91 鳥居の存在意義
「光ったぞ!?」
六番目の鳥居をくぐった魔石は向こう側に落ちている。
鳥居と鳥居の間を横切る事は、魔力酔いに注意すれば、問題なく可能だ。念の為、ブラフの一人が向こう側に落ちた魔石を回収する。
「しっかり、魔力は充填されているな。」
その魔石のカケラをじっくり観察してラモンは言った。
「もっと大きな魔石はあるか?」
魔導車に積んであるはずだ、と二人を取りに行かせ、届くまでの間、考えをまとめる。
「愛し子ちゃん、これはひょっとすると、不味いことになるぞ。」
マリを膝に乗せながら、ラモンは言う。
「今、シャナーンを含め、中央諸国は魔力が枯渇してきている。王太子達は、手持ちの宝石魔石を解放して、魔力を引き出しちゃいるが、それは、本当に一部の貴族だ。魔力を取り込んだ宝石はこれから益々貴重になる、ってこって、皆囲い込みに走ってる。俺様の源石を使った魔導具も、少しずつ、広まっちゃいるが、まだまだ、普通に使えるまでにはなってねえ。そこへきて、この鳥居だ。一本で、どれだけの魔力を溜め込んでいるのかは調べてみなきゃならねぇが、それでもこの数だ。下手すりゃ、戦争が起こるぞ。」
いつもはいい加減なラモンの真剣な表情に、その場にいた全員に、事態の深刻さが伝わった。
「しかも、今、ヴィシュたちが向かっているダンジョンは聖徒教会が狙ってたやつだ。今回の‘魔人征伐‘‘聖戦‘が空振りに終わりそうな今、あいつらが、もう一度ダンジョン攻略に出張ってくる可能性もある。ここ霊山に気がつく奴がいないとは限らない。」
「結界を張り直すことは出来ませんか?」
取り出したセイコの封印の礎の成れの果て、小さな石化した鈴を掌の上で転がして、カイが尋ねた。
そのカイの手の上の鈴をひょいと摘んで、ラモンは無造作にそれを鳥居の中に投げ込んだ。魔力が残っているはずの六番目の鳥居をくぐっても鈴に変化は見られなかった。
「ご覧のとおりだ。あれはもう、魔石ですら無い。結界を張り直すなら、元の結界の礎と同じだけ、魔力を込められる魔石が四つは必要だ。」
「それは・・・現実的では無いですね。」
「じゃあ、鳥居を全部壊してしまったらどうかな?そうしたら、留まっていた魔力は解放されるよね。戦争になるぐらいなら、そうすべきだよ。」
アイリの過激な発言に、ラモンは大笑いした。
「全く、愛し子ちゃんらしいな。でもどうやって?下の魔力を失って朽ちた鳥居なら簡単に壊せそうだけど、ここから上の魔力の満ちた鳥居は近づけやしないのに。」
【テス、燃やせそう?クレイは?足元の地面を抉って倒すとか出来ない?】
【可能ですが、それなりに時間と魔力がかかります。それに、何故、鳥居が立てられてのか、それが気になります。】
テスはそう答え、クレイは出来ないと首を横に振った。
「精霊達は何だって?」
「壊すのは可能だけど、時間も魔力もかかるって。それに鳥居の立てられた意味?も壊してしまうと何かが起こる可能性も考える必要がある、と。」
鳥居の意味。シモンから最初に聞いた話は鳥居をくぐっていくと精霊界に行ける、という事だった。しかし、アイリの契約精霊達は精霊界など無い、と言う。では、鳥居をくぐると何処に行くのだろう。山頂に着くわけでは無いのは明らかだ。そこで考えられるのが、シルキスも経験した‘転移‘だ。転移のための魔力を鳥居として蓄えているのではないか。ならその行き先は?シルキスはセイコの社に出た。社は四方に建てられている。行き先は四方の社?馬で二日の距離の社に転移で飛ばなければならない程の緊急事態がそれほど頻繁に起こるとは思えない。では、転移は日常的に使っていた?もっと遠くに飛ぶ事もあった?それこそ、精霊界にでも転移する為、と考えた方が、あの数の鳥居に説明がつきそうだ。精霊界が無いのならば、それに変わるもの。例えば、ここからシャナーン王都やヴィエイラ共和国のダブリス位遠い・・・。
そこまで考えて、アイリは気がついた。
「オベリスク?」
「あ?何だって、愛し子ちゃん。」
「オベリスクだよ、ラモン。どうしてこの場所がオベリスクの近くに似ていると思ったのか、やっとわかった。きっと、あの鳥居を通って行き着く所はフェラ砂漠のオベリスクだよ。だって、あそこはかつての魔導大国ロフェンケト皇国の首都だったんだよね。だったら、ここは?この滅びた国のこの鳥居はいつ出来て、この場所はいつ無人になったの?」
掴みかからん勢いでラモンに捲し立てるアイリ。ちょうど、空の魔石を持って戻ってきた二人も何事が起こったのかと、引き気味だ。アイリの問いに答えるべく、ラモンに代わってシモンが出て来たが、膝の上にいたマリはアイリの勢いに驚いて、シモンの首にぎゅっと抱きついたままだ。
「ええーっと、ちょ、ちょっと待ってください。確かにここは神霊の集う地と呼ばれ、結界で守られた特殊な土地でしたから、王国が滅びる前も人の出入りはほとんど無かったはずです。ですから、かつてのロフェンケト皇国の残された遺跡、と言うのなら、確かに、この高度な鳥居の魔力保持機構も、少なくとも60年前までは正常に働いていた封印機構も納得できます。」
「ロフェンケト皇国本国が300年前の正体不明の大爆発によって滅びた時に、転移でこちらに逃げ延びていた人々がいた。その人達がこの地に新たに国を興し、遺跡を守っていた。考えられないことではありません。」
どんどん予想を超えていくシモンの話にその場にいる人々の誰もが声を失う。
「じゃあ、やっぱり、スライムはこの鳥居を通ってオベリスクと、フェラ砂漠とここを往復しているんだ。あの時、スライムはここへ逃げて来たんじゃ無いかな。そして、今、ここにいないってことは、オベリスクに・・。どうしようシモンさん、インディー達が危険だよ。」
今度こそ立ち上がり駆け出さんとするアイリの手をカイがぎゅっと握りしめた。
「リン、落ち着いて。全てはまだ、仮定の話だよ。」
「でも、」
「リン。」そう言うとカイはアイリの手を引き寄せた。半端に立ち上がりかけていた少女の体は、バランスを崩し、ぽすんとカイの腕の中へ落ちた。
「大丈夫。インディーさん達とは、毎日連絡をとっているよね。彼はブラフ海賊の大隊隊長なのだろう?不意打ちならともかく、魔人探索を目的に行動しているのだから油断することもないはず。それに、スライムがオベリスクに戻っていたとして、体液質の殆どを失って、これまで通りの脅威足りえるとは思えないよ。きっと、大丈夫。」
カイの柔らかい声がアイリの焦りを溶かしていく。夜空色の紫の瞳が彼女の不安のありかを探ろうとじっと見つめていた。
「落ち着いた?」「うん、ありがとう、カイさん。」
《マリもカイしゃの抱っこが良いー。》
「あー、マリはパパで我慢しておこうなー。」
娘の視線を二人から逸らすように抱き直して、遠い目をしたラモンが言った。




