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【短編版】聖女の力を軽く見積もられ婚約破棄されました。後悔しても知りません。侯爵令息の紅の魔術師に全てを注ぎます。好き。

作者: 日向雪

「君との婚約は破棄する!」


 アクランド王国の第二王子殿下が私を指さしながらとんでもない暴言を口にした。嘘でしょ!? 私の婚約者である王子殿下がゴミでも見るような目で私を見ている。私はそっと後ろを振り返った。該当者らしき人はいない。というか現時点で第二王子殿下の婚約者は私なので私が当事者以外の何物でも無い。ナ二コレ? 現実? 何が起きてるの?? 私は呆然自失としながら、今日の日の為に買った既製品のドレスのスカートを握る。既製品と言っても私の貯金を大部叩いた。


 思えば既製品の自前ドレスを着ている時点でおかしい。王子殿下からはドレス、貴金属類等何一つ送られていない。ついでに今日の王立学園卒業記念パーティーでのエスコートも受けていない。ないないづくしの無いづくしだ。ここまでないといっそ清々しいくらい。変だな? とは思っていたのよ。でもまさかこんなっ。


 私は王子の右横に寄り添うように立っているココ・ミドルトンを見やる。可愛らしい顔をしていて、ふわふわの亜麻色の髪が揺れる。私なんてドストレートの直毛銀髪に凍り付くような冷たいアイスブルーの瞳だ。よく配色ブリザードとか言われる。見ていて寒くなりそうな容姿だ。氷河の上に生きる白熊とかペンギンとかそういった者達と友達になれそう。


 こんな容姿だが一応聖女だ。むしろこんな容姿だから聖女なのだが。故に王立学園でもイレギュラーな聖女科(五人しかいないけど)。しかも聖女科だけは礼拝堂を使うため他の科の生徒達と学び舎が遠くなる。そこをつけ込まれたか何だか知らないけれど、王子は学校一の美少女と謳われたココ・ミドルトンとせっせと浮気していたらしい。


 アホらしい。アホらしくて泣けてくる。私が毎日毎日聖女修行に明け暮れている間に浮気とな? とんだ不貞王子じゃないか。しかしこの国の王子は聖女と結婚するのが慣わし、婚約は第一聖女が王太子殿下、第二聖女が第二王子殿下と続くわけだ。ココ・ミドルトンは聖女じゃない。これいかに?


「殿下、ココ・ミドルトン男爵令嬢は聖女ではありませんが、どうなさるおつもりですか?」


 そうだそうだ。ココは聖女じゃないもん。私は婚約破棄されないもん。もう自分で自分を勇気づけるしかない。顔ではボロ負け。スタイルもボロ負け。私は伯爵家なので身分は辛うじて勝ってはいるが、貧乏伯爵家である。いわゆる名前だけでその実没落寸前だ。


「フン、楯突くとは生意気な。真実の愛の前では聖女か聖女ではないかなど些末な事。ココは気立てが良く愛らしい。それだけでお釣りがくるわ!」


 嘘! それだけでお釣りが来るの!? 私は盛大に突っ込んだ。聖女はそんなにお安い? 聖魔法使いだよ? 回復とか出来るんだよ? お釣りどころか足りないって話だ。私がどんだけ修行して擦り傷一つ治せるようになったと思っているんだ。頭がこんがらがる程の術式を組み立てて発動させるんだぞ、おい。


「そもそも王家には第一聖女妃殿下があらせられる。聖力の低いお前なんかいらんわ。フン」


 確かに王太子殿下の妃は第一聖女様だ。普通に私の先輩ですけども。じゃあ何で第二王子殿下も第三王子殿下も第四王子殿下も聖女と結婚する慣わしなのよーっ。


「国王陛下がお許しになるとは思えません」


 私は最後の最後頼みの綱のように、最高権力者の名に縋った。


「国王陛下はお前の父ではなく我が父上だぞ。誰の味方かは火を見るより明らか」


 終わった。私の最後の切り札すら塵と消えた。私は涙目になりながらココを見るくらいしか出来なかった。


「おお見苦しい。振られた女に睨まれてしまいました」


 ココが縋るように王子殿下に助けを求めると、王子殿下が私をまるで汚物を見るような顔をして睨む。ゴミから汚物へ格下げです。もう下がるとこありませんよね?


