。


「下がれ! 巻き込まれるぞ!」


しかし、下がる場所などどこにもなかった。


 恐怖よりも、別の感情が胸に広がっていく。ハルツが子どもたちの前に立った。

 銃を構え、前線の方向を睨む。


「動くな。俺の後ろにいろ」


その声は低く、鋭く、迷いがなかった。

 恐怖を押し返すような強さがあった。


ミーナは泣きそうな声で言った。


「……ハルツさん、どうなるの……?」


ハルツは答えなかった。

 ただ、銃口をわずかに上げた。


その姿は、戦場そのもののようだった。


リュシアはその背中を見つめた。


(……これが、戦うってこと)


孤児院では決して知ることのなかった感覚。

 胸の奥が熱くなるような、冷たくなるような、不思議な感覚。


そのとき、再び銃声が響いた。

 今度は、陣地のすぐ近くから。


銃声が近づき、陣地の空気が一気に張り詰めた。

 兵士たちが走り回り、怒号が飛び交う。


「敵が森を抜けた!」

 「距離百! もうすぐ来るぞ!」


ミーナは耳を塞ぎ、カイルは歯を食いしばった。

 リュシアは空気の震えを感じながら、ただ前を見ていた。


突然、陣地の外で爆発が起きた。

 土が跳ね上がり、衝撃が子どもたちの体を揺らす。


「伏せろ!」


兵士の怒鳴り声と同時に、ミーナが倒れ込み、カイルがリュシアを引き寄せた。

 土煙が視界を覆い、耳鳴りが響く。


その中で、兵士が叫んだ。


「子どもでも関係ねぇ! 撃たなきゃ死ぬぞ!」


その言葉は、戦場の残酷さそのものだった。


次の瞬間、陣地の端に影が飛び込んできた。

 敵兵だ。


兵士たちが反射的に銃を向けるが、距離が近すぎる。

 混乱の中、敵兵の一人がこちらへ突っ込んできた。


ミーナが悲鳴を上げた。


「来る……!」


カイルは震える手で地面に落ちていた銃を掴んだ。

 孤児院で見たことはあっても、撃ったことはない。

 でも、今はそんなことを考えている余裕はなかった。


「リュシア、下がれ!」


カイルの声は震えていたが、必死だった。


敵兵が迫る。

 距離は数メートル。

 兵士たちは別方向の敵に対応していて、ここは完全に手薄だった。


リュシアは動かなかった。

 ただ、迫ってくる影を見つめていた。


(……来る)


胸の奥が、静かに熱くなる。


敵兵が飛びかかろうとした瞬間、

 カイルが引き金を引いた。


乾いた音が響き、銃が跳ね上がる。

 弾は外れた。

 カイルの腕が震え、銃が地面に落ちる。


「くそっ……!」


敵兵がミーナに向かって銃を向けた。


ミーナが叫ぶ。


「やめて……!」


その瞬間、リュシアが動いた。


地面に落ちていた別の銃を拾い、

 迷いなく敵兵に向けて構えた。


孤児院で教わったわけではない。

 誰かに習ったわけでもない。

 ただ、体が勝手に動いた。


敵兵と目が合う。

 その目には殺意があった。


リュシアは引き金を引いた。


銃声が響き、敵兵の動きが止まる。

 土煙の中で、その影が崩れ落ちた。


ミーナの顔には敵兵の血が付き口元を押さえ、震えた声を漏らした。


「リュシア……今の……」


カイルは呆然とリュシアを見た。


「お前……」


リュシアは答えなかった。

 ただ、手の中の銃を見つめていた。


(……撃った)


胸の奥が、静かに冷えていく。


そのとき、ハルツが駆け寄ってきた。

 状況を一瞬で把握し、倒れた敵兵とリュシアの手元を見比べる。


「……そうか」


短い言葉だった。

 驚きも、称賛もない。

 ただ、戦場で生き残った者を見る目だった。


「お前ら、ここはもう危険だ。移動するぞ」


その声は冷たく、しかしどこか現実的な重さがあった。


リュシアは銃を握ったまま立ち上がった。

 ミーナとカイルはまだ震えていたが、動くしかなかった。


遠くでまた爆発が起きる。

 戦場は、彼らを待ってはくれない。


(……これが、戦うってこと)


リュシアは胸の奥に沈んでいく感覚を抱えながら、

 ハルツの後ろについて歩き出した。


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