93 無属性魔力と四属性
とりあえず、ラモンがシモンをねじ伏せて、現場検証が続けられることになった。一つにはアイリが水の魔力で傷をつけた鳥居から、じわじわ魔力が滲み出ていたからだ。それに気づいたのは、アイリの四精霊。
【見て見てー、ほら。】
ウィンが鳥居に向かって風を起こすと、風が鳥居にぶつかった所で、ふわりと緑色の欠片が舞った。
【何やってるの?ウィン。これって、風の魔力?】
【そうなのー。ここから漏れてる魔力に、私の風の魔力を当てると、ここの魔力が風に染まるみたい。ね、ね、皆んなもやってみ?】
そう言われて地のアスクレイトスが、自分の息をふーっつとかけると、今度は黄金色の欠片がキラキラと空に昇った。
「うわぁ、綺麗。」
思わず、アイリが声を上げたので、何事かと、皆寄ってきた。
ここにいる者たちは、ほとんどが精霊を見ることができるが、純然たる魔力を見る事は出来ない。アイリが精霊達が何をして遊んでいるのかを伝えると、皆、興味深そうに鳥居を覗き込んでいた。
《いーなー、あーしゃん。マリも魔力みたいなあ。》
カイと手を繋いで、鳥居に近づきすぎないように注意しながら、マリが羨ましそうにアイリを見上げた。
『「鳥居を傷つけると、中の空間に込められていた魔力が滲み出てくる。つまり、この空間に魔力を保持しているのは、鳥居の働き。鳥居を傷つけると魔力を留めることが出来なくなる。という事は、やはり、鍵はこの鳥居。この、葛折の連なるように山頂へ向かって立てられている並びにも何か意味があるのか?」』
もう、ラモンもシモンも其々が其々の興味の向くまま思索に耽っていた。
流石に生まれる魔力を他の人に見せる事は出来ない。アイリは頑張って言葉で説明してみたが、その美しさの半分も表現できていない。それでも、マリの瞳はキラキラと楽しそうに輝いていた。
《とーめいな魔力が、精霊しゃんが触ると色がつくん?マリが触ったら、マリの色になゆ?》
「!?」
「よし、みんな並べ!順番にそこに手をかざせ!愛し子ちゃんは出てきた魔力の属性の変化を見て、教える!」
弾かれたように顔を上げたラモンが指示を出す。ブラフ海賊達は、ビシッと背筋を伸ばし、鳥居の前に一列に並んだ。
ここらへん、と言われた所にびっと手を伸ばし、《はっ》と自身の魔力を放出する。
《えーと、赤。》《おお、当たり。俺は火の加護持ち。》《じゃあ、次。》
《ほい、よっと。》《あれ?緑?あ、青と黄色だから、水と土。》《おぉーっ、え、俺、水の加護もあるの?知らなかった。》
賑やかに、各自の魔力が判定されていく。
『リンは四属性全ての精霊の契約者。』
じっと鑑定するアイリを見ているカイにマリがそっと尋ねた。
《カイしゃはやらないの?》
「僕はいいです。ところで、お姫様、リンは四属性の魔力持ちなのですか?」
《そだよ。しゅごいよね。マリはねぇ、水、なの。》
「では、水のお姫様ですね。」
きゃあー、とマリは大喜びだ。
その横でカイは考える。『四属性の精霊の契約者だから、四属性の魔力持ちとは限らない。それこそ、この鳥居の魔力の様な、無属性の魔力持ち、と言うこともあり得る。』
そんな会話がなされているとは思わないラモンは、もうとても楽しそうだ。
「おもしれー。魔力判定できるぞ、これ。なあ、愛し子ちゃん、色以外に他に何か魔力の違いとか見えねーの?」
「もう、無茶言わないでよ、ラモン、これ、結構、集中しないと見えないんだよ。精霊の魔力と違って、人の魔力はふわって煙みたいなんだから。」
「へー、煙ねぇ。あー、透明な無属性のままで、魔力取り出してー。」
そして、自分で言って横道にそれていた事を思い出した。
「そうだ!で、大昔の魚の歯『化石』って何?」
そこでアイリはやっと、母から鏃をもらった時の話が出来たのだった。とは言っても、母はあの母なので、鏃の由来や何故それが、全ての属性を付与することが出来るのかには言及しておらず、アイリはアイリでラモンが言うように、全く気にしていなかったので、今更、この鏃が特別だったと言われても、と言う状態だ。
やはり、学術的な話はシモンにお願いした方が良いだろう。とりあえず、折角傷をつけたのだから、と、この鳥居の資料も持ち帰る事になった。
ラモンの指示に従って、鳥居の表面をそぐ様に削り取る。傷つけた内部から建材も掘り出した。表面と内部では、材質は異なっているようで、アイリが‘穢れ‘と表現した表面のそれは、保護材の表面に長年降り積もった魔力の残滓のようだった。
太極殿跡に戻ってからは、ラモンに代わりシモンが指揮をとった。表に現れたときから、ずっと興奮状態が続いており、採取した資料を一つ一つ手に取っては、「ああ、これは、」「えぇーっ、まさか、」「ひょっとしてー」などど言いながら、考え込んだり、ニヤニヤ笑ったりしていた。いつも自分の研究室に引っ込んでしているだろう同じことをしているのだが、それは、やはり、他人から見て異常、だっだ。
そんな興奮状態のシモンは放置して、アイリはルーに連絡を入れた。本当はラモンかシモンから説明してもらうのが、良いのだが、と思いながら。
ルー達ダンジョン攻略組は五重塔の立つ池の畔に到着し、準備を着々と進めているという。霊山の鳥居が無属性の魔力を閉じ込めており、このまま放置するにはこの大陸の均衡を崩しかねない危険物であることが判明した事実を伝える。
《魔力が枯渇しつつあるこの大陸で、保存されている魔力が大量に見つかった、ということで良いのか?》
《うん。》
《・・・確かに、その発見は、世界を揺るがしかねないな。特に、今、必死に地位の回復を図る聖徒教会に知られれば、何を差し置いても、それこそ、聖徒教会の本拠地を移してでも手に入れたいものだろう。》
遠話の魔導具の向こうで、ルーが考え込むのが見えなくてもわかった。
《ラモン、シモンはなんと言っている?》
《まだ、何も。今はまだ、謎解きに夢中。》
アイリの返事に、はああ、と大きなため息が聞こえた。
《マリ、パパとシモンおじさんに働けと言ってくれ。》
《わぁったよ!ママ。マリにお任せ!》《頼んだよ。》
その夜、小さな娘(姪)に説教されて項垂れる父(叔父)の姿が、あった。




