94 検証を終えて
翌日以降はシモンを中心として、霊山の鳥居調査は行われた。鳥居と鳥居の間隔や、その並び方、鳥居自身の幅・高さ・太さ、そういうものを事細かく計測していく。それだけではなく、鳥居のない霊山の反対側も彼の調査対象だ。いくつかの場所を選び、土壌を回収していく。シモン独自の観点から、選ばれたそれらは、アイリを含め、他の人間には全く関係の無い事をしているように見える。けれど、これまでのシモンの業績から、誰もその指示に異議は唱えなかった。
そして、更に丸ニ日の検討の後、シモン・ラモンは、ある程度自分達の納得できる結論を出したのだった。
滅びた王国における霊山及び鳥居の意味について
・鳥居は無属性魔力を貯めている一種の魔石と言える
・残っている鳥居は89本。元々は全部で100本あったが、霊山麓から順に魔力を失って朽ちていっている
・鳥居の本体は化石と思われる
・鳥居を傷つけることが出来るのは水属性のみ
・傷つけた鳥居は魔力を留めることが出来ない
・鳥居から溢れた無属性魔力は精霊や魔力持ちが触れるとその属性に染まる
・鳥居の中の魔力は魔石に注入可能
・鳥居を立てたのは滅亡したロフェンケト皇国の可能性が高い、目的は不明、転移装置として使用可能
・転移先については危険度が高く、未検証。ただし、シルキスが五番目の鳥居からセイコの社に転移した事を確認。その後、五番目の鳥居の魔力は枯渇、セイコの社の守護結界の礎も魔力を失い消失
・霊山の北面にのみ鳥居が立てられている理由は不明、鳥居の並びについても不明
・霊山北面と南面の土壌に違いは認めず
以上
たった3日の検証でこれだけの事を導き出した二人の有能さに愕然とする。
「すごいね、こんなに色々。」
「あー、まだまだ謎だらけだぜ。どうやって鳥居の下に魔力障壁みたいな魔力の膜を拡散させずに維持してるのか、とか、転移の仕組み、とか、」
『えぇーっと、鳥居の並びの秘密も不明ですし、霊山が選ばれた理由も。』
しかし、ラモンにもシモンもまだまだ疑問は尽きないようだ。
《わかった、わかった。二人はそのまま検証を続けてくれ。で、だ。その魔力の塊である鳥居と霊山はどう扱うべきだと思う?二人の考えを教えて欲しい。》
その夜、魔導車に集いアイリ達はルーに報告をしていた。今後を問う言葉に、二人とも黙り込む。続く沈黙に、つい、アイリが声を上げた。
《私は、全ての鳥居に小さな傷をつけて、少しずつ魔力を解放するのが、良いと思うな。そうやって、取り込んだ魔力をゆっくり世界に戻していくの。何年もかけて。今、魔石は失われつつあるけど、ラモンのおかげで源石で動く魔導具も少しずつ浸透しているみたいだし、ダイアナ様のおかげで聖女達の魔石への魔力注入も聖徒教会の制限を受けてないし、アルブレヒト殿下は貴族の取り込んだ魔石の解放を進めてくれてるでしょ。そうやって皆が少しずつ我慢して、気を遣って行けば、きっと、魔石の取り合いで暴動とか戦争とか起こらず、また、世界に魔力と精霊が戻ってくるよ。》
現実はそんなに甘くはない。アイリは一度目はシャナーン王国内の権力闘争に、二度目はシャナーンとダマルカントの戦争に巻き込まれて命を落としていた。だからこそ、希望を込めて、未来を描いた。
《・・・アイリは優しいな。》
ルーのこぼした一言に、しかし、アイリはすぐ否定する。
《優しくなんて無いよ。臆病なだけ。本当は、鳥居の魔力を魔石に移して、みんなに配った方が、困る人が少なくて良いのかな?と思う。だけど、その魔石を何処から入手したのか、ってなった時に、絶対、争いになるよね。それは、嫌だな。誰にも知られずに、魔力がいつの間にか戻っている方が、幸せな気がする。》
