92 鳥居の魔力
「あー、あー、さて、空の魔石も届いた事だし、検証を再開するか?」
そろそろいいかなーと小声で呟いて、ラモンが立ち上がった。その声に我に返ったアイリは、慌ててカイの膝から降りた。
「ごめんなさい、カイさん。重かったでしょ。」
「リンは軽いよ。君の心の重荷の方が心配だ。」
こいつら真面目な顔で何でこんな会話が出来るんだ?ここは照れるとか赤くなるとか、甘酸っぱい雰囲気になる所じゃないのか?周囲の人間たちは恋人達の距離で語らっていたにも関わらず、あっさりと離れた二人に理解し難い視線を寄越したが、幸にして、アイリもカイも全く気づいてはいなかった。
「ウン、ソウダ。魔石ダ。ヨシ、魔石ヲ鳥居ノ真下二置イテミヨウ。」
どこか棒読みのラモンの言葉に、小首を傾げながらも、アイリは彼の手元を興味津々で覗き込んでくる。カイはラモンの膝から降りたマリを抱き上げて、何か耳打ちされていた。
持って来た魔石は大小様々な魔物由来の魔石で、魔力を使い尽くして空に近い状態の物ばかりだ。その多くは遠話の魔導具用だ。あの魔導具は非常に有用だが、信じられない程の魔力を食う。
「さっきの感じだと、全部に詰めてもまだまだ余裕だろうな。」
言いながら、鳥居に近づけると、その影響下に来た時点で、魔石がほんのり光を放った。次々、ラモンは鳥居の下に空の魔石を並べていく。
「あれ?これって、まさか・・・。」
アイリ達の目の前で、魔石の光が強くなっていく。赤、青、黄、緑。それぞれの魔物の魔石の性質に沿った魔力が充填されている。それは、つまり、この鳥居に蓄えられている魔力は全属性?
「もしくは無属性。」
「無属性?そんなの聞いた事ないよ。」
「俺もだ。知ってるのはシモンだよ。だけど、今は、考えるのに忙しいから、放っておいてくれってさ。」
むむっ、と口を尖らせたアイリだったが、仕方がない。自分で考えよう。
持って来た空の魔石全てに魔力が満ちても、鳥居が蓄えている魔力に変化は見られない様だった。
「これ一つで一体どれぐらいの魔力を溜め込んでるんだ?」
コンコンと鳥居本体を叩きつつ、ラモンはナイフを取り出した。
鳥居は一見して朱塗りの木材で作られているように見える。それがこれ程の魔力を留めることができるはずもなく、どんな特別な仕掛けが施されているのか?
分析する為の資料集めを分担して行う。魔力を失った鳥居の破片の回収はカイとマリを含めた海賊達に任せた。何番目の鳥居のどの部分の破片か分かる様に、一つ一つ番号を付けて仕切りのある箱に入れていく。土台周囲の土も回収する。
ラモンとアイリは、まだ魔力の残っている鳥居の担当だ。顕現している精霊達が、護衛兼魔力探知を担ってくれている。
ラモンが鳥居の表面を削ろうとナイフを当てたが、全く傷一つつかなかった。
「ただ、削るんじゃなくて、魔力を込めたら?私がやるよ。ウィン。」
アイリは、自分の得物であるボウガンの矢を取り出すと、その鏃に風の精霊の加護を願った。鏃に風の魔力が集まり、小さな渦を作った。アイリはその矢を握ると鳥居の側面を引っ掻いた。
「うーん、ダメだねえ。じゃあ、テス、お願い。」
鏃は真っ赤な炎を灯した。先程、風の魔力で引っ掻いた隣を同じように炎の鏃で線を引こうとしたが、今度も跡は残らない。
「むむっ。よし、クレイ、いってみよう!」
半人半蛇の精霊は、ペロリと長い舌を出して、鏃を舐めた。鏃は黄金色に輝き、土属性となる。
「お、おい、愛し子ちゃん?」
「だめだぁ。何?ラモン、残るはディディだけど、ディディは攻撃向きじゃないからなあ。」
そう言いながらも、アイリは水の精霊を呼び出す。彼女はぽわんと水滴を鏃に纏わせた。
「これで、最後、どうだ!」
ダメもとで思いっきり突き立てた矢は、アイリが持っていた手元まで深く突き刺さり、驚く間も無く、熱した刀が氷を溶かしながら進むように、自重で鳥居を切り裂いた。
「「切れた!?」」
「見た!ラモン!切れたよ、水の癒しの魔力で。って事は、これは穢れ?」
「いや、そうかもだけど、でも、そこじゃないでしょ、愛し子ちゃん。あんた何やってるの?その鏃何?何で、四属性全部付与出来るのさ。」
「え?」
「いや、“え?“じゃないよね。何で、そんな当たり前に、全属性付与やっちゃう訳?一度属性付与した物に別属性を上書きとか、普通できないよ。愛し子ちゃんが特別おかしいのは知ってっけど、その鏃、普通の金属じゃないでしょ。」
最初こそ大きな声を出したものの、その後は、声を顰めてラモンはアイリと鏃と裂かれた鳥居を何度も交互に見た。
そう言えば、とアイリは思い出す。
昔、自分の身を守る為に、武器を取ることを決めた時、母がボウガンを勧めてくれた。非力なアイリでも遠くから強力な威力の攻撃をかけることが出来るからだ。それから、随分練習をして、かなり腕を上げたと思う。イーウィニー大陸を旅する時に餞別と言って母から貰ったのが、これらの鏃だった。
「魔法を付与して使う時用の鏃よぉ。普通に射っちゃダメよ、鏃自体は脆いから。そっちの鉄の鏃は、破魔だから、相手の魔法を打ち消す効果もあるわぁ。」
それまで使っていたミスリル製の鏃も魔力をよく通すから、魔力を纏わせる事は可能だったが、それらは纏わせた属性に染まってしまう為、ほぼ使い捨てだった。母から貰った鏃は、その点、何度でも、どんな属性でも付与することが可能で、アイリの様に四属性を状況に応じて使い分ける者(そんな人間がアイリの他に何人もいるとは思わないが)には、鏃に応じて矢を仕分ける必要もなく、その場で付与して使える非常に使い勝手の良い物だった。
「今まで気にした事、無かった。」
思わず、声に出して言えば、ラモンに盛大にため息をつかれた。
「あー、うん、そうだった。愛し子ちゃんって、そう言う子だよね、うん。さてはその鏃、テラ様だな。ほんとーに、あの人は全く全てにおいて規格外だよ。で、それ、何なの?」
「えっと、何だっけ?確か、大昔にいた大きな魚の、歯?」
アイリは一緒に聞いていたはずの精霊達に確認を求めた。四体が頷く。
「大昔の魚『ええーっ!それって、まさか、化石じゃないでしょうね。』の歯?」
「こら、シモン、テメェ、何、割り込ん『ちょ、ちょっとそれ、見せて下さいよー!』でんだ。あー、もう、かぶせんな!」
ラモンとシモンが主導権をめぐって争い始めた。




