95 方針決定
《では、鳥居から少しずつ魔力を放出させる、で決まりだな。》
ルーの一言で自分達の方針は決まり、問題はこの秘密をどう守るか、に移った。魔人がらみで滅びた王国に探索に来ている以上、何かしらの結果は持ち帰る必要がある。スライムは今の所、影も形も見つけられない。シモンの推察通り、鳥居の転移先がシェラ砂漠のオベリクスであれば、既に転移後である可能性も高いが、何処かに隠れている可能性もあり、油断はならない。
《ダイアナ様の方はどうなの？》
魔人討伐隊本隊に残してきたブラフ海賊とは毎日連絡を取っている。本隊もスライムとの遭遇はなく、焦った聖徒教会関係者が、今頃になって、騒ぎ立てているらしい。魔人が見つからないのであれば、当初の計画通り、滅びた王国のダンジョン攻略に行くべき、とシャナーン王都の大神殿からせっつかれている、と言う。
勿論、魔人討伐という聖戦、を掲げてのダイアナ大聖女と勇者アルブレヒト王太子の遠征である。シャナーン国王に送る魔石を得る為のダンジョン攻略に、その国の王太子を使う訳にはどんなに厚顔な聖徒教会副司教といえどもいかない。だが、その二人は別として、同行している聖女、神官、近衛第二の部隊などを手駒として使えれば、雇われ傭兵などより、はるかに攻略成功確率が上がる、というものだ。
「クソッタレな、セコさだな。」
ラモンが大きなため息をついた。
《大聖女も王太子もいい様に使われるような方々じゃ無いから、あまり心配はしていないさ。しかし、聖徒教会の目がこちらに向くのは避けられないかもしれない。》
幸い、今、自分達は五重塔ダンジョンを攻略中だ。先に成功すれば、聖徒教会が来る口実自体が無くなる。自信たっぷりに言うルーにアイリは攻略が順調に行っているのか、尋ねた。
《あー、まあ、予想通り、だな。》
途端に言葉に苦笑が混じった。「？」
《最上階まで到達し、階層主は倒した。ミルナスもシルキスも元気だ。だが、ダンジョン主が出ない。・・・噂と一緒だ。》
沈黙。
《今、色々試しているところだ。どこかに隠し扉や隠し通路がないか、挑戦人数を変えたり、武器を変えたり、魔力だけで戦ったり。まあ、もう少し頑張ってみるさ。》
「うん、わかった。でも、無理しないでね。それにしても、早いね、まだ二日目じゃ無かった？」
《まあ、最上階まで到達するだけなら、過去に何組もいるから、攻略法はわかっている。出てくるオーガ自体もそれ程強くない。だが、ダンジョン主の階層が見つからない。罠に嵌ると、一階に戻される。》
しばらく雑談をして、アイリはラモンに席を譲った。もう、マリは眠ってしまっており、明日になれば、ママと話したかった、と大泣きされる、とラモンがこぼしているのが聞こえ、アイリは少し笑ってしまった。
魔導車から降りて、珍しく晴れた満天の星空を見上げた。夏の星座が秋の星座に変わろうとしている。
「リン。」
追いかけてきた声は吟遊詩人のもので、アイリは自然と笑顔になった。
「少し話、出来る時間はある？」
頷いたアイリを拠点の結界の端、中央の焚き火から少し離れた所に誘って、カイはランプに火を灯した。小さな光が、暗闇の中、二人を浮かび上がらせた。
「一安心？」
「？」
「鳥居の魔力をどうするか決まって安心した？」
足元に置いた小さなランプの光は、二人の足元を照らすのみで、カイの顔は、見る事が出来ない。それでも、その言葉にはアイリの気持ちの奥を伺うような感じがした。
「これで良かった、と思う反面、私たちが、あの膨大な魔力の扱いを決めてしまって良かったのかな？と悩んでもいる。間違いなく、世間をひっくり返す発見だから。」
そう言ったアイリは真上、無数の星々を見上げた。
「あの鳥居が作られた目的もわからないのに、魔力を解放してしまって大丈夫なのかな？とかね。」
「そうなんだ。リンはあの魔力を自分のものにしたいとは思わないのかい？」
「え？」
想像すらしなかった事を言われたのだろう。アイリの声が、一段高くなり、見えないものの目がまんまるに見開かれているのだろう、と想像して、カイは小さく声を出して、笑ってしまった。
「僕が知る人間は、大抵、欲深い。それ自体が悪いとは言わない。欲望を叶えるために努力するのが人間らしいから。欲がなければ、ヒトと言えない、のだろう？だが、先程の話し合いでは、リンを始め、ラモンさんもシモンさんもブラフ伯爵も誰も、あの魔力の塊を独占しようとはしない。どうして？」
本当に不思議そうに聞かれ、逆にアイリも問い返した。
「じゃあ、カイさんは独り占めしたいの？」
「僕？ 僕はリンと違って、精霊と契約しているわけじゃないから、生の魔力をもらってもどうしようもないかな。」
「生の魔力って・・・。ふふっ、カイさんその表現。」
「変かな？」「変です。」
二人で密かに笑いあった。
「独り占めしてもどうしようもない、って言うのは私も一緒です。私、元々、あんまり魔力量多くないんです。この頃、やっと精霊達に釣り合うぐらいにはなれたかな、って感じで。それに、独占なんてしたら、それこそ、逃げ出してきた聖徒教会と同じ事をすることになっちゃうじゃないですか。」
そう言うアイリは、膝を抱えていた右手を離すと、そっとその人差し指を伸ばした。指の先を見つめながら、カイを見遣る。
「私の指の先に生まれたての火の精霊がいます。小さな赤い綿毛。見えますか？」
カイはじっと見つめていたが、小さく首を左右に振った。
「イーウィニー大陸では、至る所に精霊がいるんです。それこそ、舞い散る花びらの一枚一枚や、爆ぜる火の粉にだって。あちらで何年か暮らして、コルドー大陸に戻ってくると、精霊の少なさに驚きます。でも、オベリスクや鳥居を見て思ったんです。当たり前だ、って。大陸中の魔力を集めて、あんなものを作ったら、魔力が薄まって当たり前なんです。だから、元に戻したい。それだけです。」
「もし、その結果、良くない事が起きたら？」
「仕方ないから、全力で立ち向かいます。逃げるのをやめようと思って帰ってきたので。」
言葉は立派だが、アイリの顔は情けなくも、困った顔になってしまっていた。
「では、そんなリンには、自信のつく曲を弾いてあげよう。」
そう言うと、カイは抱えていたリュートを構え直した。「生まれたばかりの精霊の無事を祈って。」
翌日から、鳥居に傷をつけて魔力を解放する作業が始まった。
