96 大聖女の聖戦終結
ダイアナ大聖女の聖戦は一戦もする事なく終わりを告げた。聖徒教会の公式発表は、“大聖女の威光に魔人も恐れを成して、逃げ出した。“と言う、ひどく手前勝手なものだった。その公式見解を否定しないことを条件にダイアナは聖徒教会が以降の大森林及びその先の滅びた王国の探索の中止を認めさせた。それは、ルーとの約束だった。
滅びた王国の霊山と鳥居に蓄えられた魔力の事は、大聖女の聖戦に参加した協力者の義務と、ルーは報告を入れていた。とは言っても、問題が問題なだけに、伝えたのはダイアナ大聖女とアルブレヒト王太子の二人のみだ。もし、この事実が、外部に漏れた場合、その漏洩元がシャナーンなのかブラフなのかで、対応が変わってくるからだ。二人とも、これまでの流れから、魔石至上主義に戻ることを好ましくない、と考えている。少しずつ進めてきた脱魔石の流れを断ち切りたくはないので、蓄えられた魔力をそうと知れないように、世界に帰す、と言う考えを支持してくれた。
何十年もかけて帰している間に、霊山の秘密をシモンが、鳥居の魔力を貯める仕組みをラモンが研究する事に対しては、難色を示された。この二人の能力を高く評価しての事なのだが、まだまだ、二人に期待するところが大きいのだ。
「まあ、そう長く拘ってばかりはいないだろうけどな。」
一応の了解を得て、ラモンが言う。
「大体、ヴィシュやマリをずっと、ここには置いとけないだろ。」
ブラフ・ルー・ヴィシュ・ザ・フィフスは、コルドー大陸に来て、そろそろ半年になる。次期当主だった昔とは違い、当主としての仕事を放り出すわけには行かない。代行してくれている実兄ブラフ・ガルから、連日のように帰国を促す連絡が入ってきている。
《全く、兄者も情けない。兄者が当主を継いでも良かったのだから、もう少し、頑張ってもらいたいものだ。》
五重塔ダンジョンを攻略できない苛立ちも込めて、ルーはつぶやいた。
そう、五重塔ダンジョンはまだ攻略中だ。最上階に到達するのには全く苦労しなかったが、そこから先、これまでの攻略者達と同様、ダンジョン主の階層が見つけられずに燻っていた。ミルナスとシルキスにとっては、オーガ相手に戦闘力を高めるとても良い訓練になっているらしいが、ルーを始め、ブラフの精鋭達は流石に飽きてきているらしい。一度、霊山探索隊と交代する話も出ていた。
大聖女の聖戦終結を受けて、フェラ砂漠を探索していたインディー達にこれ以上の探索継続の大義名分がなくなってしまった事もあり、彼らとの合流も考えねばならない。
「このまま島に連れ帰ったら、インディーはブチギレるかもな。」
くつくつと笑ってラモンが言う。
確かに。
暴れ足りないと言って、魔人征伐に向かったのに、ほどほど強い魔物とは遭遇したものの、魔人の気配すらなかった、と毎日の報告で愚痴っている。このまま、帰国、は不完全燃焼だろう。
仕方がないので、霊山探索組とフェラ砂漠組でダンジョン攻略を継続し、ルーとマリはダンジョン組と共にシャナーン経由で帰国する事になった。
ラモン・シモンは引き続き霊山探索を続けるが、ミル・シルはダンジョンに戻りたい、と言う。
《アイリはどうする?》
霊山か、ダンジョンか。正直、悩んでいたアイリに弟達から声がかかった。
『ねーちゃん、来てよ。俺たちがどれぐらい強くなったか、見て欲しいんだ。』
『ウィンさん達にも、僕とシルの合同魔法見せたいです。』
《それに、はっきり言って手詰まりだ。アイリなら、何か突破口を見つけてくれるかも、と期待している。》
何故か横でラモンが大笑いしている。ジト目で見つつ、一応、アイリは確認をした。
《ルー、それ、本当に期待?》
《ほ、本当だとも!》
何か怪しい。遠話の魔導具の後でシルキスのぶはっと吹き出す音が聞こえたような気がする。