「出て行け! そして二度とその顔を見せるな」


 私は耐えていた涙が目尻に伝うのが分かった。これ以上この場にはいられない。せめて早いところ消えてしまいたい。


 私は目頭を押さえながら、顔を隠すように下を向いて駆け出した。

 ええ。ドレスの割には早く走れましたとも。そんな自分を褒めて上げたいわ。

 私の卒業パーティーは散々なものとして終わった。もう思い出したくも有りません。


◇◇


 私は王立学園寮の一室で三日三晩泣き明かした。私が何をしたというのだろう? 卒業生の晴れの舞台であるダンスパーティーで衆人環視の下、婚約破棄を一方的にされるなどあんまりではないか……。生きていけない。生きていく場所がない。しかし無情な事に卒業生は卒業後一週間でこの部屋を明け渡さなくてはならない。人生詰んだよ? どうしよう……。


 元より貧乏領地には帰れない。お父様お母様になんと言えば良いのだろう? 私が第二王子殿下の婚約者になった時、諸手を挙げて喜んでくれたのに。あんまりにも申し訳なさ過ぎる。領地に真実が伝わるのが怖い。

 

 然りとて元婚約者は簒奪者と浮気中。ココ・ミドルトンやり手だわ。自分の武器を良く理解していて、魔力の無い男爵家令嬢から王子妃までのし上がりに来た。魔力というのは王族と高位貴族に遺伝しやすい性質がある。そして遺伝の証として、髪や目の色に特徴的な色を顕現する。例えば赤髪に生まれると魔力属性が火となる事が多い。私は癒やし手なので水と光属性ということで、銀髪とアイスブルーの瞳な訳だ。


 ちょっと見ない色だからか、他人に避けられる事避けられる事。やれ性格が悪そう、やれ冷たそう、取っつきにくそう、気位が高そう。別にそんな事無いって! どちらかというと庶民的ですら有るのに。悲しい。友達すら満足に出来なかった。


 そうだ心を入れ替えよう。取っつきやすい伯爵令嬢ロレッタ・シトリーになるのよ。特徴は貧乏。特技は擦り傷を治すこと! 婚約破棄が玉に傷だけど、お安くしときますよ? どうですか? よく働きますよ!


 ……当面、私の糊口をどう凌ぐかという事だ。早いところ次の寮? を探さなければ。四日後に野垂れ死ぬ。貯金はドレスで無くなってしまったし。換金する? 兎に角、既製品だが売りに行こう。靴もアクセサリーも。そして就活だ。結婚予定だったのでまったく就活をして来なかったが、明日、職業安定所に行こう。このさいメイドでもありだろうか? 贅沢は言っていられない。住み込み三食付きが第一条件だ。そうで無ければ路頭に迷うわ。


 そこまで考えるとやっと落ち着いて来たのか、眠気がやって来る。沢山眠ろう。そして明日、自分の人生をリセットするのだ。もう身分の高い男には頼るまい。金と自分を頼りに生き抜くんだ。そして熱りが冷めたら貧乏伯爵家に帰って、ひっそりと生きよう。もう二度と夢は見ないのだ。 


◇◇


 私は職業安定所の掲示板を目を皿のようにして見ていた。募集が少ないのかチラホラしか張っていない。この中から、住み込みか寮完備を選ばなくてはならない。住む場所が無いって虚しいわね。ちなみにシトリー伯爵家のタウンハウスは賃貸として貸し出している。財政がのっぴきならないのだ。背に腹は代えられない。


