彼岸花の季節
あの、燃えるような花が咲き乱れる季節になった。
彼岸花は、真澄にとって忘れられない、大切な思い出の花だった。不思議な幼馴染み、裕斗との。
幼馴染みとは言うものの、裕斗はいつも物静かで、あまり言葉を交わすことはなかった。それでも家は近かったので、よく学校から一緒に帰った。いや、同じ方向に歩いただけ、と言う方が正しいかもしれない。無言で帰ることもしばしばだった。
裕斗の心を探ろうと、真澄は一言か二言何かを尋ねることもあった。それでも、いつも返ってくるのは曖昧な言葉ばかりだった。
クラスでも裕斗は影のような存在だった。そして、裕斗はそのようにいることを好んでいるようだった。真澄は裕斗のそんな姿をずっと見ていた。もし裕斗が仲間はずれになっていたのなら助けなければならないだろう。しかし、本人がそれを望むのなら、下手に打ち解けさせようとするのはやめたほうが良い。真澄はそう思った。
高校3年生の秋、真澄と裕斗はいつものように黙ってあぜ道を歩いていた。ふと真澄は横を見て、裕斗がいないことに気づいた。真澄は驚いて振り返ったら、裕斗は数メートル後ろで立ち止まっていた。
「どうしたの?」
真澄は尋ねた。裕斗は何も言わず、彼岸花で赤く染まった畦を指さした。
「彼岸花だ。すごいね。」
真澄は言った。すると、珍しく裕斗は話した。
「彼岸花って、火事になるとか、墓地に生えてるとか、あまりいいようには言われてないよね。...でも、僕は思うんだ。彼岸花は綺麗なんだ。だったら、それでいいじゃないか、ってね。」
裕斗は独り言のようにつぶやいた。
「...うん。」
真澄は久々に裕斗の心の内を聞いて不思議な気持ちになった。目の前に広がる彼岸花と、影のような裕斗。彼岸花の鮮やかな色彩が灰色に染まった裕斗に色彩を与えたように、裕斗はいきいきとしていた。
真澄は、色彩を取り戻した裕斗の姿が忘れられなかった。
「彼岸花は赤だけじゃないんだ。時々、白いものが混じってることがあるらしいよ。きっと、白いのを見つけたら、なにかいいことが起こるよ。」
そう言って裕斗は歩き出し、もとの影に戻った。
真澄たちは高校を卒業し、真澄は遠くの大学へ通うため町を出た。裕斗のことはもはや何も分からなかった。今もあの町にいるのか、それともどこかへ行ってしまったのか。
それでも、真澄は裕斗のことを想い続けた。色彩を取り戻した裕斗が、頭の片隅にいつもいた。
大学を卒業して、真澄は町へ戻ってきた。真澄は裕斗を探したが、見つからなかった。近所の人の話によると、裕斗は就職先が決まって、町を出ていったのだった。
真澄はそれを知って涙が出そうになった。ちょうど、すれ違ってしまったのだ。裕斗に会えたら話したいことがたくさんあった。たとえ曖昧な返事しかしてくれなくても良いから、言いたいことがあった。
そして迎えたのがこの、彼岸花の季節だった。
真澄は、あのあぜ道を歩いた。裕斗との思い出の全ては、そこにあった。黙って歩いたあの頃。当時はそれが少し不満ではあったが、裕斗に会うことさえできない今と比べれば、よほど幸せだったのではないだろうか。
真澄は立ち止まった。赤い彼岸花の間に一本だけ、白い花が咲いていたのだ。
白い彼岸花。それに違いなかった。赤に染まりきれず、白い姿を見せるその花は、あの人にどこか似ていた。
「白い彼岸花を見つけたら、いいことがあるかもね。」
真澄は不意に後ろから話しかけられて飛び上がりそうになった。振り向くと、そこにはあの、灰色のオーラをまとった人物が立っていた。
「裕斗君!」
真澄は叫んだ。ずっと会いたかった裕斗が目の前に現れるとは思ってもいなかった。白い彼岸花の力だろうか。
裕斗はほんの少し、笑顔を見せた。真澄は裕斗に言った。
「いろいろ話したいことがあるの。」
「僕も、あるかもしれない。」
裕斗は変わらず、独り言のように言った。
赤い彼岸花のあぜ道を、彼らは歩いていった。