《良いけどねー。カイさんはどうするの?」
途中からコルドー標準語に切り替えて、アイリはカイに尋ねた。彼が両方の言葉を解するのは知っているが、アイリの頭の中は、ブラフとの会話以外はコルドー標準語仕様だ。
「僕は・・・。そうですね、ダンジョンにも興味はありますが、やはり、攻略の役には立たないでしょうから。リンと離れるのは、少し残念ですが、ここに残ります。」
ダンジョン組も一旦、霊山に戻り、交代要員のフェラ砂漠組と合流後、その最新魔導車で二組六人とルー達は帰国、一組三人はシャナーンに駐在する。アイリ達姉弟と三組九人は再度五重塔ダンジョンへ向かい、ラモン、カイと一組三人はそのまま、霊山の拠点で調査を継続する。拠点の人数の少なさは気になるが、ダンジョンまでは魔導車で一日の距離だから、問題ない、とラモンが言い、人数が多い程研究の気が散る、とシモンも同意した為、こう言う割り振りになった。
次々、具体的になる帰国の話に、カイの膝の上にいたマリの表情が次第に泣きそうになっていったのに、一番に気がついたのはアイリだった。
《どうしたの?マリちゃん》
打ち合わせの途中の為、耳元で小声で尋ねる。
《マリとママだけ、かえるの?パパもあーしゃんも、マリとしゃよならなの?》
寂しそうにこぼされた言葉にラモンはその場で崩れ落ちた。
「マ、マリ。パパもマリとさよならするのはとても辛いんだぜ。」
絞り出すようにラモンが言う。「だけど、この霊山と鳥居の研究はパパとシモンおじさんじゃなけりゃできない仕事なんだ。ママも島のブラフの仕事が溜まってるから、帰らなきゃならない。マリはパパの代わりにママに付いていてくれないか?」
《・・・研究、おわったら、かえってくゆ?》
「勿論!一番にマリに会いに行くに決まってる。」
《・・・わあった。》「マリ!」
そんな一幕の後、それでもやはり元気のないマリにカイが、親子三人でお揃いの何かを持つのはどうか?と提案した。
「昔、読んだ本の中に、親しい者達の間で、お揃いの物を身につける、と言う話が出ていましたよ。」
《おしょろい?》
「それ、素敵。良いね。私も仲間に入れて欲しいくらい。」
《あーしゃんともおしょろい?》
大きく頷いたアイリに今度こそ、マリの顔に笑顔が浮かんだ。
《おしょろい、おしょろい。》
歌うようにマリが言い、アイリとカイと手を繋いで歩く。お揃いの何かを探すのだが、どれも彼女の気には入らなかったようだ。
ふと、霊山で集めた朽ちた鳥居の欠片が目に入った。シモンが研究用に回収した物だが、確かまだまだ、落ちていたはずだ。これなら、少しもらっても良いかも。
《また、拾ってくるからいくつか貰うね。》
近くにいたブラフ海賊に声をかけ、ちょっと長めで太い物、細く短い物、枝分かれしている物、クルンと丸まっている物、色々な形の欠片を机の上に広げた。
《これで何か作ったらどうかな。》
水の魔力を込めたアイリの鏃でなら、この鳥居の欠片を削ることが出来る事は確認済みだ。太い欠片からなら、削り出すことも出来るし、面白い形の欠片なら、それを生かして加工しても良い。材料は沢山あるし、とついつい楽しくなって色々削り出してしまった。楽しそうな三人に興味を惹かれ、ブラフの面々も集まってきて、みんなでワイワイやっていると、話の終わったラモンが魔導車から降りてきて、呆れていた。
「お前ら、それ、多分、そこいらの魔石より、貴重。」
《パパ!見て、おしょろい!》
走って来た愛娘の手に握られた装飾品は、鳥の形をしていた。
「一応、魔鳩のつもりなんだよ。どんなに離れていても、声が届くようにって願いを込めたからね。」
「愛し子ちゃんが作ったのか?」
「・・・カイさんが削りました。私のは、こっち。」
そう言って見せられた欠片は、不思議な形をしていた。