「タダで魔力を解放するってのは、勿体無い気がすげーするが、確かに独り占めするには大きすぎる力だ。俺様も解放には賛成。」
『えぇーっと、鳥居に傷をつけて少しずつ解放する、と言うのは良い方法ですね。ただ、誰にも気付かれず、という状況で全ての魔力を解放するのには百年以上かかると考えられます。それまで、霊山と鳥居が、欲深い人間に見つからないとは限りません。四方の結界が失われた以上、私達がここまでこれた様に、誰かがここに到達する可能性はあります。』
「じゃあ、もう一回結界を張るって言うのは?」
『ええーっと、確かに、結界に流す魔力は十分にありますけど、「俺様にはあの結界の礎みたいなのを魔導具で作る技術がまだ、ねーんだよ。まだ、な。ここ大事。」
今日もシモンとラモンの入れ替わりが忙しない。
魔導具越しに会話するアイリをカイは眩しいかのように目を細めて見つめていた。
この少女はまだ成人前のはずだ。だが、彼が知り合ってからいつもその行動や考え方は、よく言えば大人びた、悪く言えば子供らしくないものだ。いきなり行方不明になった弟が戻ってきた時でさえ、‘保護者としての姉‘であった。
カイがああ年相応だと思ったのは、ダマルカント公国の街で酒の飲み比べて室内の酒精にやられて、酔っ払って眠ってしまったその寝顔を見た時ぐらいだ。
『不思議だ。何故、たかだか20年にも満たない生でこれ程成熟している?』
カイは生まれた時から、あらゆる知識を与えられた。この世界の成り立ち、歴史、地理、言語、宗教、魔力の使い方。どれも全て身に付いている。ただ、‘ありがとう‘が感謝を表す言葉と知っているが、そこに込められた‘感情‘は教えてもらわなかった。だから、そう言われた時に感じるふんわりしたものが何なのか、考えようともしなかった。育った土地を飛び出して、五年。‘感情‘が欠けている‘と魔楽器の精霊に言われ続けていたが、それで不自由を感じたことは無かった。
アイリと旅をするまでは。
それまでも、カイの容姿に惹かれて、言い寄って来る者は何人もいた。アイリ達より長く、一緒に旅をした者もいる。
しかし、カイに魔楽器の精霊の言葉を真剣に考えさせたのは、アイリが初めてだった。
初めて、ダブリスの傭兵ギルドで見かけた時は、強い力のある精霊を連れている、程度の認識だった。それでも、彼の育ての親に比べたら、微々たる魔力だったから、“ヒトにしては多い“、しかし、怒りの感情をあらわにしたその姿は美しいなと感じた程度。
一緒にいた二つの人格が同居したヒトの方が、珍しい存在で、興味を持った。が、それもギルドを出れば忘れてしまう程度の興味。一緒の宿に、と声を掛けられ、同意したのもほんの気まぐれ。
けれど、その中で小さき者達に囲まれ、話を聞くうちに、なかなかに面白い集団だと思ったのも事実だ。
だから、その後も行動を共にし、そして、別れた。
特に何も感じ無かった。
はず、だった。
育った場所から逃げ出す時に、便利だと思い、持ち出した魔楽器達だった。吟遊詩人と名乗ったのは単なる辻褄合わせだ。こんな体でも食べる事は必須で、その為にお金が必要で、詰め込まれた知識から、歌を演奏を取り出して並べただけだった。
一人に戻って同じ様に歌い、演奏したはずなのに、世界は変わっていた。
魔楽器はそれが‘感情‘だと言う。
ならば、この、彼女に会いたいと言う思いはどんな‘感情‘なのだろう。
自分の目的の為に、目指していたはずの滅びた王国が、彼女に会いに行く旅に変わっていた事に気がついたのは、自分に寄りかかって眠ってしまったその姿を見た時だ。
カイは、アイリに対する感情につける名前を知った。