 血走りながら掲示を見ていると、同じく掲示板の前にいた青年にぶつかってしまう。転びそうになった所を青年が支えてくれた。手がとても温かい。身に染みるわ。


「申し訳ありませんっ」

「………」

「あなた様も職探しですか? いや大変ですよね? 時期を逃したせいかめぼしい物は殆ど有りませんね? 私はこの侯爵家三食付き侍女。魔法素養の有る者優遇にしようと思っている所です。でもこれ面接と履歴書提出と書いてあるんです。私、三日前に婚約破棄されたばかりで履歴が最悪なんですけどどう思います? やっぱり当たって砕けろですかね? でも私砕けて立ち直れる程、心に余裕が無いんですよね」


 べらべら捲し立ててから、初めて青年の顔を見た。魔術師だ。緋色の瞳をしている。赤は紅の魔術師。灼熱の炎を司る者。分厚いローブを着てフードを頭から被った上に黒いマスクをしている。瞳しか見えない。暑そうですね?

 しかし何故こんな所に? 紅の魔術師はその魔術の質から引く手数多だ。何と言っても攻撃魔法が段違いなのだ。職安で掲示板なんて見なくても、魔法省でも魔法師団でもいくらでも就職口がある。


「よく喋るね…。まるで口から生まれたみたい」

「……」


 紅の魔術師に嫌みを言われた? 魔術師はあきれたように私を見ていた。瞳以外は見えないが仏頂面をしている気がする。私の所為?


「仕事を探している訳じゃなく、労働者を募集している側だ。君が言っていたのは我が家が出している侍女募集の紙だ」

「へ?」


 え? この人が雇用主? 私は一瞬の間を挟んで床に膝を付く。


「あなたは大変魅力的な雇用主です。どうかこのロレッタ・シトリーを雇っては頂けませんか?」


 履歴書と右手を差し出す。

 両手を差し出した状態で変な姿勢になってしまった。気にするな! ドンマイ!

 目の前の彼は呆然としていました。ええ。当然ですよね。

彼の手袋をした手は小刻みに震え、私の右手、ではなく履歴書を手に取った。

 数分後、私の雇用先はあっけなく決まったのだ。


◇◇


 青年は名門エース侯爵家の総領息子だった。エース家は代々火の属性を顕現させている魔法省長官の家柄。何故公に侍女を探していたかは知らないが、私はその日のうちに引っ越しを済ませ、部屋を頂いた。一人部屋だ。新人の侍女に一人部屋なんて凄く恵まれている。しかもベッドふかふか。机もあり清潔。気に入りました。誠心誠意尽くさせて貰います。


 侍女のお仕事は侯爵の息子であるルーシュ様の身の回りの世話だ。早速朝なので起こしに行く。お寝坊さんなんですね? お坊ちゃまとは大概そういうものですよね、分かります!


 私はノックをしてから返事を待ったが、寝ているようなので返事がなかった。入りますよ?


「おはようございます」


 陽はとっくに昇っていたが、ルーシュ様は布団を頭まで被って丸まっていた。


「朝ですよ。おはようございます」


 遠慮無く揺すってみた。

 熱い? 熱がある? 私は布団を捲るとルーシュ様の額に手を当てる。一瞬で私の手が燃えた。え? 燃えた??????

 私は無詠唱で水魔法を展開する。強い火だ。メラメラと全てを焼き尽くす炎。

 腕が炎に包まれたのは一瞬で、水のベールが私の手を包み込む。同時に聖魔法を展開して軽度の火傷を治した。多重魔法マルチキャストです。フフン。聖女の神髄ですよ?


 それを見てたルーシュ様は目を見張った。


「俺の炎を打ち消した!?」

「フフン。四日前に第二王子殿下に振られた第二聖女ですけども。腐っても第二聖女ですからね、結構腕は良いんですよ」


 私はドヤ顔でしゃべり出す。


「もしや、魔力暴走ですか? 良かったですね、私が聖女で。しかも水魔法に長けた聖女ですよ。あなたの魔力暴走の症状にピッタリです。どうです? 私がいれば安心ですよ? 終身雇用して下さい」


 そう言えば、昨日着ていたコートだとか手袋だとかは、防火処理がされているのだろう。この部屋のベッドも。さすがエース侯爵家。金に糸目を付けぬ魔道具仕様だわ。


 昨日はマスクとフードで顔が見えなかったが、ルーシュ様は大変な美形だった。赤銅色の髪に白い肌。均整の取れたスタイル。第二王子殿下より余程目を引く見た目をしている。まあ、高位の魔術師なんでね、色が特徴的です。ちなみに第二王子殿下は妾腹で魔力がない。生母様の身分が低くて顕現しなかったのだ。茶色の瞳に焦げ茶色の髪をしている。非常に一般的な色だ。だから私の事が嫌いだったのかもしれない。私の父は伯爵だが母は公爵令嬢だった。しかも母の母、つまり私の祖母は王妹であり祖母の母、つまり曾祖母は聖女だ。だから私に聖女の力が顕現した。

今はしがない貧乏伯爵令嬢ですけどね。


「気に入ってくれましたか?」


 私はルーシュ様ににっこり微笑んだ。スマイルにはお金が掛からない。雇用主には気に入られないとね!


「気に入った。結婚してくれ」

「え?」


 ルーシュ様はその場に片膝をついて、私に手を差し出した。


「ロレッタ・シトリー嬢? 俺ルーシュ・エースの生涯の伴侶になってくれないか」


 ロレッタの時が止まった。今、何と? 昨日会ったばかりですよね? それで合ってますよね? しかも私の名前うろ覚えなんですね! 分かります!


「……あの、次の日破棄とか言いませんよね」

「もちろん」

「じゃあ、誓約書を書いてくれますか?」

「ああ」

「絶対ですよ?」

「約束しよう」


 私は彼の手を取った。その瞬間体が炎に包まれた。二人同時に燃え上がり、そして間髪を容れずびしょ濡れになった。そして目が合うとどちらからともなく笑ってしまった。


 体に有する魔力が膨大過ぎて、ルーシュ様は魔力コントロールに苦労しているようだった。だから私はいつも彼の横に寄り添うようにいる。彼には私が必要だった。それがとても嬉しい。


 第二王子殿下があれからどうなったかというと、あんなに自信があった親子関係の筈なのに、国王陛下に勘当され、王族籍を剥奪。ココも男爵家から離縁され二人で庶民に下ったらしい。真実の愛とやらを貫けて良かったですね。おめでとう。


 私はというと、熱冷ましのポーションが製品化され莫大な富を築いた。隣には優しい旦那様と子供が二人。女の子は聖女で男の子は紅の魔術師。王子に振られた日から結構充実しています。あんな人と結婚しなくてほんとに良かった。今が幸せです。





誤字脱字報告ありがとうごさいます。

ブクマ&評価して頂いた皆様、ありがとうございます。

【連載版】始めました。宜しくお願いします!

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― 新着の感想 ―
♡作者様.日向雪様の気分を害される内容や規定に反する場合は削除しますので、お教えください。 ☆2人の娘=聖女目線で書いてみました ◇◇◇◇◇◇◇ 「おかえりなさいませ、お嬢様」 「ただいま、お母様…
連載から入りました。最新話まで読ませていただいています。シリル様とのシーンのほうが多くて…(泣)最近、シリルが鬱陶しくなってきてしまった(泣)ルーシュとロレッタのシーンがあるとその部分を何度も繰り返し…
[一言] この短編からあの連載を生み出したのですねぇ 連載版を先に読んでいるせいでしょうか、ちょっとびっくりです ルーシュがこちらで幸せになれてるのならあのオタッキーな彼が幸せになるパターンがあって良…
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